中国が隠蔽する3件の初期コロナデータ

中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源問題では「自然発生説」(a natural zoonotic outbreak)と「武漢ウイルス研究所=WIV流出説」(a research-related incident)の2通りがある。前者を支持するウイルス学者が多いが、後者を主張する学者はここにきて増えてきている。はっきりとしている点は、世界で数百万人の死者を出したCOVID-19パンデミックの発生源について依然、明確な結論がないことだ。

Covid-19の武漢研究所流出説を公式発表するホワイトハウスのウェブサイトからスクリーンショット 2025年04月18日

ドイツの著名なウイルス学者クリスティアン・ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)は自然発生説を支持してきた学者の一人だ。同教授はドイツ連邦情報機関(BND)が入手した武漢ウイルス研究所(WIV)の機密情報に関するブリーフィングに参加した専門家の一人だ。同教授は「BNDによる調査結果の要約されたプレゼンテーションには感銘を受けたが、情報の根拠となった元データ(ソースデータ)が一切開示されていない。科学の世界では、データが完全に公開され、他の研究者が検証・再現できて初めて信頼できる成果とみなされる。元データへのアクセス権がない以上、科学者としてこの研究所流出説に賛成することも反対することもできない」と述べている(「ドロステン教授は何に衝撃を受けたのか」2025年3月29日参考)。

新型コロナウイルスのパンデミック以来、すでに7年余り経過するが、「自然発生説」と「研究所流出説」のどちらが正しいか依然、結論を下すことが出来ないのはなぜだろうか。その最大の障害は中国共産党政権が世界保健機関(WHO)や世界ウイルス研究者が要求するデータを隠蔽しているからだ、という点で世界のウイルス専門家の認識は一致している。

情報を整理する。中国側が公表開示を拒否している初期データは3点ある。

①2019年12月以前の「初期患者174人」の生データ(ローデータ)
武漢で最初に公式確認された174人の患者について、WHOは「匿名化された詳細な医療記録、血液サンプル、行動履歴の生データ」を要求したが、中国側は個人情報保護を理由に拒否している。

②武漢ウイルス研究所(WIV)のウイルスデータベース
石正麗氏らのチームが長年蓄積していた、数千サンプルに及ぶ「コウモリ由来コロナウイルスの遺伝子配列データベース。中国側は2019年9月(パンデミック直前)、サイバー攻撃を理由に突如オンラインから同データベースを削除した。遺伝子データが隠されているため、「ラボに新型コロナウイルス(あるいはその祖先)が元から存在していたのかどうか」を外部から検証できなくなった。

③ 華南海鮮市場の初期環境・動物サンプルの生データ
2020年1月に市場が閉鎖された際、中国疾病予防コントロールセンター(CDC)が市場内から回収した数千件のデータ。中国側はデータを秘匿。一部の遺伝子データが国際データベース(GISAID)に一瞬だけアップロードされたが、海外の科学者が気づいた直後に中国側が削除した。

中国側が上記の3点のデータへのアクセスを認め、公表しない限り、新型コロナウイルスの発生源を完全には解明できない。トランプ米政権は研究所流出説を主張し、武漢ウイルス研究所で中国ウイルス専門家と共同研究していた研究者らを議会の公聴会に招き、WIVとの連携などを問い詰めている。外堀は埋められつつあるが、肝心の中国側の協力がない限り、事件の核心には至っていない。

中国は自然発生説を一貫として主張してきたが、それが事実ならば初期データを公表すれば済むことだが、それが出来ない理由は何だろうか。

①初動の不手際と隠蔽を認めたくない(政治的責任)
中国(特に武漢の現地当局)は、2019年12月の流行初期段階で、警告を発した李文亮医師などの口を封じ、ウイルスの存在を過小評価して「ヒトからヒトへの感染はない」と虚偽の発表を続けた。すべての生データを公開すると、「いつ、どの段階で感染爆発が起きていたのか」「現地当局がどれだけ早く事態を把握していたのか」が秒単位で露呈する。これは共産党政権の統治能力や国際的な信用に対する致命的なダメージとなる。そのため、都合の悪い初動のタイムラインを隠す必要があった(中東衛星テレビ局「アルジャジーラ」2025年6月27日)。

