m3.comとは何者か③:m3掲載記事めぐり55万円賠償命令

(前回:m3.comとは何者か②:専門医制度が学会を減らせない)

2026年5月18日、東京地方裁判所は、新型コロナ対策をめぐる記事で侮辱されたとして北里大学大村智記念研究所の花木秀明センター長が起こした訴訟で、大阪大学大学院の忽那賢志教授に55万円の支払いを命じた。この判決は確定している。

阪大・忽那教授に賠償命令  コロナ対策巡る記事で侮辱 | MEDIFAX web(メディファクス ウェブ) - 医療の総合情報サイト
感染症研究などを専門とする北里大大村智記念研究所の花木秀明センター長が、新型コロナウイルス対策に関する記事で侮辱され精神的苦痛を受けたとして、大阪大大学院の忽那賢志教授に損害賠償などを求めた訴訟の判…

判決の主題は、イベルメクチンの効果ではない。医学的見解が異なる相手に侮辱的な言葉を向け、人格を攻撃した表現を、医療従事者向け媒体に掲載したことの是非である。

では、その記事を「人気連載」として配信したm3.comは、判決後に何を検証したのか。記事の修正、非公開化、編集部注記、削除履歴について筆者が7項目を照会したところ、個別の回答は得られなかった。

専門家の権威を使って記事を届ける媒体には、掲載する力だけでなく、誤りや行き過ぎを検証し、履歴を残す責任がある。

賠償を命じられたのは、医療従事者向けサイトの掲載記事だった

共同通信が配信し、東京新聞などが掲載した報道によれば、東京地裁は2026年5月18日、花木氏が忽那氏に損害賠償などを求めた訴訟で、55万円の支払いを命じた。

同報道は判決の認定として、忽那氏が新型コロナの感染対策やワクチン接種について情報を発信していたこと、そして2023年5月、主に医療従事者を対象にしたウェブサイトでイベルメクチンに言及し、花木氏を念頭に置いた揶揄的な表現を記載したことを伝えている。

ここで注目すべきは、媒体の性質と時期である。

m3.com編集部は2023年6月、「忽那氏、クソリプ訴訟に立ち上がる」という記事で、同年5月から「忽那賢志のコロナ戦記」の連載が始まったと紹介した。2023年末にも、同連載を「人気連載」と表現している。

忽那氏、クソリプ訴訟に立ち上がる
この度、m3.comで忽那賢志先生がコロナ禍を振り返る「忽那賢志のコロナ戦記」の連載が始まりました。読み逃したという方のためにダイジェスト版を作るとともに、感想や意見などを募集しています。

報道が示す「2023年5月」「主に医療従事者を対象にしたウェブサイト」という条件は、m3.comの同連載と一致する。

原告の花木氏も、Xで判決文の一部を公開したうえで、忽那氏の記事を掲載したのはエムスリー(m3.com)であると明記している。


したがって本件は、忽那氏個人のSNS投稿だけをめぐる争いではない。巨大な医療専門メディアが掲載し、編集部が人気連載として紹介した記事について、執筆者に賠償責任が認められた事案である。

花木氏は同じ投稿で、忽那氏との裁判が一審で確定し、判決文が届いた日に賠償金の支払い依頼があったことも報告している。争いの余地が残る係属中の事案ではない。

イベルメクチンの有効性を判断した判決ではない

ここは誤解を避けなければならない。

この判決は、イベルメクチンが新型コロナに有効だったか否かを判断したものではない。また、花木氏側の科学的主張が全面的に正しかったと裁判所が認定したものでもない。

問題になったのは、医学的な異論そのものではなく、相手を侮辱し、人格を攻撃する表現だった。争われたのは名誉毀損、侮辱、名誉感情の毀損である。

ここで一点、流通した情報を訂正しておく必要がある。

一般向けに配信された報道記事が判決から引いたのは、相撲の突っ張りになぞらえて相手の熱意を茶化す一節だった。この表現が賠償の理由であるかのように広まったが、花木氏はそれを誤解だとしたうえで、実際に理由となったのは「狂人」「反ワクチン派に迎合」「反マスク」「晩節を汚すばかりか全身陰謀論に身を沈める」といった侮辱の言葉であると述べ、判決文の一部を公開している。

何が違法と判断されたのかという核心部分が、報道を経由した時点で穏当な方向へずれて伝わったことになる。

科学者同士が厳しく批判し合うことは必要だ。論文の方法が誤っている。データの解釈が飛躍している。利益相反の説明が不十分である。そうした批判は、具体的な根拠を示して行えばよい。

