内閣府子ども子育て会議委員の駒崎です。待機児童問題等、注目を集めた今年でしたが、子ども子育て・保育業界の2016年を専門家の立場から振り返ってみようと思います。
1. 保育園落ちた日本死ね騒動(2月)
2月15日。認可保育所の申し込みが叶わず、待機児童を抱えることになったお母さんのネット上の書き込み。
この書き込みの激しい語調と、しかし魂から絞りだした叫びが、多くの母親たちの共感を得ました。
このブログを音喜多都議のブログから知った僕は、解説記事を書きましたが、これがむちゃくちゃバズりました。
参考:『「保育園落ちた日本死ね」と叫んだ人に伝えたい、保育園が増えない理由』
本件は後に山尾志桜里議員が国会質問で取り上げ、そこでの自民党議員のヤジや、総理の不適切な答弁が世論の火に油を注ぎ、
国会前デモにつながり、メディアも一斉に注目していきました。
自民党・公明党はすぐに対策会議を開かざるを得なくなり、僕は両党から呼ばれて、すべきことをレクチャーすることになりました。
その時、ある与党議員さんが仰った言葉が印象的です。
「私たちは、十分やっていると、思っていたんだよね」
そうした途方も無い勘違いの幻想から、多くの議員を醒めさせてくれたのが、この保育園落ちた日本死ねブログでした。
また、名もなき母親の叫びが、インターネットというツールによって増幅され、政策まで動かした、という市民運動史に残る出来事だったと思います。
*余談ですが、このブログの書き手が僕(駒崎)であるという陰謀論がネットで囁かれ、いまだに難癖をつけられるのですが、(何十回目か分からないですが)否定しておきます。
2. 待機児童緊急対策が出される(3月)
日本死ねブログが火をつけた火事を、何とか鎮火しようと出された対策。
肝心の保育士給与引き上げはこの時点ではなされませんでしたが、幾つか光るものはありました。
特に「土曜日の共同保育」は、保育士の労働負担を緩和するものです。
土曜日は平日よりも利用家庭ががくんと落ち、中には子どもが1人~3人くらいになってしまう園もあります。
しかし園ごとに保育士は最低2人は配置しなくてはいけない規定があり、保育士が過剰になります。
一方で、土曜日に出勤すると平日に振り休が発生し、それを埋めるために人を雇わなくてはいけないが、雇えなくて
平日も休めない・・・なんていう事態も発生するわけです。
そこで近隣の園と共同で保育をすることを、解禁しようじゃないか、というもの。
これは全国小規模保育協議会が提言し、採用してもらいました。感謝です。
実際に仙台の園では共同保育を行なっていますが、”’保育士さんの労務負担は減り、普段一緒に働いていない保育士同士の交流も生まれ、良い効果”’が現れています。
一方で、23区の中では江東区や品川区のように、”’いまだに土曜の共同保育を認めてくれていない地域もあり、「緊急」対策なのに自治体がその障壁になっている”’、という事実を再確認することになったのでした。
3. 改正障害者総合支援法で、歴史上初めて医療的ケアの文字が法律に(5月)
医療的ケアのある子どもたちのほとんどは、保育園も幼稚園も受け入れてはくれません。
制度と制度の狭間で苦しむ彼らに、一筋の光明が見えました。
障害者総合支援法の改正で、憲政史上初めて医療的ケアという文字が法律に書き込まれました。
これで、自治体は医療的ケア児を支援する努力義務を負ったのでした。
そこには、医療的ケア児を持つママ国会議員、党派を超えて手を繋いで議員の方々の奮闘があったのでした・・・。
詳しい経緯はこちら
「改正障害者総合支援法成立の意義を解説~歴史上初めて、医療的ケアの文字が入る~」
4. 杉並区の公園保育園反対運動勃発(6月)
待機児童が大変だ、土地がないから、公園を活用して保育園を増やそう、と杉並区が頑張っていたところに、カウンターパンチを浴びせたのが杉並区の久我山周辺住民。そこに境治さんらのネット言論人が加わって、公園保育園反対運動が繰り広げられました。
杉並区で小規模認可保育所を運営している僕は、杉並に十分な物件数がないことを知っていたので、「いや、公園使うのは致し方ないですよね」とブログで発言したところ、反対派の人たちから猛攻撃。手紙まできました。
