「録音録画停止後の脅し」を覆い隠す検察と、加担する裁判所

郷原 信郎

日本最大級の宅配サイト「出前館」を運営するジャスダック上場会社「夢の街創造委員会」(以下、「夢の街」)の株式をめぐる相場操縦事件で東京地検特捜部に起訴された花蜜伸行氏の論告弁論公判が、2月17日、東京地裁で行われ、結審した。

傍聴席を埋め尽くしたマスコミ関係者や、花蜜氏の知人、支援者らの前で、主任弁護人の私の弁論の内容に対して、検察官が異議を申し立てるという異例の事態が発生した。

私の弁論での主張の内容は、これまでの検察官の主張立証の経過に基づき、検察官立証の不十分性を指摘しようとする、無罪を主張する弁護人としては当然のものであった。その「経過」というのは、「弁護人から、取調べの録音録画停止後の検察官の発言に関する問題を指摘されるや、検察官は、被告人調書の請求を撤回し、供述による主観面の立証を断念したこと」などである。

その弁論に対して、検察官が「証拠に基づかない弁論」などと異議を申し立てた。弁護人の主張としての弁論に不当な言いがかりを付ける、何の理由もない異議だった。ところが、信じ難いことに、家令和典裁判長は、その異議をあっさりと認めて、弁護人の弁論の削除を命じた。そして、異議を認めたことの不当性を、弁護人から訴えても「異議は処理済み」と言って一切耳を貸さず、予め検察官の論告、弁護人の弁論ともに30分と指定されていた持ち時間が、異議のやり取りのために消費されているのに、弁論開始から30分経過した時点で「もうやめてください」と言って、弁論を打ち切らせとしたのである(法廷は、次の公判まで十分に時間が空いていた。)。これが、多くの傍聴人の前で繰り広げられた異常な裁判の光景だったのである。

取調べの録音録画は、検察官の独自捜査においては全過程で実施することが義務付けられており、近く施行される刑事訴訟法改正では正式に制度化される。その制度を有名無実化することにもつながりかねない重大な事象を、必死に覆い隠そうとする検察官と、それに加担する裁判所、という構図を露呈した今回の問題は、今後の刑事司法制度の運用や立法にも重大な懸念を生じさせかねない。

裁判の争点

花蜜氏に対する起訴事実は、第1事実が、株価の上昇局面での「変動操作取引」、第2事実が、追証発生価格以下に株価が下落しないように買い支えていた時期の「安定操作取引」だ。

第1事実の変動操作取引に関する最大の争点は、花蜜氏に「売買を誘引する目的」があったか否かである(第2事実については、そもそも取引の内容自体が「安定操作取引」には該当せず、第1事実以上に花蜜氏の無罪は一層明白だと考えているが、冒頭で述べた問題と直接関係ないので、本稿では省略する。)。

特定の株式を継続的に買い進めて、一定の数量保有しようとすれば、それによって株価が上がるのは当然だ。その買い注文で株価が上がるのに伴って、その動きを見て、他の投資家が買い注文を入れてくることはあり得るし、当然予想可能なことである。それを認識していたというだけで相場操縦罪に当たるということになると、まとまった株の買い付けはすべて違法ということになってしまう。

そこで、継続的かつ大量の株式買付けが行われた場合、「違法な相場操縦」が成立するためには「売買を誘引する目的」があることが要件とされている。

この目的については、最高裁判例(平成6年 7月20日協同飼料株価操作事件)で、「人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであると誤認させて有価証券市場における有価証券の売買取引に誘い込む目的」と解されている。要するに、「他の投資者に誤認させようという意図」がなければ犯罪は成立しないのだ。

花蜜氏は、「夢の街」の創業者で、同社が上場するまでは社長を務めていたが、その後、同社の経営から離れていた。顧問に復帰して再び同社の経営に関与することになった同氏は、信用取引で夢の街株を買い進めて15%の持株を取得し、株価時価総額を増大させることを目論んでいた。花蜜氏は、自身が買い進むことによって株価を上昇させようとしていたが、株を売り抜ける意図も、他人を売買に引きずり込んだり、「誤認」を与えたりする意図もなかったのである。

検察官の取調べでの「録音録画停止後の脅し」

花蜜氏は、証券取引等監視委員会の特別調査を受け、告発されていたが、同委員会での調書上は、事実を争う態度は見せていなかった。検察は、問題のない「自白事件」として扱っていたようで、逮捕されることもなく、在宅の取調べが始まった。

ところが、検察で、花蜜氏が「だまして引っ張り込もうという気持ちはなかった」「違法とも思っていなかった」という言い分を初めて述べたため、取調べ検察官が、「違法だとわかっていた」と認めさせようとして行ったのが、冒頭に述べた「録音録画停止後の『脅迫的発言』」だったのである。

