オールドメディアと中革連が解散を批判していた理由が判明

茶請け

まずは朝日新聞の記事から

「新党は詰んだ」中道、出だしでつまずき 石破・岸田両氏引き込めず:朝日新聞
永田町に「解散風」が吹き荒れていた1月13日。立憲民主党の野田佳彦代表と公明党の斉藤鉄夫代表は、都内の和食店を訪れた。 同じテーブルには、自民党の石破茂前首相と岩屋毅前外相。野田、斉藤両氏は新党構想…

【「新党は詰んだ」中道、出だしでつまずき 石破・岸田両氏引き込めず】
永田町に「解散風」が吹き荒れていた1月13日。立憲民主党の野田佳彦代表と公明党の斉藤鉄夫代表は、都内の和食店を訪れた。

同じテーブルには、自民党の石破茂前首相と岩屋毅前外相。野田、斉藤両氏は新党構想を胸に秘めつつ、連携の感触を探った。自民の一部を引き込めるかが、政界再編を見据えた新党の成否を分けると考えていた。

望みはあった。自民内の「石破おろし」の末に高市早苗政権が誕生した昨年10月以降、4人は定期会合を重ねてきた。1994~97年に非自民政権を目指した新進党で政治行動をともにした旧知の面々だ。

野田氏らは並行して、自民の岸田文雄元首相にも接触した。石破、岸田両氏は、強硬保守の色合いが濃い高市氏と距離を置く。首相経験者と連携できればインパクトは格段に高まる。衆院解散・総選挙は早くても2026年度当初予算の成立後の同年春と見込み、水面下の交渉を進める青写真を描いていた。

しかし、そんな見通しは甘かった。野田、斉藤両氏が会食の席で、新党結成を明確には伝えず、穏健保守勢力の必要性を説くと、石破氏はこう応じた。「自民を中からまともにする。立て直さないといけない」

高市氏の動きも想定より速かった。1月23日召集の通常国会冒頭での衆院解散に打って出た。「自民分裂」構想は霧消した。

「新党は詰んだ」。立憲幹部は悟ったが、後戻りはできなかった。

立憲と公明の衆院議員が合流し、22日に中道改革連合の結党大会を開催。高市政権に対抗する「中道のかたまり」を掲げたが、党勢が低迷する2党による「弱小連合」と揶揄(やゆ)され、新鮮さも欠いた。2月8日投開票の衆院選で、公示前の167議席から49議席に減らす惨敗を喫した。
~以下省略~
(2026/8/21 朝日新聞)

岸田文雄が党内で実権を握り続けるために選んだのが石破茂でした。

ですが石破茂は多くの人達が考えている以上に無能でした。

そうして衆議院、都議選、参議院と大型選挙3つとも負けるという自民党総裁始まって以来の恥ずかしい実績を打ち立てました。

それでもなお責任を取らずに総理の椅子にしがみ付き続けようとし、岸田文雄は自分の権力維持のために、そのまま居座らせようとしていましたが、選挙で不利な扱いにされたり、落選した人達がそんなのを我慢するはずがありませんでした。

一切責任を取らずに居座り続ける、というのはいかにも無能無責任な石破茂らしいとは言えますが、これまでの自民党総裁でそのような立ち回りをした人間は1人もおらず、これに対する批判も高まっていました。

ところが総理に居座り続けたい石破茂は、自分を引き摺り下ろすのなら解散に打って出るぞと、自民にとどめを刺す自爆テロを起こすと党内に対して恫喝を行う事で対抗しました。

こういうことをやればさらに反発をされる事を石破茂と側近達は考えようともしませんでした。

下手をすれば石破茂とその仲間が自民から追い出され、その原因を維持し続けた自分の権力も大きく削がれかねない危機感を感じたのか、ここでようやく石破茂を軽い神輿として利用してきた岸田文雄と菅義偉もあわてて石破茂の自爆テロを止めようと説得に乗り出しました。

