アメリカはAIを規制しない。ただし「社員番号」は付けさせる

2026年6月2日、トランプ大統領が署名した大統領令14409は、フロンティアモデルを扱う第3条で、本条のいかなる規定もAIモデルの開発・公開・配布に強制的な許認可や事前審査を設ける権限を与えるものではない、と明記した。開発企業との任意の協力を基本とし、この枠組みを根拠に政府がモデルの公開を止めることはない、という立場である。

ところが、その7週間後の7月23日、下院に超党派の法案(FRONTIER Act)が提出された。商務長官が「差し迫った破滅的リスク」を認定すれば、モデルの開発・展開・内部利用を停止できる。9月11日にはロイターが、上院の院内総務と商務委員長らが、開発企業に「注意義務」を課し、政府が公開を差し止められる法案を交渉していると報じた。

米国のAI政策を「規制に消極的」と一言で片づけると、この動きは見えない。いま米国では、性格のまったく違う三つの動きが同時に走っている。

三つの層が、別々の方向を向いている

行政府は「作らせる。ただし政府が先に見る」。6月の大統領令は、高度なサイバー能力を持つモデルを政府が事前に評価する、任意の枠組みを作った。

下院は「作ってよい。ただし動いているものは把握し、制御できるようにする」。9月9日に提出されたStop Rogue AI Actは、NIST(米国立標準技術研究所)に国家標準の策定を求める。柱は四つである。稼働中の全エージェントを台帳として把握すること。誰が作り誰が運用しているかを、検証可能な形で確認すること。承認された範囲を逸脱する挙動を監視すること。そしてエージェントのアクセスと行動を、いつでも許可・拒否・取り消せるようにすること。

上院は「危険なら出させない」。開発企業に注意義務を課し、政府が公開を差し止める。企業はその判断を連邦裁判所で争える。

能力を制限する規制はしない。その代わり、動いているAIに身元と権限を持たせる。これが、いま米国が選びつつある方向である。

契約条項になって、日本企業に届く

日本企業にとって重要なのは、どれが残っても影響が及ぶという点だ。下院の法案が成立して調達制度に反映されれば、連邦政府と契約する事業者は要件を求められる。米国では政府調達要件がサプライチェーンを遡って伝播するため、米国企業の下請けやパートナーである日本企業にも、同等の要求が契約条項として降りてくる可能性がある。

もう一つ見落とされがちなのは、対象が「モデル」ではなく「エージェント」だということである。

日本企業のAIガバナンス文書の多くは、どのモデルを使うか、どのデータを学習させるかを中心に書かれている。しかし米国が求めているのは、自社のネットワークの中で動いている実行主体の把握と、その権限の制御だ。

まず、AIに社員番号を振る

実務は、そう難しくない。まず台帳を作ることである。エージェント一体ごとに、誰が作り、どの部署が持ち、どのデータに触れ、どこと通信し、いつ止めるのかを書く。人間の社員に社員番号を振るのと同じ発想である。

そのうえで、取締役会に毎月四つの数字を出す。

  • 社内で稼働しているAIエージェントの数
  • そのうち管理責任者が不明なものの数
  • 外部システムに接続できるものの数
  • 高い権限を持つものの数

これは安全を保証する指標ではなく、点検の出発点である。それでも、AIを何件導入したかを報告するのと、AIに何をさせているかを報告するのとでは、経営層の見え方が変わる。

日本には、エージェントの台帳や権限管理を求める制度はまだない。制度を待っている間にも、自社のネットワークの中でAIは動いている。

米国の三つの層の詳細、6月以降の年表、そして今年7月にOpenAIのAIエージェントが第三者企業のシステムに侵入した事案の分析は、MITの私のサイトに連載として書いています。ぜひご覧ください。

Prof. Kenzo Fujisue

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