監視委員会の告発による検察の独自捜査ということで、花蜜氏の取調べは、それまで、開始時から終了時まで録音録画されていた。ところが、昨年5月14日の取調べでは、検察官は、取調べの終了時、録音・録画を停止した後に

花蜜さんの主張は否認ということになります。否認となれば、罪を認めていない、反省していないということになるので、それなりの対応することになります。

花蜜さん、「関係者には寛大な処分を」と、取り調べ初日におっしゃいましたよね?否認ということでしたら、関係者も同様な対応をせざるを得なくなります。

というようなことを言ってきた。

ここで言っている「それなりの対応」が「逮捕」を、「関係者も同様な対応」が、「関係者の起訴」を意味していることは、花蜜氏にもすぐにわかった。もちろん、刑事事件で逮捕されることは恐怖だったし、株取引の名義を借りた知人Tさんも共犯者として監視委員会に告発されていた。Tさんを刑事事件に巻き込むことだけは何とかして避けたいと思っていた。仕方なく、花蜜氏は、検察官の意に沿う供述をすることにした。

その次の取調べが行われた5月17日、録音録画を開始する前に、検察官から、弁護人と話をしたかどうか聞かれ、「やはり程度の差はあれ、罪の意識はあったと思います」と答えると、「よし」ということになり、そこから録音録画が開始された。

その後、検察官から、しらじらしく、「前回までは全く違法だと思わなかったと話していたのに、本当のことを話すことにしたのはなぜか」などと質問された花蜜氏は、「逮捕されたり、共犯者が起訴されたりするのが怖いから」という本当のことは言ってはいけないと感じ、考えた末に、「当時の気持をもう一回冷静に考えてみた結果です」などと答えた。

それ以降の取調べでも、検察官は、「出来高を多く見せかけて他人の売買を誘い込む目的で仮装売買を行った」などと認めさせようとしてきたが、花蜜氏にとっては「対当売買」は、株価上昇で評価益が出ている信用建て玉の「益出し」が目的で、それによって「出来高を多く見せかける目的」は全くなかったので、その点については抵抗した。

すると、6月5日の取調べ終了時に、また、録音録画を停止した後に、検察官から

このままだと否認していると取らざるを得ない。

と言われた。

花蜜氏は、「自分が逮捕されるかもしれない。」「Tさんも起訴されてしまう。」という強い恐怖を覚えた。そこで、検察官の意向どおりの調書に署名しようと考えて、翌日の取調べに臨んだ。

翌日の取調べでも、検察官から「出来高を多く見せかけて他人の売買を誘い込む目的」があったか否かを確認され、「ありました」と答えると、そこから録音録画が開始された。

この日も、検察官は、対当売買が違法な仮装売買だと認識していたか否かについて、「昨日までと今日とで、話が違うのはなぜか。」などとしらじらしく質問してきた。花蜜氏は、「よくよく考えてみた結果です。」などと答えた。

その時点以降の取調べは、検察官が一方的に話し続けて確認を求め、花蜜氏は、単にうなづいたり、検察官からの問いかけに「そうです」と答えるだけ。その一方で、あたかも花蜜氏が話したことかのような供述調書が作成され、読み聞かされて署名をするということが繰り返されていった。途中からは、検察官の確認のプロセスもなくなり、花蜜氏が話してもいない内容の供述調書が一方的に作成され、読み聞かされて、それに署名するだけということが多くなっていった。

本来、取調べの録音録画は、被疑事実を否認している被疑者の取調べで、自白をさせようとする説得の経過や、供述変更の理由などを、そのまま録音録画記録に残すための制度のはずだ。しかし、花蜜氏の取調べの経過を見る限り、検察官には、そのような記録を残そうとする姿勢は全く窺われない。

事実を認めるに至った肝心なやり取りは、録音録画の対象から外され、検察官の意向どおりの調書作成に応じている被疑者と検察官との間での調書作成の過程が記録されているだけなのである。

検察官取調べの問題についての弁護人の主張と検察官の対応

花蜜氏が起訴された後に、弁護人を受任した私は、供述調書の作成の過程について上記のような重大な問題があることを把握した。そこで、公判では、取調べ検察官の録音録画停止後の脅迫的言辞によって作成された調書であることを理由に、争点となる「売買を誘引する目的」等の主観面に関する部分は、「任意性がない自白」だとして、すべて「不同意」にした。

少なくとも、前記の最高裁判例を前提にすれば、相場操縦事件では、「売買を誘引する目的」が要件となるので、行為者が他の投資者に「誤認」をさせる目的で取引を行ったことの立証が不可欠のはずだ。

