前回、高橋茂さんの「マスコミが伝えないネット選挙の真相」(双葉新書)の書評を書いたところ、ご本人から丁重な文面のメールをいただき、参院選の振り返りで少々意見交換もさせていただいた。さすが改めて勉強になりました。
本にも書かれているように、とかくネット選挙というと「動画をどうする」「Facebookページの開設は?」みたいなテクニカルな話、特にハード面に目が行きがちだが、候補者の立場に立つと、何をどうアピールするか?コンテンツやソフト面からの広報戦略が無ければ始まらない。
●広報戦略が曖昧になりがちな日本の選挙
ただ、そのことはネット選挙に限らないかもしれない。候補者が意外にアウトプットする情報を戦略的に整理しきれないまま、日々の政治活動を行い、そのまま選挙に突入。街頭演説など定番の活動に邁進していることも日本では珍しくない。そういえば以前、ある政治家の方が「選挙は受験勉強と似たところがある」と語っていたのが、なかなか的を射ていると思った。受験勉強も春先に英語の語彙習得など基礎力を付け、冬は赤本で総仕上げの体制に入るといったプロセスがあるように、「選挙も〇カ月前には業界団体に挨拶して推薦状をゲットする」、「街頭演説でウケる節回しは?」みたいなタスクが山積み。それらに没頭するのが手一杯になる側面がある。また、地縁や血縁が重視される地域の選挙では、政策内容よりも人間性や人間関係、地域での評判などが重要視されるし、あるいは都市部でも分厚い支持基盤を持つ候補者は、訴える内容も決まっているので、無党派の有権者に何を効果的に訴えるか、広報戦略を練ることに血道を上げなくても済んできたのも背景にあるだろう。
それでも最近は、日本でも国政や知事選のような大型選挙では、候補者や陣営が戦略的にコンテンツを打ち出す意義が認知されてきた。自民党が歴史的な大勝を果たした2005年の郵政解散総選挙あたりだろうか。三浦博史さんのようにメディアにも積極的に出てくる選挙プランナーの存在が注目され、選挙戦略の裏側を探る書籍が増えてきたこともあるだろう。作家やジャーナリストが緻密でディープな取材をしたものもあれば、「プロフェッショナル広報戦略」なんて銘打つ本を出す世耕さんのように当事者の政治家が語り部になったりするものもある。政治のマーケティング化が着実に進んでいることが分かる。
●マーケティングのノウハウを活用
なにも格式ばって特別なことをやるのではない。まずは候補者は、自分が訴えたいことをしっかりリスト化する。最近はマニフェストの普及で公約の「見える化」に慣れてきたから、苦にはなるまい。ただし、選挙もビジネスも競合や顧客(有権者)がいる点は忘れてならない。公約づくりだけでは、マーケティングの「3C」で言うところの自社分析(Company)だけに止まってるので、競合(Competitor)との差別化、有権者(Customer)への浸透策もしっかり練らねばならない。特に都市部の参院選や区市議選のように候補者も当選者枠も多い「中選挙区」型の選挙であれば、埋没しないための創意工夫も試される。
差別化戦略では、ポジショニング思考が役に立つ。ベテランの現職候補者だと政策ごとに自分がどの位置にいるか「頭の中」では分かっているだろうが、改めて机上で整理すると意外なことも分かってきたりする。たとえば、今夏の参院選東京選挙区の主要9候補のうち「TPP」賛否を巡っては、図Aのように整理すると賛成が6人、反対が3人。また、賛成の中でも「条件付き」などの温度差があることが分かる。そして、他の政策マターを重ねあわせる。図Bは「憲法96条改正」を掛け合わせたもの。6人いたTPP賛成のうち、96条改正反対なのは、2人だけに絞られた構図が浮かぶ。複数の政策課題を多面的に分析していくことで、ネットで打ち出すコンテンツの大方針をどうブレイクダウンしていくか明確になっていくだろう。(※実際の広報戦略立案はもっと複雑です)
●ネット選挙で情報見直しを
さて、ここまで候補者側の視点で書いてはきたが、有権者の立場からすると、候補者がしっかりしたメッセージを訴えることは有効な判断材料になる(もちろん誇張やだまし討ちは許されないし、そういう候補者は次の選挙でしっぺ返しを食らうだろう)。ネット選挙導入が、候補者も有権者も情報(コンテンツ)の中身を考え直す有意義な機会になればと思います。
そういえば、今週末は堺市長選。両候補者のホームページをそんな視点で見ると面白いかもしれません。それでは、この辺で。ちゃおー(^-^ゞ
【参考】
次のネット選挙はもう始まっている過去記事;その1 その2
【お断り】
図は今回の原稿のために筆者が作成したもので、実際の選挙で使用したものではない。
新田 哲史
Q branch
広報コンサルタント/コラムニスト
個人ブログ