そうしてさらにグダグダがあって、ようやく自民党総裁選が実施される事になっていきました。

公明党は前回の自民党総裁選では、二階派を通して反高市に投票させる圧力をかけていました。

しかしながら二階派は二階が引退、世襲させるための息子は衆院選でも参院選でも落選。二階派の番頭格だった武田良太も落選。

実質的に二階派は崩壊状態になっていました。

そこで公明党は高市を選んだら連立を離脱するぞと暗に言及して、総裁選での高市潰しのために直接圧力をかけはじめました。

ですが総裁選では圧倒的な党員票による支持を背景に、議員票でも高市が勝利して総裁に選ばれました。

総裁選での高市潰しに失敗した公明党は、今度は連立を割って出て行って衆参での与党少数状態を作り出し、野党連携で高市が総理になれないように動き回りました。

これを考えると国民民主党とかいう左翼政党が、口では減税だの対決より解決だのと言っていましたが、やはりしっかりと立民、公明、共産などの左翼勢力大結集による政権の方に色気を出して、反高市の立ち回りを選んでいたのは、裏で公明党や立憲民主党などからの引きも行われていたということかもしれません。

ですが維新の会が高市総裁に協力することで、首班指名での多数確保に成功した高市総裁は総理となって高市内閣が発足しました。

そして今回の朝日新聞の記事に至るということなのでしょう。

立憲民主党と公明党としては、自民の中の媚中左派、石破茂、岩屋毅や岸田文雄と岸田派などをまとめて引っ張り込めば、立民+公明+自民党内左派で、多数派を形成して安定政権を作れる。

そういうことで説得工作を繰り返していたということでしょう。

立憲公明党が自民を割って衆参で多数派を形成するための最大の説得材料となっているのは衆参ともに与党少数という事実でした。

高市潰しがうまくいかなそうな気配を感じていたからでしょうか、公明党は2025年の総裁選の最中から、立憲民主党の野田佳彦と繰り返し接触していた事が明らかになっています。

読む政治:半年前から水面下で交渉、極秘会談 立憲・公明が新党結成に至るまで | 毎日新聞
立憲民主党と公明党が衆院選に向けて新党結成で合意した。急転直下の展開となったが、両党関係者は半年近く前からひそかに接触を重ねてきた。衆院解散報道の2日後にあった極秘の党首会談を契機に、決断に至った。

総裁選の最中からそんな動きを取っていた事、その後の高市総理阻止のための与党からの離脱や、高市総裁の多数派工作への対抗での根回しなど、そうした公明党の露骨な工作を高市総裁側も掴んでいないはずがありません。

その後も自民党を割るために、岸田文雄等に接触していたことなど、おそらく高市総理は把握していたのだろうと思います。

高市総理が急遽衆議院を解散させ総選挙に打って出る意向を、鈴木幹事長に伝えたのは1月14日でした。

野田佳彦、斎藤鉄夫らが石破茂、岩屋毅に接触していた翌日だったわけです。

高市総理としては衆議院だけでも多数派を回復させることで、立憲公明党による自民党割りを潰す狙いもあったということなんだろうと思います。

高市総理の動きに慌てた立憲公明党は、1月15日に新党結成合意を実行し、1月16日に中道改革連合として新党結成の発表を行いました。

高市総理の解散に大義が無いだのこんな時期に解散はおかしいだの、オールドメディアと中革連が散々騒いだのは、自分達の工作を解散という最大のカードでもって阻止されたからだったということでしょう。

また石破が履行しないでいた国民民主党との合意を、高市総理が実行したというのに、自民が解散をしたから自民が約束を破ったという意味不明な主張をして自民との合意を、玉木雄一郎が反故にした事もなんとなく理由がわかりました。

左派政党の大連立に便乗して自分が総理になる可能性が完全に潰れた。

この事がスケベ心を我慢出来ない玉木雄一郎にとって、反自民、反高市に動く決定打となったのかもしれません。


編集部より:この記事は茶請け氏のブログ「パチンコ屋の倒産を応援するブログ」2026年8月25日のエントリーより転載させていただきました。

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