ラリーカーは来た、ラリー文化はまだ来ていない:WRCジャパンとゼロリスク社会

(前回:部活にないスポーツはなぜ「親ガチャ」になるのか:才能を家庭任せにする国)

2026年の勝田貴元は、すでに歴史を作っていた。トヨタ公式コラムによれば、勝田は3月15日のサファリ・ラリー・ケニアでWRC初優勝を達成し、日本人ドライバーのWRC勝利は篠塚建次郎以来およそ34年ぶりだった。サファリは、速いだけでは勝てない。壊さず、生き残り、リスクを読み切るラリーである。そこで勝った勝田が母国に戻ってくる。日本のファンの期待が高まらないはずがない。

WRCな日々 DAY72 - 34年ぶりに日本人WRCウイナーが誕生 勝田貴元のサファリ優勝をふりかえる | モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々 | WRC - FIA 世界ラリー選手権 | GAZOO Racing
ついに「その瞬間」が訪れた。2026年3月15日、サファリ・ラリー・ケニア最終日。日本の勝田貴元がWRC初優勝を達成。1992年の篠塚建次郎さん以来、およそ34年ぶりに日本人ドライバーがWRCを制したのだ。最終のパワーステージを走り切り、跳...

そのラリージャパン2026で、トヨタは圧勝した。トヨタ公式発表によれば、エルフィン・エバンスが優勝し、セバスチャン・オジエ、サミ・パヤリ、勝田貴元が2位、3位、4位で続いた。つまりトヨタ勢が1位から4位を独占したのである。メーカーとしては完勝だ。だが日本のラリーファンとしては、勝田が母国の表彰台に立つ姿を見たかった。私もその一人である。

私はラリーが好きだ。だから2023年のWRCジャパンにも足を運び、実際に山間部のSSを観戦した。勝田が母国の道を走る姿を見たい。日本にラリー文化が根付いてほしい。映画「OVER DRIVE」のように、ラリーがもっと身近で、もっと熱く、もっと地域に愛される競技になればいい。そう本気で思っている。

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誤解のないように先に書いておきたい。私はトヨタ、WRCジャパン事務局、地元自治体、ボランティア、スポンサーをはじめとする関係者の方々には最大限の敬意を持っている。日本でWRCを開催するのは簡単ではない。道路使用、住民調整、警備、救急、交通規制、観客輸送。どれ一つ取っても膨大な労力がいる。

世界ラリー選手権フォーラムエイト・ラリージャパン2027 公式サイト
世界ラリー選手権フォーラムエイト・ラリージャパン2027年6月3日(木)~6日(日)に愛知県、岐阜県で開催。イベント情報とともに、WRC&ラリー関連ニュース、チケット、公式グッズ等の情報を掲載しています

それでも、現地で私は違和感を覚えた。ラリーカーは来た。だが、ラリー文化はまだ来ていないのではないか。

ラリーを知らない読者のために説明しておきたい。WRCとは世界ラリー選手権のことである。ラリーは複数の車が同時に並んで走るレースではない。タイムを競う区間を、車が1台ずつ順番に走るタイムアタック競技である。この競技区間をSS、つまりスペシャルステージと呼ぶ。各SSの走行タイムを積み重ね、合計タイムが最も短い選手が勝者となる。豊田市のラリー用語解説でも、SSやリエゾン、サービスパークなどの基本用語が整理されている。

観客が山中で待ち、全開で走るラリーカーを見るのは主にSSである。しかし、サーキットのように同じ場所を何度も車が通るわけではない。ラリーカーは目の前を数秒で通過し、その場所には戻ってこない。音が聞こえ、車が現れ、あっという間に消える。これがラリーである。つまりラリー観戦は、そもそもかなりマニアックだ。

一方で、ラリーにはSS以外の魅力もある。SSとSSの間を移動する一般道区間をリエゾン区間という。ここではラリーカーも開催国の交通ルールに従い、一般車とともに走行する。これが実に面白い。世界最高峰のラリーカーが、前後を一般車に挟まれながら普通の道を走るのである。

リエゾン区間では、世界最高峰のラリーカーが一般車と同じ道路を走る。
筆者が2023年に撮影(一般人の顔と一般車のナンバーは加工済み)。

つい先ほどまで山道を全開で駆け抜けていた車が、信号で止まり、軽自動車やトラックの後ろを走る。沿道の人が手を振れば、ドライバーが応えてくれることもある。サーキット競技にはない、日常と非日常の混ざり方がある。私がむしろラリーらしさを感じたのは、このリエゾン区間だった。

トヨタスタジアム周辺のイベントも楽しかった。サービスパークではチームの雰囲気を感じられたし、展示や物販もあり、ライト層や家族連れでも楽しみやすい。山中のSSよりも、リエゾン区間やサービスパークの方が、初めてWRCに触れる人には入口になりやすいのかもしれない。