典型的なNIMBY(Not In My Back Yard)ですが、彼らの対抗言説は直接「うるさいから」等ではなく、「公園も子どもに必要な施設」「代替地はある」「役所の進め方が拙速」等のスタイルを取っていました。
このスタイルは、後に続く他の保育園反対運動でも、継承されました。「道が狭いから」「子ども達にとって逆に良くない」等、巧妙な対抗言説を使って、本来は自分たちが子どもの声がいやだったり、資産価値の下落を恐れていたり、という部分を出さずに世論の指示を取り付けようとしていきます。
今後もこうした保育園反対運動は続いていくかと思いますが、いかに地域が反対運動に負けない「賛成運動」を起こしていけるか、が問われていくでしょう。
参考:
5. 企業主導型保育の創設(6月)
待機児童の原因には、3つの壁があります。(http://www.komazaki.net/activity/2016/03/004779.html)
保育士不足の壁、物件の壁、そして自治体の壁です。
自治体は将来保育所が余ることを恐れ、過少投資のバイアスがかかります。
また、待機児童を減らさなくても首長は選挙に負けず、保育課長も評価に影響しないので、自然に保守的な将来計画を
つくりがちです。
こうした自治体がボトルネックになっている状況を解消するために、内閣府は「自治体を介さない、準認可保育所制度」を生み出しました。
それが「企業主導型保育」です。補助の原資は企業拠出金から出され、認可保育所補助と比べても遜色ない補助額が出されます。主な担い手は、保育園を従業員のために設置したい企業と、保育園を運営してきた保育事業者達の2タイプ。
自治体だとあれやこれやで参入を阻まれていたような企業が次々と参入し、また保育事業者でも従来の認可園等だと認可関連事務で1.5年くらいかかってしまうため、スピーディーに開園できること等から、多くの開園申し込みがきています。
しかし、待機児童の中心である東京都では、手を挙げる事業者は少ない状況です。
というのも、東京都は保育士給与や賃借料が地方と比べて高く、国の補助と基礎自治体の補助との組み合わせで成り立っているのですが、企業主導型保育には国の補助しかない。そうすると、収入で3割くらいの違いが出て、成り立ちません。
待機児童解消を期待された企業主導型ですが、地方部では盛況で、肝心の東京を中心とした都市部では広がっていないという状況なのは、皮肉です。
けれど、これも東京都が企業主導型保育に上乗せ補助をスタートすれば解決するので、小池都知事とそのブレーン達がこの問題に気づけて手を打てるか、によって状況打開の可能性が見えてくることになるでしょう。
6. 小規模認可保育所が激増(7月)
子ども子育て支援新制度開始時(2015年4月)に1655園と爆増した小規模認可保育所ですが、翌年度である2016年度では2429園と、成長率46%と激増しています。
大規模認可保育園が保育士不足や物件不足で作りづらい中、小規模認可が大きく成長し待機児童解消に寄与しているのは、大変喜ばしいことです。待機児童問題の牽引車としての小規模保育の活躍を、期待しています。
参照:小規模認可保育所が2429園に激増しました
http://www.komazaki.net/activity/2016/07/004815.html
7. 小池知事の意外に堅実な待機児童政策(9月)
8月には東京都知事選が行われました。当初は「保育オバの活用」等、奇っ怪な政策がマニフェストに並んでいたので、たいそう心配したのですが、就任後に打ち出した保育政策は、至極まともなもので正直驚きました。
特に、
・保育園の開設補助の上乗せ
・これまで採用5年縛りだった保育士寮の補助を全保育士に
・認可外保育所への巡回チーム設立
あたりは、とても良い政策で、舛添都政と比べると3歩くらい進んだ感がありました。
参考:「小池新都知事の待機児童対策についての解説」
http://www.komazaki.net/activity/2016/09/004826.html
8. 小規模保育の全年齢化(11月)
これまで小規模保育は2歳までとなっていて、一部の家庭が、子どもが卒園する3歳以降、保育園難民になってしまうと言う「3歳の壁」と言うものがありました。
保護者の方々から
「このままこの保育園にいたい。」
「3歳で保育園に入れなかったどうしよう。仕事辞めなくちゃ」
などの訴えを日々聞いていました。
