片山財務相は主計局次長を切って内閣改造で生き残りを図ったのか

財務省の「エース」と呼ばれ、将来の事務次官候補とみられていた一松旬・主計局次長が8月7日付で東京税関長に転出した人事が、霞が関で波紋を広げている。興味深いのは、この人事をめぐる片山さつき財務相の発言である。

産経新聞によると、片山氏は14日のインターネット番組『言論テレビ』で、一松氏が消費税減税に否定的だったこととの関係を問われると「国家公務員が服務命令に従わない場合には昇進を認められない」という趣旨の発言をした。

産経新聞

「10年に1人」のエースはなぜ外されたのか

一松氏は1995年に旧大蔵省に入省し、主計局で社会保障分野などを担当。岸田政権では首相秘書官を務め、財務省内では「10年に一度の大物」と評する声もあったというが、今回の異動で東京税関長へ転出し、各メディアは「左遷」と報じた。

一松氏は社会保障国民会議の事務方を取り仕切っていたが、会議では減税に慎重な団体の意見が相次いだ。首相サイドからは「なぜ減税に賛成する人を呼ばないのか」と事務局への不満が出ていたという。テレビ朝日も高市首相周辺の人物が一松氏について「言うことを聞かない」と評したと報じた。

つまり一松氏の異動は、単なる夏の定期人事ではなく、政治主導を財務省に示す象徴的な人事だった可能性が高い。

宇波氏は守った片山財務相

この人事にはもう一段複雑な背景がある。7月31日に片山財務相が発表した財務省幹部人事では、新川浩嗣事務次官が退任し、宇波弘貴主計局長が事務次官へ昇格した。坂本基官房長が主計局長となるなど、本流の人事は従来の序列に沿ったものだった。

ところが一部報道では、高市首相は財政規律派とされる宇波氏の次官昇格に難色を示し、青木孝徳氏を推していたのに対し、片山氏が宇波氏を強く推したとされている。最終的には宇波氏が事務次官となり、青木氏は国税庁長官に就いた。つまり、この局面では片山氏が財務省の人事慣行を守った格好だ。

その代わりに切られたように見えるのが一松氏である。宇波次官という財務省本流のトップ人事を守る一方で、官邸が最も問題視していた一松氏の転出を受け入れる。そう考えれば今回の人事は、官邸と財務省の「痛み分け」だったとも読める。

今度は片山財務相自身が切られる番?

さらに問題を複雑にしているのが、片山氏自身の去就である。9月にも予想される内閣改造を前に、一部メディアでは片山財務相の交代説が取り沙汰されているが、ロイターは政府・与党内では片山氏続投を有力視する声が多いと報じている。日米協調介入など市場に直結する政策を担当してきた片山氏を交代させると、それ自体が金融市場への悪いメッセージになりかねないからだ。

ここから一つの政治的な読み方が浮かび上がる。片山氏は元財務官僚で、財務省の論理も高市首相の政治的要求も理解できる。その片山氏が宇波氏ら財務省本流の人事を守りながら、最終的には官邸が問題視した一松氏の転出を受け入れ、「変化に対応できる生物だけが生き残る」と財務官僚に注文を付けた。

高市首相と全面対決して財務省を守れば、自分が次の内閣改造で切られるかもしれない。かといって官邸の要求をすべて受け入れれば、財務省の統治が崩れる。そこで宇波次官は守り、官邸から最も敵視された一松氏は切る――そんな政治的妥協だった可能性もある。

「政治主導」の人事で裁かれるのは高市首相

これは政府の人事の原則から考えると当然である。中央官庁の人事を政治主導で管理する内閣人事局ができた2014年から、指定職(審議官以上)の人事は内閣がおこなう。大部分の人事は各官庁から上がってきた名簿に従うが、拒否権は内閣にある。

安倍政権では、菅官房長官が各省庁の幹部人事に裁量を発揮したことで知られる。これを「恣意的だ」と批判する向きもあったが、法的にはすべての国家公務員の人事権は内閣にある。それが正しい裁量かどうかは、国民が選挙で決めるのが議院内閣制である。

高市内閣も政治主導を財務省にも適用し始めたように見える。「変化に対応できる者だけが生き残る」という片山氏の言葉が正しいなら、最も早く「脱皮」したのは財務官僚ではなく、片山財務相自身だったのかもしれない。

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