ICCが金正恩氏に逮捕状を発付する日

トランプ大統領は9月22日の国連総会一般討論演説で、国際刑事裁判所(ICC、本部オランダ・ハーグ)を「ならず者機関」と非難し、全加盟国に脱退を要求するなど、米国はICCへの圧力を強めている。ICC非加盟国の米国が加盟国に対して脱退するように圧力を行使すること自体は少々、奇妙なことだ。米国がICCに対して抱く最大の懸念は、自国民が米国以外の国際機関によって有罪判決を受け、収監されることだ。主権国家への介入と受け取られるからだ。

オランダのハーグにある国際刑事裁判所(ICC),ICC公式サイトから

ICCには、国家元首や政府首相を起訴し、有罪判決が下れば収監(拘禁刑の執行)する「法律上の権限」がある。国際法上、現職の元首国際や首相には他国の裁判所から裁かれない特権があるが、ICCの根拠条約であるローマ規程第27条では、国家元首などの公的資格による「免責(不訴追の特権)」を一切認めていない。ただし、軍隊などの実力組織は有していない。 ICCは、125の加盟国(締約国)に対し、容疑者が自国領内に入った際に身柄を拘束してハーグへ引き渡すよう要求する。

過去にはスーダンのバシル元大統領などに逮捕状が出され、近年ではロシアのプーチン大統領や、イスラエルのネタニヤフ首相に対しても戦争犯罪などの容疑で逮捕状が発付されている。歴史的に見ても、国のトップが在任中に逮捕された例は極めて稀。2025年にフィリピンのドゥテルテ前大統領が国内で逮捕されハーグへ移送された例がある。加盟国であっても政治的・外交的配慮から、訪問してきた指名手配中の首脳(例:モンゴルを訪問したプーチン大統領)を逮捕せずに出国させてしまう事例もあり、法律上の権限と実際の執行力の間には大きな乖離があるのが実情だ。

ICCの課題と問題点を考えるうえで、北朝鮮の金正恩総書記とイスラエルのネタニヤフ首相の立場が参考になるのでここでは両者とICCの関係について考えたい。前者はICCから逮捕状は出ていない一方、後者は2024年11月に逮捕状が発布されている。共通点は北朝鮮もイスラエルもICCには加盟していないことだ。2人の状況が分かれている最大の理由は、ICCが裁判を行うために必要な「管轄権( jurisdiction )」の有無にある。

金正恩総書記 北朝鮮HPより

北朝鮮の場合、ICC非加盟国であり、国内での人道に対する罪(強制収容所での虐殺や拷問など)は自国内(非加盟国の領土内)の出来事であるため、ICCは原則として捜査する権限がない。ただし、非加盟国の国内犯罪であっても、国連安保理が「国際社会に対する脅威」とみなしてICCに捜査を付託すれば、ICCは管轄権を持つことができる(過去のリビアのガダフィ大佐などの例)。実際は、安保理ではロシアと中国が拒否権を行使して反対するので難しい。

ただし、ここにきて金正恩氏を取り巻くICCの立場に変化が出てきている。北朝鮮がロシアのウクライナ侵攻に対して軍隊や武器を派遣している。そしてウクライナはICCの管轄権を受け入れているため、ウクライナ領内(またはロシア領内の戦闘地域)で北朝鮮軍が関与した戦争犯罪については、金正恩氏が「共犯」や「指揮官」としてICCの捜査対象になる法的な足がかりが出てきたのだ。金正恩氏を戦争犯罪容疑でICCに告発する条件は整ってきている。今後のウクライナ情勢やICC検察官の動き次第では、将来的に逮捕状が出る可能性がゼロではなくなった(「金正恩総書記をICCに引き渡しを」2024年5月5日参考)。

金正恩総書記をICCに引き渡しを
北朝鮮の最高指導者を人道に対する犯罪で国際刑事裁判所(本部オランダのハーグ=ICC)に引き渡すべきだという声は久しくあった。2009年、世界中の非政府機関(NGO)が人権犯罪で金正日総書記(当時)をICCに引き渡そうと試み、2014年には、...

一方、イスラエルはICC非加盟国だが、事件の舞台であるパレスチナ(ガザ地区など)がICCの加盟国(締約国)として承認されているため、そこでの戦闘行為や人道危機(餓死の武器化など)に対してICCの管轄権が及ぶ。ネタニヤフ氏は「加盟国(パレスチナ)の領土内での犯罪容疑」として逃れられずに逮捕状が出たわけだ。

ただし、パレスチナは正式の主権国家としては認知されていない。にもかかわらず、ICCがパレスチナ内での戦争犯罪がICCの管轄権が及ぶと判断したのは、ICCの裁判部が「一般的な国際法上の国家承認の是非」と「ICC条約(ローマ規程)における加盟資格」を切り離して判断したからだ。

2012年、国連総会においてパレスチナの地位が「オブザーバー組織」から「非加盟オブザーバー国家(Non-member Observer State)」へと格上げされる決議が採択された。これにより、パレスチナは国連機関が管理する様々な国際条約に「国家」として加入する資格を実質的に得ることになった。

パレスチナはこの国連での地位をもとに、2015年にICCの根拠条約である「ローマ規程」の加入書を国連事務総長に提出し、正式に受理された。その結果、条約のルール(第12条2項a)に基づき、加盟国であるパレスチナの領域内(1967年の第3次中東戦争以降にイスラエルが占領したガザ地区、ヨルダン川西岸、東エルサレム)で起きた犯罪については、自動的にICCの管轄権が及ぶことになったわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年10月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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