しかし、「狂人」などという言葉は科学的批判ではない。相手の主張の誤りを示す代わりに、人格や所属集団へラベルを貼る。

貼られたラベル自体も、検証されないまま流通した。花木氏は、自身がワクチンを接種しており、経済産業省や厚生労働省、マスク業界とともにマスクのJIS化を進めた際の委員長を務めたと述べている。「反ワクチン派に迎合」「反マスク」という言葉は、この経歴と整合しない。

相手の主張の当否を検討する代わりに、既存の陣営名を貼って処理する。コロナ禍で繰り返された、科学の言葉を借りた排除である。

m3.comは単なる掲示板ではない

もちろん、賠償を命じられたのは忽那氏であり、m3やエムスリーではない。m3が記事の表現を指示した事実も確認されていない。編集過程や法務確認の有無も、公開資料からは分からない。

だから「m3も違法行為をした」とは書けない。

本連載はここまで、m3を医療界の黒幕としてではなく、医療界が自ら作った制度と需要を映す鏡として描いてきた。第1回では、学会事務から医院承継までを束ねる事業構造を追った。第2回では、専門医制度が生む事務需要をm3が引き受けている一方、資格の認定権はあくまで学会と日本専門医機構にあることを確認した。m3は制度の原因ではない。

だが、鏡にも選択の余地がある。何を映し、誰に語らせ、そして何を画面から消すか。編集とは、まさにその選択のことだ。

m3.comを単なる投稿場所として扱うことはできない。同社編集部は執筆者を選び、連載を企画し、見出しを付け、読者へ推薦する。実際に「コロナ戦記」を自社記事で紹介し、「人気連載」と評価していた。

m3は国内医師の大部分が利用する巨大な専門家プラットフォームである。そこで形成された認識は、医師の処方、患者説明、感染対策、病院運営、政策論議にも影響し得る。

読者の中心は医療従事者でも、影響を受けるのは患者と社会全体である。

だからこそ、一般人が書き込む匿名掲示板より、はるかに高い編集責任が求められる。

訂正の宛先がない

判決とは別に、掲載記事の記述そのものをめぐる争点もある。

花木氏は、忽那氏がm3.comに掲載した記事に、自分から届いたメールとして粗野な文言が記されていたが、そのような言葉は一切ないと主張し、同じ投稿で、2023年10月24日付で自身が忽那氏に送ったメールの全文を公開した。

公開された文面は、抑制的なものである。忽那氏が学会で行った講演の内容が事前に提出された演題や要旨と異なっていたこと、講演で紹介された論文の撤回はデータ収集を担った企業側の問題であって著者の捏造ではないこと、「捏造」という語が科学者にとって持つ重さ。そうした点を、根拠を挙げながら指摘している。花木氏は、当時20歳下の忽那氏を評価しており、自身が主催する講習会の講師として招こうとしていたとも書いている。

判決がこの点をどう扱ったかは、公開された抜粋からは分からない。忽那氏の側にも説明があるかもしれない。

だが、ここで問題にしたいのは、どちらの言い分が正しいかではない。

掲載された記事の記述が事実と異なると当事者が主張し、その根拠となる一次資料を自ら公開している。にもかかわらず、掲載した媒体の側には、訂正を申し立てる窓口も、誰がどの期間で審査するかの手順も、結果を読者に示す仕組みも見当たらない。

争いは当事者間のSNSへ流れ、記事を読んだ数十万人の医師には、何も届かない。

では、その責任は果たされたのか。判決後にm3.comが何を検証し、記事が現在どうなっているのかを、次回に見る。

【参考リンク】

・m3.com編集部「忽那氏、クソリプ訴訟に立ち上がる」
・m3.com「2023年医療界のキーパーソン、尾身氏が4連覇」
・花木秀明氏のX投稿(判決の確定、賠償理由となった表現、および2023年10月24日付メール全文の公開)

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制度の問題は、問題として認識されなければ検証すら始まらない。私のnoteでは、医療、行政、公共サービス、消費者保護など、日常に埋もれたさまざまな「おかしさ」を問題定義の段階から掘り下げています。

George・九条|note
私は大学に所属しない独立研究者です。制度や政策の「それ本当にそうなのか?」を、一次資料や論文まで戻って調べています。・研究の裏側 → 村人A・面白い論文 → 知られざる論文の世界・コロナを文化から考える → コロナ×作品・日本のコロナ政策検...

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