今井絵理子さんが内閣府副大臣:その政治的業績は?

今井絵理子参院議員が内閣府副大臣に就任しました。2019年には内閣府大臣政務官、2024年には内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官を務めていますから、永田町的には順調な「昇進」ということなのでしょう。

今井絵理子副大臣(前列左)

ただ、このニュースを聞いて、「ところで今井絵理子氏の政治的業績って何だったっけ?」と思った人も少なくないはずです。2016年の初当選から、すでに10年です。SPEED時代のヒット曲なら何曲も思い浮かびますが、政治家・今井絵理子氏の代表作となると、急に難問になります。

「何もしていない」は言い過ぎだが

もちろん、「元タレントだから何もしていない」と決めつけるのは公平ではありません。今井氏が一貫して取り組んできたのは障害者政策、とりわけ聴覚障害者や難聴児への支援です。国会で手話を交えた質疑を行い、難聴児支援、新生児聴覚検査、電話リレーサービス、医療的ケア児支援、読書バリアフリーなどの政策にも関わってきました。自身も聴覚障害のある子どもを育ててきた経験があり、この分野では当事者としての継続的な取り組みがあります。したがって、「10年間何もしていない」という批判は正確ではありません。

問題は、それが国会議員10年、副大臣にまで昇進する政治家の「代表的業績」としてどこまで評価されるのかです。

政治家のホームページには、成立した法律や増えた予算が「私の実績」としてずらりと並ぶのが常です。今井氏についても、電話リレーサービス法や医療的ケア児支援法、読書バリアフリー法などが実績として紹介されています。しかし、こうした法律の多くは超党派で成立したものです。当然、今井氏が一人で法案を書き、一人で各党を説得して、一人で成立させたわけではありません。

政治はチームプレーですから、それは当然です。ただし国会議員100人が関わった法律を100人全員が「私の実績」と書けば、実績は一気に100倍になります。この計算でいけば、日本の国会は歴史的成果を量産するスーパー政治家だらけということになってしまいます。

いちばん有名なのは「フランス研修」

そして皮肉なことに、今井氏の政治活動で国民に最も広く知られている出来事は、障害者政策ではありません。2023年の自民党女性局によるフランス研修です。

エッフェル塔の前でポーズを取った写真がSNSで拡散され、「研修なのか観光なのか」と大炎上しました。今井氏はその後、研修成果について説明する姿勢を示しましたが、報告書は内部資料として公表されませんでした。地道な政策活動を何年続けてもニュースにならないのに、エッフェル塔の前で写真を撮れば一瞬で全国区になる。政治家にとっては実に理不尽な話です。

とはいえ、「ちゃんと仕事をしているのに国民が知らない」というのも、政治家にとって免罪符にはなりません。政治は成果を出す仕事であると同時に、その成果を国民に説明する仕事でもあります。本人や支持者だけが「実はすごいんです」と知っている業績では、民主政治では十分ではありません。

副大臣になったことは業績ではない

今井氏は国会議員になって10年です。新人議員なら「これから勉強します」でも通用するでしょう。しかし10年となれば、もう研修期間とは言えません。政務官を経験し、今度は副大臣ですから、そろそろ「有名人から政治家になった人」ではなく、「何を実現した政治家なのか」で評価される段階でしょう。

タレント出身であること自体は、何の問題もありません。選挙で票を取る能力も政治家に必要です。しかし、知名度で当選し、当選回数を重ね、政務官になり、副大臣になった。それだけなら「出世歴」は立派でも、「政治的業績」は別の話です。

永田町では役職が上がると、それ自体が実績のように扱われがちです。しかし国民から見れば、副大臣という肩書は成果ではなく、仕事をするためのポストにすぎません。

今井絵理子氏には、障害者政策という明確なテーマがあります。だからこそ、副大臣という立場を使って制度をどう変えたのか、予算をどう動かしたのか、行政をどう改善したのかを見せてもらいたいところです。

SPEEDには「White Love」や「my graduation」といった誰もが知るヒット曲がありました。政治家になって10年、そろそろ「代表作はエッフェル塔です」と言われないような、政治家としてのヒット作がほしいところです。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント