E-ledgersの「世界一斉スタート」という無理ゲー

(前回:全世界の町工場まで炭素簿記を義務化? E-ledgersという無理ゲー)

前回、E-ledgers/E-liabilityが理想とする切れ目のない炭素会計を実現するためには、サプライチェーン内の全企業が100%参加しなければ成立しないことを論じました。1社たりとも途切れてはならない。もちろんこんなこと現実には不可能です。しかし、推進する側は部分的にでも進めたいはず。

E-ledgersを一部の国・地域から先行して導入する場合の目的として、たとえば炭素国境調整措置(CBAM)や排出量取引(EU-ETS)などカーボンプライシング導入済みのEUから未導入の国に対して輸入製品へ『炭素関税』を課されるための回避策だ、とのロジックが考えられます。すなわち、炭素会計を整備した地域から段階的に適用範囲を広げようという構想です。これが最もありそう。

このロジックを前提として「日本もEUに高い関税を支払わなくてもいいように、国内企業を守るためのインフラとしてE-ledgersが必要だ」といった主張が出てきます(ホントに迷惑なことです…)。

しかしながら、国境を越えて炭素価格を強制することがいかに困難なことであるかは、現在の欧州をみれば一目瞭然です。EU-ETSは2005年の開始当初から産業界への配慮として莫大な「無償排出枠」を配り続け、EU委員会側がこの無償枠を縮小しようとするたびに産業界から猛反発に遭って延期や緩和を繰り返すという、「骨抜き」の歴史を歩んできました。

2026年から本格稼働したCBAMについても、インフレを懸念するEU域内の産業界から不満が噴出していますし、特に域内の農家からは肥料代が高騰するためCBAMの対象品目から除外してほしいとの請願まで出ています。

EU域内の企業や農家に対してすら高負担を強いることができない炭素価格の仕組みが、国境を越えて他国へ強制力を発揮するなど現実にはありえません。案の定、2025年11月にブラジルで開催されたCOP30でCBAMは各国から袋叩きにあっていました。欧州が自分たちだけでやる分には構わないのですが、いざ炭素関税が課される場合には世界中が反発するのです。

財務会計は各国で制度が異なっていても成立します。お金なので。しかし、E-ledgersはサプライチェーン全体で炭素伝票が完璧につながらなければならないため一部の国・地域だけでは機能しません。「世界一斉同時スタート」という非現実的な前提なしには炭素会計の連鎖など成立し得ないのです。

もしも局所的にE-ledgers導入を強行した場合、その国の産業は衰退します。膨大な手間暇がかかる炭素集計や価格転嫁の作業を事業者に課し、炭素価格が積みあがった結果として物価が高騰したら消費マインドは冷え込みます。現状の欧州CBAMがまさにこの未来を体現してくれています。

他方、何の強制力もないISSB基準を真に受けてSSBJをつくりスコープ3を義務化したのに欧米からハシゴを外されてしまった我が国だけに、とてもとても心配です。

このE-ledgersは非現実的ながら「世界一斉同時スタート」が理想となるため、これまでのSDGs、ESG、スコープ3などよりもトップダウンによる強制力が働きやすいことを筆者は強く懸念しています。十分な議論もなく、日本だけが再び世界の先頭を走ることだけは避けるべきと考えます。

次回へ続きます。

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