織田・豊臣・徳川と現皇室のつながりを系図で明らかに

新刊『地図と閨閥で読み解く戦国地政学 織田・豊臣・徳川の盛衰』(さくら舎)は、大河ドラマ『豊臣兄弟!』がどうだったかを地図と系図で復習し、どこが史実と違うかを解き明かそうというものである。

前回は『新幹線から見える「清洲城」と織田時代の「清須城」はどう違うのか』で地図の一例をお見せしたが、今回は系図についてどんな工夫をしているかを説明するとともに、信長や秀吉と現皇室の関係について説明する。

新幹線から見える「清洲城」と織田時代の「清須城」はどう違うのか
新刊『地図と閨閥で読み解く戦国地政学 織田・豊臣・徳川の盛衰』(さくら舎)は、大河ドラマ『豊臣兄弟!』がどうだったかを、地図と系図で復習し、どこが史実と違うかを解き明かそうというものである。地図や図表としてどんなものを挙げたかを一覧表として...

2019年1月、新年を迎えられた天皇ご一家 宮内庁HPより

横書きの系図で歴代天皇126代の関係を示す

旧来、日本の歴史書では、西洋の系図は横書きなのに、日本の系図は縦書きが多かった。伝統なのだろう。ところが、縦書きにすると字数が多くなり、1ページに収められる世代数が少なくなる。

また、養子を二重線などで養父の下に書き込むものだから、実系の関係がよく分からなくなる。たとえば、8代将軍吉宗は家康の曾孫だが、養子として7代将軍家継の下に書き込むと血縁が分からなくなる。

そこで私の系図では、横書きにして、実系で描き、継承順位は数字で示している。そうすると、歴代天皇72世代126代の関係も2ページで示せる。

本日は、本書に収めている「皇室・織田・豊臣・徳川家系図」で今上天皇と彼らの関係を説きたい。

織田信長の血統は信雄と徳姫を通じて現皇室へ

織田信長の血統は、次男の信雄と長女の徳姫(五徳)を通じて現皇室につながる。信雄の子では4男・信良が上野小幡(子孫は出羽天童)、5男・高長が大和宇陀松山(子孫は丹波柏原)の藩主として幕末まで続いた。

このうち信良の系統は、公家の勧修寺家を通じて、仁孝天皇の母を出して孝明天皇につながる。一方、高長の血は公家の柳原家に入って、大正天皇の生母・愛子を出した。

また、徳姫と徳川信康の娘・登久姫が小笠原家に嫁ぎ、蜂須賀家、鳥取池田家を通じて、信良のところで出た勧修寺家につながる。

徳川家康・秀忠の子孫も皇室につながる

徳川家康の子では、先の信康の系統のほか、紀伊の頼宣の子孫も鳥取池田家から勧修寺家へつながるし、北条氏直の未亡人で池田輝政の継室になった督姫も勧修寺家につながる。

2代将軍秀忠の子孫は、家光の長女の千代姫が尾張家の義直の子の光友と結婚し、これが九条家、二条家を経て、昭和天皇の生母・貞明皇后に至る。

豊臣秀吉の姉の血統も今上天皇につながる

豊臣秀吉の子孫がいないのは当然だが、姉の「とも」の次男・秀勝は、浅井長政の3女で2代将軍の正室となる「江」と完子を忘れ形見として残した。完子は淀殿の養女として九条幸家夫人となり、その子孫はやはり貞明皇后を通じて今上陛下に至る。

完子の系統は広島浅野家にもつながっていく。

なお、本書に所収の系図は以下の通り。

木下・豊臣家系図
織田家系図
斎藤家系図
徳島藩・蜂須賀家系図
池田家系図
足利家系図
細川管領家系図
今川・北条家系図
武田・小笠原・三好家系図
毛利家系図
前田利家の子孫
浅野家系図
細川家系図(熊本)
黒田家系図(福岡)
山内家系図(土佐)
茶道千家系図
皇室、織田、豊臣、徳川家系図
江をめぐる人々相関図
徳川家系図
島津家系図
龍造寺・鍋島家系図
伊達・佐竹家系図
上杉・長尾家系図
明(中国)皇帝家系図
李氏朝鮮 王統家系図

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