日本病のカルテ(7) 日本型資本主義は江戸時代の「勤勉革命」から始まった

  • 江戸時代の日本では、限られた土地に多くの労働を投入して生産性を高める「勤勉革命」が進み、村落共同体を基盤とする日本的な働き方が形成された。
  • この仕組みは明治の工業化や戦後の高度成長を支えた一方、現場重視・長時間労働・雇用維持・部分最適といった日本企業の特徴にも受け継がれた。
  • 人口減少とAI時代を迎えた現在は、人を働かせて補う発想から脱却し、労働を節約して資本・技術で生産性を高める経済へ転換する必要がある。

日本人はよく働く。飲食店では安い料金でおいしい料理を出し、丁寧なサービスを提供する。コンビニでは店員が狭い売り場を効率的に管理し、在庫を切らさない。製造業の現場では、品質改善が果てしなく繰り返される。日本人の知能指数は世界一ともいわれるが、その労働生産性は先進国で最低である。なぜだろうか。

それは日本の歴史を考えるとわかる。日本は土地が狭く山が多いため、平地あたり人口密度は世界トップクラスで、この土地を最大限に利用する農業技術が発達した。今でも日本のGDPを平地の面積で割ると世界一である。ここでは稀少な土地を節約し、豊富な労働力を浪費する。このように労働集約的な生産は、江戸時代から始まった。

土地を節約して人間を浪費した「勤勉革命」

日本型資本主義は明治維新で始まったのではなく、江戸時代の農村ですでに形成されていた。戦国時代が終わって土地所有が安定した17世紀から、狭い土地を大事に使う集約農業が始まった。その特徴は耕作地を平地から山間地まで広げ、馬や牛を使って耕作していたのをやめて人間が草むしりなど長時間労働したことだ。このような技術進歩を速水融勤勉革命(industrious revolution)と名づけた。

これはイギリスの産業革命(industrial revolution)をもじったしゃれだが、両者は資源配分として対極にあった。学校の歴史で習う産業革命は18世紀のイギリスで起きた技術革新と説明されがちだが、歴史の実態は異なる。産業革命をもたらした最大の要因は、ロンドンなどの都市に集まった労働者の高賃金だった(アレン)。

その第一の原因は、中世に全欧で猛威を振るった黒死病(ペスト)による人口の激減である。これによって人手不足が生じ、労働集約的な牧畜業は採算がとれなくなり、毛足の長い毛皮から毛糸をつくる産業が台頭した。これによって国内の毛糸価格が上昇し、労働者の賃金が跳ね上がった。高賃金を得た労働者が衣類などの消費財を買い求めることで市場が生まれ、工業化の波が始まった。

第二の原因は、島国イギリスの小国ゆえの土地とエネルギーの制約が、新大陸への植民地開拓と石炭によって解決されたことだった。潤沢な資源を使って、高価で稀少な労働を節約するために資本集約的な技術革新をおこなうことが西洋における産業革命の本質である。

これに対して、勤勉革命は土地を節約して人間を浪費した。江戸時代には人口に対して土地が少なく、農地を無制限に拡大できなかったので、農民は限られた土地にできるだけ多くの労働を投入した。年貢の基準となる石高は1700年ごろには事実上固定され、その後に開墾した土地や米以外から得られる追加収入は農民のものになったため、農民には狭い土地を徹底的に利用して働くインセンティブが生まれた。

この結果、農業生産性が上昇し、日本の人口は1600年ごろの約1200万人から18世紀初めには約3100万人へと急増したが、土地という制約は消えない。18世紀になると人口増加は止まり、幕末までほぼ横ばいとなった。勤勉革命は既存の土地を徹底利用する点ではすぐれていたが、そこには限界があったのだ。

もう一つの違いは戦争である。数多くの都市国家が争った西洋では、限られた兵力で戦争に勝つ必要があった。そのため軍事技術は組織全体を一つの目的に最適化する必要があり、工場も軍隊のように標準化され、交換可能な労働者による大量生産へ向かった。

これに対して250年以上の平和が続いた江戸日本では、そうした全体最適化の圧力が弱かった。重要だったのは目の前の土地や製品を少しでも改善する「現場」の能力だった。この違いは、現代の日本企業にも残っている。

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コメント

  1. yuzo.seo より:

    「資本主義」と「勤勉」について論じる際は、マックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」にも触れておく必要があるでしょう。
     
    プロテスタンティズムは、「天職」の重視を教徒に義務付け、勤勉(金儲け)を教義にかなう神聖な義務としたのですね。これが、資本主義の発展を支えたとヴェーバーは次のように書くのですね。
     
    > 何らかの技能的(熟練)労働だとか、高価な破損しやすい機械の取り扱いや、およそ高度に鋭敏な注意力や創意を必要とするような製品の製造が問題となる場合には、低賃金はつねに資本主義の発展の支柱としてはまったく役立たない。こうした場合には、低賃金は利潤をもたらさず、意図したところとは正反対の結果を生むことになる。
     
    > なぜなら、こうした場合には端的に高度の責任感が必要であるばかりか、少なくとも勤務時間の間は、どうすればできるだけ楽に、できるだけ働かないで、しかもふだんと同じ賃金が取れるか、などということを絶えず考えたりするのではなくて、あたかも労働が絶対的な自己目的―Beruf(天職)―であるかのように励むという心情が一般に必要となるからだ。
     
    明治維新以降の日本が、いち早く近代化に成功した理由は、日本に元々あった「勤勉」と「奉仕の精神」が、プロテスタントの天職意識と同じ効果をもたらしたと、富永健一氏はその著「マックス・ヴェーバーとアジアの近代化」に記しております。富永氏の着想の面白いところは、江戸時代に「御家」であった「奉仕の対象」が、明治になると「お国」になり、戦後は「わが社」になったとしている点なのですが、このあたりは余談的部分ではあります。
     
    問題は、このような天職意識が、明治以降の日本の近代化を支え、戦後日本の経済的繁栄をもたらしたのですが、今日の日本にこれが保たれているかとなると、これが少々疑問である点なのですね。つまり、天職意識を別の言葉でいえば仕事に対する「やる気」、「士気」といったものになるのですが、ここにきて日本からこれが失われつつある。「静かな退職」などという言葉もささやかれているのですね。
     
    まあしかし、今の日本で「奉仕の精神」などといったところで、これは完全にそっぽを向かれてしまうでしょう。ここは、「やる気」のもう一つの原因である「おいしさ」で人々を誘導するしかない。つまりは、成果にはきちんと報いること、大きな成果には大きな果実を与えることが、今日の社会でやる気を引き出す有効な手段であるように思われます。