検察官が、録音録画終了後に、花蜜氏に逮捕や共犯者の起訴をほのめかすということまでやって認めさせようとしたのも、他の投資家に「誤認」をさせようとして「仮装売買」「買い上がり買付け」「下値支え」を行ったという「自白」を得るためだった。

最大の争点に関連する検察官調書の枢要部分なので、検察官は、弁護人が不同意にした部分を、当然、「任意性のある自白」だと主張して刑訴法322条1項で証拠請求してくるものと予想していた。今年1月に行われた被告人質問では、「録音録画停止後の脅し」の経緯を花蜜氏に供述させて、検察官調書に任意性がないことを立証しようとした。すると、そこに検察官が異議を出して介入してきた。

「検察官調書のうち一部不同意部分は証拠になっておらず、本件と関連性がない」というのである。そして、家令裁判長は、「争点と関連性がないので質問はやめてください」と言って異議を認めたのである。弁護人は、検察官に、被告人調書の不同意部分について、322条1項による請求の予定がないことを確認した。驚いたことに、検察官は「請求しない」と答えた。それでも、供述経過に関する質問を封じされるのは不当だと思ったが、「証拠にならないのであれば」ということで、それ以上質問はしなかった。

このときの検察官の異議と、裁判所の対応も、「録音録画停止後の脅し」に関する弁護人の主張を、法廷で表に出したくないという検察官と、それに加担する裁判所の姿勢そのものだった。

その後の検察官からの被告人質問において、検察官は、被告人供述調書には全く触れないばかりか、株式取引の目的・意図に関する被告人の説明に対して、不合理性を具体的に指摘したり、追及したりすることもしなかった。結局、「他人を誤認させて売買を誘引する意図」についての被告人の供述はゼロということで終わった。

花蜜氏の供述調書以外に、検察官が「他人を誤認させて売買を誘引する目的」を立証するために請求した証拠に、借名口座の名義人のTさんの供述調書があった。「会話の中で、花蜜氏が、他人に誤認させる目的で取引を行っていることを、専門用語も交えて明確に説明した」という内容だった。弁護人がTさんに確認したところ、そのような供述はしていないのに、検察官が勝手に作文して署名を求めてきたので、仕方なく署名したという話だった。

当然のことながら、弁護人は、Tさんの検察官調書をすべて不同意とし、検察官の請求で証人尋問が行われたが、Tさんは公判でも弁護人への説明とほぼ同趣旨の証言を行い、検察官は、供述調書を、刑訴法321条1項2号(証人が公判で供述調書と相反する証言をしたときに、検察官調書の供述に「特に信用すべき情況」があれば、証拠採用できるとの規定)で証拠請求することもできなかった。検察官調書の内容が、検察官の作文であることが明らかで、「特に信用すべき情況」の立証が困難と考えたからであろう。

主観面の立証に失敗した検察官論告と弁護人弁論

結局、検察官が「録音録画停止後の脅し」まで行って作成した供述調書の不同意部分の請求を撤回したために、「他人を誤認させて売買を誘引する目的」についての花蜜氏の供述はゼロ、会話の中でそれを認める話を聞いたとするTさんの供述調書も証拠請求しなかったので、花蜜氏の主観面に関する直接証拠は全くなく、「売買を誘引する目的」についての検察官の立証は完全に失敗に終わった。

論告でどのような主張をしてくるのだろうと思っていたら、何と、検察官の被告人の主観面に関する主張は、「客観的な取引の内容だけで十分に推認できる」というものだった。争点に関する検察官の主張は、「取引の内容」だけを根拠とするもので、それ以外には、検察捜査で収集した証拠も、公判立証に用いた証拠もほとんど引用しなかった。

もし、それで、相場操縦の犯罪が立証できるのであれば、監視委員会での1年2ヶ月にわたる取調べも、検察官の合計24回にわたる取調べも、6ヶ月にわたる公判審理も、全て不要だったことになる。

弁護人の弁論では、万が一にも、裁判所が、「客観的な取引内容だけで相場操縦の主観的要件の立証が可能」という検察官の苦し紛れの主張を受け入れることがないよう、公判での検察官の主張立証と、弁護人の主張を整理して改めて指摘し、「客観的な取引内容」だけで「売買を誘引する目的」等の被告人の主観面についての立証が十分だとする検察官の主張がいかに無理筋で不合理かを強調しようとした。

その中で、検察官が、取調べに関する問題を弁護人から主張され任意性を争われて、一部不同意となった被告人調書の証拠請求を撤回したことを指摘しようとした際に、冒頭に指摘した、検察官の「証拠に基づかない弁論」との異議が出され、裁判長は、それをそのまま認め、弁論のうち、以下の部分を削除するよう命じたのである。

