香港から姿を消して以来、その行方に強い関心が注がれている。モスクワに依然、留まっているのか、それとも既に亡命先に向かっているのか……世界のメディア関係者をいらいらさせている人物は米中央情報局(CIA)元技術助手エドワード・スノーデン氏(29)だ。
同氏は、英紙ガーディアンと米紙ワシントン・ポストの2紙に対して、米国家安全保障局(NSA)が「プリズム」と呼ばれる監視プログラムを実施し、米国民ばかりではなく、欧州を含む世界の国民の電話通信記録やネット情報を大量入手していると暴露した。
あれから3週間余りが過ぎる。スノーデン氏の暴露による最初の衝撃が少し収まったので、ここら辺で重要な点を確認する作業に取り組みたい。
スノーデン氏は、米国当局の犯罪行為を暴露した英雄か、それともスパイ活動取締法違反容疑などで訴追された重要犯罪人だろうか、という問題だ。
明確な点は、スノーデン氏は米国の法律を違反したことだ。米国民は国内法を遵守する義務がある。ましてや、情報機関に従事する人間は守秘義務がある。同氏はその義務に反する行為をした。その意味で、スノーデン氏は重要犯罪人だ。
中国とロシア両国の対応はどうか。スノーデン氏は米重要犯罪人であり、米国と犯罪引渡し条約を締結している両国は米国の重要犯罪人を米国に引き渡さなければならない義務がある。厳密にいえば、両国はこのままでは共犯者となる。ワシントンが両国政府に対して強い不快感を表明したことは当然だろう。
米当局が国民の個人情報ばかりか、欧州など主要国の国民の情報も収集していたことに対し、スノーデン氏は「NSAは言論、通信の自由を侵し、個人の生活領域に干渉している」として、良心の声に従ってメディアにリークしたと説明した。同氏は自身の行為の潔白さをこれだけの説明で説得できると信じているのだろうか。
一方、メディアはどうか。スノーデン氏は米英の2紙のメディアにリークすることで世界のメディアを味方につけることに成功した。同氏の狙い通りに、メディアはその後、「悪いのは盗聴した米国当局であり、スノーデン氏はその良心にも基づいてそれを暴露しただけだ」という論調が支配的だ。
例えば、「スノーデン氏は年給20万ドル以上の職を捨て、愛する女性との生活も断念した。そして、良心の声に従い、多くの犠牲を覚悟でNSAの悪行を暴露した」という。だから、同氏を「現代の英雄」扱いで報じるメディアすら出てきたわけだ。
しかし、英紙ファイナンシャル・タイムズも指摘しているように、スノーデン氏は英雄ではない。国家の機密を暴露し、潜在的敵国の利益を助けたわけだから、明らかに犯罪人だ。オバマ大統領は「テロから国家と国民の安全を守ることが最優先課題だ」と述べ、国民に理解を求めた。
2001年9月11日の米国内多発テロ事件を体験し、最近ではボストン・マラソンでのテロ事件に遭遇した米国民は「当局の情報管理は好ましくないが、テロ対策上、仕方がない」という声が案外多い。米国民は欧州の国民以上にこの問題では冷静だ。
スノーデン氏のリークが明らかになった直後、米雑誌「タイム」が世論調査をしたところによると、米国民の54%は「同氏の暴露を歓迎する」と受け取っている一方、ほぼ同数の53%が「しかし、その暴露行為は違法だ」と考えている。
ところで、米当局の情報行動によって「被害を受けた」という国民は今のところほとんど現れていない。実際の被害はスノーデン氏の「良心に従って暴露した」ことによって生じた米国益の損失だ。換言すれば、スノーデン氏は世界のテロリストを助けたことになるわけだ。
「テロ対策も大切だが、対テロの名目で個人のネット情報まで盗聴する必要はない。明らかに許容範囲を逸脱している」という優等生のような見解も聞こえてくるが、そのような人には、「それではどうしたらテロを未然に防止できるか、その代案を提示すべきだろう」と言わざるを得ない。代案なく、政府のテロ対策だけを批判しているのでは実りある成果は期待できないからだ。
当方は、スノーデン氏がNSAの情報活動をメディアに暴露した本当の理由は「良心の声に従った」というより、もっと別の個人的な理由があったのではないか、と推測している。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年6月27日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。