クックパッドにみる“成長の壁”を超えるメディア --- 藤村 厚夫

アゴラ

印刷メディア事業の“危機”が語られる一方で、インターネットメディアも成長限界に悩んでいる。
広告市場の縮小とモバイルシフトに苦しむネット系メディア。そこに突破口はあるのか?
本稿はクックパッドの事業展開をケーススタディとして検討しよう。


2000年を前後して現われたインターネットメディアの多くが、成長性の維持という点で苦しんでいます(たとえば → 参照)。

“成長の壁”とは、以下のような点に集約されます。

  • 広告市場の停滞
  • ソーシャルメディアへの潮流シフト
  • モバイル化へのシフト

これらは実は根っこで共通している事象かもしれません。それはともかく、まずそれらはじわじわと潜在的に進行し、2008年の“リーマンショック”という事件をきっかけに一挙に顕在化したと筆者は理解します。
実際、日本の広告費は2008年に前年比減少トレンドに転じました。また、iPhone が発売されたのは2008年のことでした。
筆者の体験からも、2008年はインターネットメディア企業にとっての大きな曲がり角でした。以後、現在に至るまで次なる成長エンジンの模索を続ける時期が続いていると見ています。
本稿はここに掲げた3つの“成長の壁”をどう克服するのかという課題をめぐる思索の一端です。さらにいえば、これら3つを成長の糧としているメディア企業の検証でもあります。

クックパッド株式会社という企業があります。
同社は、周知のようにクックパッドを運営する企業です(参照 → こちら)。

創業1997年と、インターネットメディア企業第一世代として誕生しつつも、2009年に IPO と遅咲きであること、以下に検討するように上記の3つのポイントを成長エンジンへと転換した、“第二世代”の資質を備えるなど興味深い企業です。

同社の中核事業は、言うまでもなく「レシピコミュニティーサイト」クックパッドです。会員登録したユーザーが自らのレシピを投稿、これをさまざまな形で共有できる集合サイトです。言い換えれば典型的な CGM、ソーシャルメディアです。現在では食をめぐるプロ・セミプロもが投稿するような場へと成長を遂げています。
事業収入は、2008年ごろまでは「マーケティング支援事業」という食材関連事業者の商材をプロモーションする各種企画、すなわち広告関連収入を成長エンジンに成長してきました。しかし、同社はもともと事業収入をユーザー課金に求めるという“原点”を有していたといいます(参照 → こちら)。
次のチャートは、同社が公開している決算資料(こちら および こちら)を基に作成しました。

cookpad_chart

このチャートを見ると、2009年度下期をもって広告関連事業が低成長段階に入ったことがわかります。電通発表の「日本の広告費」でも、「食品」分野の広告費が2009年をもってマイナス成長(対前年比 -3.4%)へ転じたことからもそれが跡づけられます。

その一方で注目すべきは、広告関連事業収入の頭打ち状況を力強く補っている「会員事業」の存在です。 2008年度上半期と2012年度同期を比較した両事業の成長率では、広告関連事業が205%でしかないのに対して、会員事業は3200%と目ざましい成長ぶりです。

同社の会員事業とは、有料「プレミアムサービス」やクックパッドの携帯サービス「モバれぴ」などから構成されます。特にスマートフォンに対応したプレミアムサービス収入が成長を牽引します。

次のチャートは、上記の決算資料からの引用です。CookPad_Mobile

無料・有料を合わせたスマートフォンからの利用者数の増大と、月額300円ほどのプレミアムサービスの利用者数の増大が、ほぼ連動した成長を見せていることがわかります。

広告収入の停滞を突破して同社が成長を遂げている要因は、有料会員事業であり、その会員事業の大きなドライバー(原動力)が、モバイルへの取り組みであるということができそうです。

2009年度から2010年度にかけて、広告関連事業と会員事業の収入比の転換が見事に行われています。広告収入の成長低下を意識して内部では必死の会員事業の開発が行われたものと見ます。また、iPhone 登場に代表されるモバイル化のトレンドを鋭敏に受け止めたのだとも見ることができます。

スマートデバイスから見た「クックパッド」

スマートデバイスから見た「クックパッド」

もう一度、本稿冒頭の3つの壁に立ち返りましょう。

多くのインターネットメディアの収入源泉は、今も広告収入です。したがって、広告予算の縮小傾向は新興のインターネット分野においてさえ深刻です。

また、PC のスクリーンを対象にして発達してきたインターネット広告は、モバイル分野ではまだまだ力強い突破口を見いだせていません。
広告単価が低迷する中でも、大きな画面であれば、大サイズの広告や、数多くの広告を配置するなどの小手先の対処がありえます。

しかし、小スクリーンのモバイルデバイスでは、そのような対処はかないません。

広告効果の高い新たな広告フォーマットの開発を待つか、非広告収入へのシフトを進める必要があるのです。

クックパッドでは、後者の会員事業へのシフトが大きな成果をあげ、これが“成長の壁”を突破することを可能にしたわけです。

同時期に登場したインターネットメディアが成長停滞に悩む中、同社が見事にそれを突破した要因はなんでしょうか? 思いつくまま以下に掲げてみます。

  • 既存のコンテンツに対し、読者が求めるような付加価値を追加開発したこと(たとえば → 参照
  • モバイルデバイスに最適化したコンテンツ表示を、Webおよびモバイルアプリとして提供していること
  • 事業の遠い初期には会員事業を、次に広告関連事業、そして今また会員事業へというように、機敏に事業の軸を転換できた経営資質と技術基盤

プロの記者らがニュース等の情報を提供するメディアサイト運営者からは、クックパッドのような読者投稿型レシピサイトとは事業の根幹が異なるから参考にならない、という反応が聞こえそうな気もします。

けれど、筆者はニュース提供系のメディアサイト事業であっても、上記のポイントに対するリスペクトが必要と考えます。

いかにコンテンツを読者が喜ぶ形態として提供できるか。

(ニュースなどの)メディアビジネスは、情報サービスビジネスのひとつと理解するならば、まだまだ取り組めることがあることを同社の展開は示唆します。また、読者にとっての利便性が十分に高まってくれば、広告と異なる直接の対価(会員事業)の可能性が高まることも想定できるとも見ます。それがいったい何なのかを考える時期なのです。

(藤村)

編集部より:この記事は「BLOG ON DIGITAL MEDIA」2013年1月28日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった藤村厚夫氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はBLOG ON DIGITAL MEDIAをご覧ください。