弁護人において、検察官が取調べにおいて、自らが逮捕されること及び被告人とともに告発されていたTが起訴されることを極端に恐れていた被告人に対して、録音録画を停止した後に、被告人の逮捕及び共犯者Tの起訴をほのめかす発言をしたことを理由に、被告人の検察官調書のうち、主観面に関する記述部分について、任意性を争い、一部不同意としたところ、検察官は、刑訴法322条1項で請求することもせず、請求を撤回した。被告人質問においても、検察官は、上記意図に関する質問はほとんど行わず、株式取引の目的・意図に関する被告人の説明に対して不合理性を具体的に指摘することもなく、追及することもしなかった。そのため、本件公判で取調べ済の証拠には、他人に「誤認」「誤解」させる意図を認める被告人供述はない。

この弁論のどこがどう不当なのであろうか。このような弁護人の当然の主張が封じられるようでは、まともな刑事裁判とは言えない。

今回の問題が制度及び立法に与える影響

今回の問題は、裁判長が、公判で検察官の理由もない異議を認めて弁護人の弁論を不当に制限し、「無罪主張に対して聞く耳を持たない姿勢を示した」という個別の刑事事件における「著しく偏頗で不公正な裁判所の姿勢」の問題にとどまらない。

取調べの録音録画は、平成26年6月16日付け最高検次長検事による依命通知で、検察独自捜査においては取調べの全過程で行うこととされ、昨年成立した刑事訴訟法改正で、正式に制度化されることになっている。大阪地検特捜部の問題等の検察不祥事を発端とする検察改革の中で、私も委員を務めた「検察の在り方検討会議」(2010年11月~2011年3月)での提言以降、様々な経緯を経て、ようやく「取調べの全過程の録音録画」の制度化が実現したものである。

ところが、花蜜氏の事件では、取調べ担当検察官は、録音録画を停止させた後に、本人の逮捕や共犯者の起訴を示唆する「脅迫的発言」を行い、被告人の弁解を封じ込め、自白させるという方法をとり、自白に至る過程が録音録画記録に一切残らないようにしたのである。そのようなやり方が許されるのであれば、「取調べの全過程の録音録画」の意味は全くない。

しかも、花蜜氏によれば、それぞれの脅迫的発言は、一通りその日の取り調べを終えて、休憩を取った後の発言であり、取調べ官が席を外して上司に報告した後、上司から指示されて行っている可能性が強い。つまり、このようなやり方は、取調べ官個人の問題ではなく、組織的に行われている疑いがあるのである。

もし、弁護人が主張する「録音録画終了後の脅迫的発言」の事実が存在せず、取調べに何の問題もないのであれば、せっかく録取した検察官調書の枢要部分の請求を撤回する必要はないはずであるし、自白の任意性には問題がないことを公判で立証するのが当然だ。ところが、検察官は、供述調書の証拠請求を断念し、取調べに問題がなかったことの立証も行わず、弁護人が、弁論で、それを検察官の立証不十分の根拠として指摘しようとするや、不当な異議を述べて、弁論を封殺しようとした。そして、事もあろうに、裁判所がその異議を認めて、検察官に加担したのである。

このようなことがまかり通るのであれば、取調べの録音録画という検察の取調べの適正化のための制度が導入されても、運用上、制度を捻じ曲げるやり方が横行することは必至であり、しかも、裁判所までがそれに加担するというのであれば、制度本来の機能は全く期待できないことになる。

それは、改正刑事訴訟法で正式に導入される取調べの録音録画の制度運用に重大な懸念を生じさせるばかりではない。法律や制度の導入が運用段階で不当な方向に歪曲され、その実態を捜査機関や検察が覆い隠そうとする画策に、本来であればチェック機能を果たすべき裁判所までもが加担するということなのであれば、法律や制度の「悪用」に対して何の歯止めもかからないことになる。

我が国には、戦前、検察が主導して治安維持法の拡大適用や不当な拷問的取調べによる思想弾圧が行われ、それに裁判所が加担した忌わしい歴史がある。不当な取調べ防止のための制度が設けられても、その運用が捻じ曲げられ、裁判所のチェックも機能しないということであれば、今国会に提出が予定されている「共謀罪」を含む「テロ等準備罪」新設法案に関しても、不当な人権侵害が行われる懸念を払拭することなどできるはずもない。

取調べの録音録画の適切な運用に重大な疑念を生じさせる今回の花蜜氏の取調べの問題について、法務・検察当局には徹底した事実調査と厳正な対応を求めていこうと考えている。


編集部より:このブログは「郷原信郎が斬る」2017年2月20日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像はWikipediaより)。オリジナル原稿を読みたい方は、こちらをご覧ください。