その3歳の壁が、国家戦略特区というドリルで穴が空いたのです。
これで、また一つ待機児童解消に必要なツールが強化されたのです。
参考:
9. 特別養子縁組あっせん法成立(12月)
日本では2週間に1人、赤ちゃんが遺棄等で虐待死しています。その原因は望まない妊娠。それに社会的孤立や貧困、親の精神疾患等が重なることです。そうした実親に妊娠期から相談に乗り、出産後は育ての親希望者とマッチングをし、赤ちゃんを託すのが、特別養子縁組です。
しかし、政府はこれまで、赤ちゃんの命を守るセーフティネットというべき特別養子縁組を広げていこう、という政策をとってはいませんでした。
その穴を埋めていたのが、民間の特別養子縁組団体(行政用語では特別養子縁組あっせん団体)で、特別養子縁組のうち4割近くを、20程度の団体で支えています。
ですが、民間縁組団体は財務基盤も脆弱で、個人の志とボランティア精神に支えられているものがほとんどです。政府からの補助は1円もなく、それでいて赤ちゃんの命を救う、という最も難しい児童福祉を担っていたのです。
こうして政府によるネグレクトを受け続けていた特別養子縁組業界ですが、さらにそこにトラブルが起きました。悪質事業者の出現です。
大阪の「インターネット赤ちゃんポスト」はネット掲示板で親の年収等のスペックだけを記載し、面談等、子どもの福祉を考える上では欠くことのできないプロセスを省略し、マッチングを行なっていました。
また、実の親に「赤ちゃんをくれたら200万円をあげます」というような告知を行っており、厚労省通知にも反した人身売買の疑いがかけられ、7回の行政指導を受けました。
しかし、こうした人身売買に近い悪質な事業者も、現行法体系では取り締まれませんでした。特別養子縁組事業者は、単なる届出によって業を営むことができる、「届出制」となっていて、罰則規定もないからです。
そこで、特別養子縁組あっせん法がつくられました。
特別養子縁組あっせん法案の特徴は、二つあります。
(1)補助
これまで一円もなかった政府からの補助が出されたり、研修の支援が行われるようになります。
(2)許可制
これまでの「届出制」から、都道府県から許可を受けなければ業を営めない「許可制」となります。
これによって、ようやく児童福祉インフラ化の一歩が踏み出された、と言えるでしょう。
参考:「特別養子縁組あっせん法案成立!赤ちゃんの虐待死ゼロに向けて重要すぎる一歩」
http://www.komazaki.net/activity/2016/12/004857.html
10. 保育士給与の6000円改善と中堅は4万円プラス(12月発表)
冒頭の「保育園落ちた日本死ね」騒動は、これまでになかった保育士の処遇改善策につながりました。
それが、保育士給与の2%(約6000円)アップと、「副主任保育士」と「専門リーダー」等の役職新設と、
彼女らへの月給4万円プラスです。
全職種平均給与から月額で10万円近く低い保育士の給与が、都市部の保育士不足を生み出しています。
そこに対し、完全に十分な額ではないながらも、過去と比較すると大きな一歩を踏み出すことになりました。
これは現場の保育士さん達にとっては嬉しいことですし、また保育士不足で苦しむ保育事業者、そしてその煽りを食う待機児童を抱える働く親達にとっても、重要な意味を持つことです。
こうした通常では考えらえないような予算配分を政府がしたのも、2月に「保育園落ちた日本死ね」と叫んだ一人の名もなき母親と、そこに賛同して声をあげ、世論を作っていった何万人もの親達の動きがあったからではないでしょうか。
ここから学べるのは、やはり社会を変えるのは、我々国民なのだ、ということ。黙っていても、誰も耳を貸さない。
社会の不条理には、怒って良いんだ。そして声を出して良いんだ、ということです。
来年2017年も、声をあげていかなくてはならないと思います。まだまだ働きながら子育てしづらい、子ども達の未来が軽んじられている、この日本を変えるためにも。
みなさん、よいお年を。
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2016年12月30日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。