財政危機の中で米国債を買い戻すベッセント財務長官は大丈夫か

米国の財政悪化を背景に長期金利が急上昇するなか、ベッセント財務長官が異例の米国債買い戻しに乗り出した。

米財務省は8月19日、10~30年の長期国債について、流動性確保を目的とする1回あたりの買い戻し額を従来の20億ドルから少なくとも40億ドルへ倍増すると発表した。9月9日から11月4日まで実施する予定で、ベッセント氏はさらに「40億ドルを超える可能性もある」と追加拡大まで示唆している。

ベッセント財務長官(WSJ)

米国の借金は40兆ドルを突破

背景にあるのは、米国債市場で進む長期金利の上昇だ。30年国債利回りは一時5.34%と2007年以来の水準まで上昇した。買い戻し発表直後には5.18%台まで低下したものの、その後は再び上昇しており、市場ではベッセント氏の「力技」がどこまで通用するのか疑問視する声も出ている。問題は、金利上昇の背景が単なる市場の需給悪化ではないことだ。

米国の政府債務はすでに40兆ドルを突破した。議会予算局(CBO)によると、2026会計年度の最初の10カ月だけで財政赤字は1.8兆ドルに達し、前年同期より1690億ドル増えている。CBOは2026年度通年でも1.9兆ドル、GDP比5.8%の赤字を予想している。

さらに深刻なのが利払い費である。CBOによれば2026年度の純利払い費は約1兆ドル、GDP比3.3%に達する見込みで、2036年度には2.1兆ドルまで膨張すると予想されている。借金が増えるから利払いが増え、利払いが増えるためにまた国債を発行するという悪循環に入りつつある。

この状況で長期金利が5%を超えれば、財政負担はさらに重くなる。ベッセント氏が長期金利の上昇に神経質になるのも当然である。

国債を買い戻しても借金は減らない

もっとも、ここで注意が必要なのは「米財務省が国債を買い戻す」といっても、借金を返しているわけではないことだ。

財務省自身が説明しているように、買い戻した国債は基本的に新規の国債発行で置き換えられる。このため買い戻しによって民間保有の国債残高や政府の純借入額が大きく減るわけではない。

簡単にいえば、長期国債を市場から回収する一方で、別の国債を発行して資金を調達する。借金そのものを減らすのではなく、借金の「形」を変えているのである。

財務省はもともと、市場で取引量が減った古い国債を買い戻し、市場の流動性を改善する制度を運用してきた。8月5日に公表された通常の計画でも、8~10月期に流動性支援として最大380億ドルを買い戻す予定だった。

ところが今回は、長期金利が急上昇した直後に予定外で買い戻し額を倍増した。これが「市場の流動性対策」ではなく「長期金利を下げるための介入」ではないかと受け止められている。

債券トレーダーと財務長官は違う

ベッセント氏は40年間にわたって投資運用業界で活躍し、ソロス・ファンド・マネジメントの最高投資責任者(CIO)も務めた。米財務省も同氏を為替・債券の専門家と紹介している。

その市場感覚はトランプ政権にとって大きな武器だろう。今回も買い戻しを発表した直後には国債価格が上がり、金利は急低下した。

しかしヘッジファンドと国家財政には決定的な違いがある。ファンドであれば市場の歪みを見つけて売買すればよい。しかし財務長官の仕事は、自分が市場に勝つことではなく、米国政府の信用を長期的に維持することである。

財政赤字によって大量の国債を発行しながら、その長期金利が上がると政府自身が買い戻す。この姿勢が常態化すれば、市場は「政府は5%を超える金利に耐えられないのではないか」と逆に疑い始める可能性がある。

実際、買い戻し発表後にいったん低下した長期金利は再び上昇した。市場は、数十億ドルの買い戻しでは40兆ドルの政府債務という根本問題は解決できないと見ているようだ。

必要なのは「買い戻し」より財政再建

さらに厄介なのは、財務省が長期金利を下げようとすると、インフレを抑えようとするFRBとの役割分担が曖昧になることだ。

長期国債を買い、代わりに短期国債を増やす政策は、長期金利を押し下げるという点では金融緩和に似た効果を持つ。市場では、財務省が金利形成に直接介入することでFRBの金融政策を難しくするとの懸念も出ている。

ベッセント氏の市場介入は、短期的には巧妙に見える。しかし米国債の金利上昇が巨大な財政赤字とインフレ懸念から来ているのであれば、売買技術で解決できる問題ではない。

必要なのは歳出削減か増税、あるいはそれに代わる信頼できる財政再建策である。世界最大の債券市場を相手に、元ヘッジファンドマネジャーの「腕力」で金利を抑え込むことができるのか。ベッセント氏が市場を操っているのか、それとも市場から米国財政の限界を試されているのか。今回の米国債買い戻しは、その境界が次第に怪しくなってきたことを示している。

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