②国際的な賠償責任や経済的制裁を恐れている
世界中で数百万人が死亡し、甚大な経済損失をもたらしたパンデミックにおいて、中国は「発生源」としての責任を追及されることを極度に恐れている。もし「武漢の市場から自然発生した」というデータであっても、それが「野生動物の違法取引を長年放置していた結果」であると立証されれば、国際社会から法的・経済的な「不作為の責任」や賠償を求められる。そのため、自国に不利になりかねない「生データ(患者の医療記録や市場の環境サンプル)」の提供を拒んでいる。

③ 国家安全保障とバイオテクノロジーの「主権」
中国政府にとって、国内のウイルス遺伝子データ、患者のDNAデータ、研究所のバイオセーフティ(安全管理)に関する記録は、すべて「国家機密(安全保障に関わる重要資産)」に指定されている。自然由来か研究所由来かに関わらず、他国の情報機関や国際機関に自国のバイオ研究の内部データや医療システムへのアクセスを許すことは、安全保障上の得策ではない。

すなわち、中国が「自然由来説」を主張しながらもデータを隠すのは、「自然由来説を証明するメリット」よりも、「生データを出すことで自国の初動の失敗や体制の闇が暴かれるリスク」の方が遥かに大きいと判断しているからだ、という推測が生まれてくる。

メディアから「コウモリの女」と呼ばれる石正麗氏、香港を拠点とするオンライン・ニュースメディア「香港01」から、2024年11月2日

最後に、WIVで新型コロナウイルスを研究してきた中心人物、メディアから「コウモリの女」と呼ばれてきた石正麗(シー・ジョンリー)氏の近況だ。同女史は2024年5月、WIVから「広州実験室(Guangzhou Laboratory)」の研究員へ転籍し、現在も第一線でコロナウイルス研究を精力的に続けているという。石正麗氏が率いる研究チームは、2025年2月、著名な科学誌「Cell」に論文を発表し、コウモリから新しいコロナウイルス「HKU5-CoV-2」を発見したことを発表。また、科学誌『Nature』に、アメリカのワシントン大学や武漢大学などの国際チームと共同で論文を発表している。テーマは、「定製化新冠病毒受体(Design of Customized Coronavirus Receptors:カスタマイズされたコロナウイルス受容体)」に関する研究だ。石氏は一貫して「研究所からの流出は絶対にない」と強く否定し続けている(「サウス・チャイナ・モーニング・ポスト」2025年2月21日)。

なお、同女史はウイルスの機能獲得研究、遺伝子操作の痕跡排除技術などを米ノースカロライナ大学のラルフ・バリック教授、そして英国人動物学者で米国の非営利組織(NPO)エコ・ヘルス・アライアンス会長のペーター・ダザック氏らとの共同研究を通じて獲得している。ダザック氏らは米国の税金でWIVのコウモリ研究を支援してきた。米国の感染症対策のトップと言われるアンソニー・ファウチ博士も、WIVと関係を有してきた。

換言すれば、新型コロナウイルスは米中両国ウイルス学者たちの共同研究の結果、生まれてきた共同作品だったといえる。これが発生源の検証を難しくしている最大の理由だ。(「米政府「Covid-19のWIV流出説」を公表」2025年4月20日参考)。

米政府「Covid-19のWIV流出説」を公表
新型コロナウイルスのパンデミック発生から5年以上が経過したが、ウイルスが動物から人間に感染したのか、中国の武漢ウイルス研究所(WIV)からの流出で発生したかは依然として不明だ。そのような中、米国ホワイトハウスは18日、Covidgovウェブ...

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年8月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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