サービスパークでは整備の様子も見られ、競技の空気を身近に感じられた。
筆者が2023年に撮影(一般人の顔は加工済み)。

問題は、山間部のSS観戦である。私が閉口したのは、ラリーカーの速さではない。観戦環境だった。2023年に山間部SSを観戦した際も、観戦は早朝から始まった。朝4時に駐車場へ向かい、まず駐車場入場待ちの列に並ぶ。そこからコース行きのバスを待ち、ようやく現地に着けば、今度はトイレに長い行列ができる。ラリーカーを見る前に、観客はすでに相当な体力と忍耐を求められる。

朝4時、山間部SS観戦のため駐車場入場を待つ車列。
筆者が2023年に撮影(一般車のナンバーは加工済み)

ようやく観戦場所に立っても、ラリーカーが見えるのは一瞬である。しかもコースとの距離は遠い。もちろん、それがラリーという競技の性格でもある。危険な競技である以上、安全管理は必要だ。観客を危険区域に入れるわけにはいかない。

山間部SSではラリーカーは一瞬で通過する。迫力はあるが、観戦距離の遠さも感じた。
筆者が2023年に撮影

チケット価格も、この問題を象徴している。チケットぴあでは、ラリージャパン2026の鞍ケ池シェイクダウン/SSSや藤岡SSSの駅からバス移動付き観戦券は大人13,100円、山間SSの乗入四輪/P&R大人1名券は16,100円とされている。一方で、ラリー・フィンランドのラリーパスは110ユーロ、ラリー・エストニアの4日間ラリーパスは59ユーロ、クロアチア・ラリーのラリーパスは61ユーロである。もちろん単純比較はできない。物価、地形、道路事情、輸送方式、警備体制が違うからだ。

だが、構造は見える。ラリージャパンのチケット代は、単なる観戦料ではない。安全管理と秩序のコストを、観客が前払いしている価格でもある。webCGの記事も日本の観戦料の高さと観戦距離の遠さを指摘している。くるまのニュースの記事が触れるように、スタジアム型のSSSはラリーの面白さを分かりやすく体験させる工夫でもある。つまり運営側も課題を理解している。

だからこそ難しい。安全を徹底すればするほど、観客は指定された駐車場へ行き、指定されたバスに乗り、指定された導線を歩き、指定された場所から観ることになる。ラリーは地域に開かれた文化ではなく、高額な管理イベントに近づいていく。危険を遠ざけるための仕組みが、同時に熱狂も遠ざけてしまうのである。

海外のラリーには、良くも悪くも観客が競技の一部になる大らかさがある。スタックしたラリーカーを観客が押すこともある。もちろん、それを無条件に美化してはいけない。観客が危険区域へ入り、ラリーカーの前を度胸試しで横断するような行為は論外である。安全管理は絶対に必要だ。

2026年のラリーポルトガルの公式映像。
観客とラリーカーの距離がよくわかる。

しかし、危険を管理することと、観客を競技から遠ざけることは同じではない。日本では、危険な大らかさだけでなく、良い意味での大らかさまで削られてしまう。観客は競技を支える存在ではなく、管理すべきリスクとして扱われる。これでは、ラリー文化は育ちにくい。

勝田のサファリ優勝は、ラリーの本質を思い出させる出来事だった。速さだけではなく、壊さないこと、生き残ること、リスクを読み切ること。ラリーはゼロリスクとは正反対の競技である。その勝田が母国で4位に終わり、トヨタが1位から4位を独占してもなお少し悔しさが残ったのは、日本にラリー文化がもっと根付いてほしいという願いがあるからだ。

WRCジャパンを否定したいのではない。むしろ逆である。私は、日本にラリー文化が根付いてほしい。リエゾン区間やトヨタスタジアムには、その芽が見えた。次に必要なのは、観客を遠ざけるだけの安全管理ではなく、観客が安全に近づける仕組みである。地元が大会を誇れる空気である。子どもやライト層が自然に触れられる導線である。

ラリーカーは来た。しかし、ラリー文化はまだ来ていない。ゼロリスク社会の中で、危険と熱狂が隣り合わせの競技をどう育てるのか。WRCジャパンの課題は、単なる運営の問題ではない。日本社会がラリーという文化をどこまで受け止められるのかという問題なのである。

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制度の問題は、問題として認識されなければ検証すら始まらない。私のnoteでは、医療、行政、公共サービス、消費者保護など、日常に埋もれたさまざまな「おかしさ」を問題定義の段階から掘り下げています。

George・九条|note
私は大学に所属しない独立研究者です。制度や政策の「それ本当にそうなのか?」を、一次資料や論文まで戻って調べています。・研究の裏側 → 村人A・面白い論文 → 知られざる論文の世界・コロナを文化から考える → コロナ×作品・日本のコロナ政策検...

 

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