■間違った分析が定型文に
発売を楽しみにしていた渡瀬裕哉さんの新刊『トランプの黒幕』(祥伝社)。バノンやクシュナーばかりが主要なキーパーソンではないことがわかる、情報量たっぷりの一冊だった。
本書では「見捨てられた白人低所得者層」がトランプ当選を現実のものにした、という言説の「嘘」を指摘している。読めばその根拠も明らかだ。だがひとたび、「○○は××だ」という分析結果が広まってしまうと、後はほとんどの人が検証することなく、定型文のように使われて広まってしまう。
ほぼ同時期に刊行された『世界』別冊「トランプショックに揺れる世界」をパラパラと読んでみたが、やはりこの誤った定型文通りの「見捨てられた白人不満層がトランプを産んだ」とする解釈が見られた。
学者であっても、一度流布した解釈について検証することもなく、すでに反証が出ているのに考慮することもない。これには驚きを禁じ得ない。
しかしこの構図、程度は違えど既視感がある。「ネット右翼」に対する分析だ。
■ネット右翼=底辺か?
安田浩一氏が『ネットと愛国』(講談社)を上梓したのは2012年(『g2』に連載していたのは2010年から11年にかけて)。この中で安田氏は「ネット右翼」について、「低学歴、低所得で非正規雇用の人間が、自身の鬱屈や社会不安を隣国や在日外国人に向けている」かのように解説していた。「攻撃的引きこもり」という、「一体いつの時代のネットユーザーをイメージしているんだ」という文言もあった。
この言説は瞬く間に「ネット右翼叩き」をしたい人たちに受け入れられ、ネット右翼を語る言説において「下層に属する人間が自分より下だと思う人間をヘイトによって叩いている」という形で定型文の如く引用されるに至った。しかもこの本が第34回講談社ノンフィクション賞受賞作となったことで、その分析にはいわば箔とお墨がついたのだ。
だがこの分析にはおかしな点があった。『ネットと愛国』に「ネット右翼」として登場した人たちの属性を検討すると、ほとんどが取り立てて低学歴・低所得な人間というわけではなく、むしろ中産階級に分類されるべき人たちだったのである。つまり、安田氏の取材対象が狭い、偏っているという話ではなく、明らかに中産階級の人々をなぜか「底辺」として分析していたのだ。
これはどういうことか。「一般的な中産階級でも、何らかの理由で安田氏にとっては低所得者層に分類されるのか」、「恣意的に結論づけたのか」「思い込みが目を曇らせたのか」など様々な理由は考えられるが、本当のところは分からない。
安田氏の結論の誤りを指摘したのは徳島大学大学院准教授の樋口直人氏が2014年に出版した『日本型排外主義―在特会・外国人参政権・東アジア地政学―』(名古屋大学出版)だ。
樋口氏にはネット右翼を擁護しようという意図は全くない(むしろ排外主義の研究者)。安田氏の本と比べて書籍の値段が高く、研究書の類だからなのか、樋口氏の指摘はほとんど広まっていない。そして「ネトウヨ=底辺」の構図は今なお訂正されず、誤解、あるいは恣意的な結論付けであることは周知されていないと思われる。
(ただし、仮に大規模な分析を行って「ネット右翼は高学歴・高収入も多い」という結論が出たとしても、それはそれで「だからこそ闇が深い」「日本社会は病んでいる」などという結論に持っていくことは目に見えているが……)
■見捨てられた人たちを救わなくていいの?
さらに樋口氏は、「(右左に限らず)社会運動をする人が社会に不満を持っているのは当然である」といった指摘もしている。これもその通りだろう。反原発運動や安保法制反対運動にも高学歴・高所得者から低学歴・低所得者までが参加していたはずで、ネット右翼だけを取り上げて「自分の生活の鬱屈を運動に転嫁している」と分析するのはあまりに乱暴だ。
また、仮にネット右翼と呼ばれる人たちに生活の不安があるとしよう。だがそうであるならば「その人たちの生活が少しでも向上すれば、このようなヘイト活動はなくなるのではないか」「そこまでさせる経済状況、社会不安があるなら改善しよう」という意見があってもよさそうなものだが、寡聞にして知らない。日ごろ、貧困からの救済を唱えている左派や共産党はどうしたのだろうか。
これはトランプ支持者に対する言説にもぴったりと重なっている。「見捨てられた中間層が誤った選択をした」かのように解説するが、仮にそうだとして、では見捨てられるような状況になったのはどういう社会背景によるものなのかを考えるべきだが、圧倒的に「トランプ支持者批判」の方が目立っていた。
■もはや「願望」の域
トランプ支持者とネット右翼は、いわゆるリベラルエリート層からすれば最もお近づきになりたくない、唾棄すべき存在なのだろう。普段、弱者の味方ヅラをしている人たちも、「対象が自分の思う弱者像と外れる」場合にはあっさり見限って、むしろ敵視(蔑視)するという構図だ。
またここからは、リベラルエリートの本音も見え隠れする。「彼らは底辺だから、(高学歴・高所得の)自分たちが受け入れられないような言動を平気でする」というレッテル貼りだ。まさに「インテリンチ」。もちろん、行き過ぎた人種差別や陰謀論の類は厳しく批判すべきだが、間違った属性で括るとまともな批判もできない。もはや「そうであってほしい」という願望に近いのではないか。(もしくは、単なる不勉強という可能性もあるが……)
「彼ら」はリンチを繰り返すことでトランプ支持者やネット右翼が消滅することを望んでいるのだと思うが、実際は逆だ。むしろこれがマスコミやインテリへの不信を生み、ますます当該勢力が反発力を増すことになるのではないだろうか。そういった乱暴な言説が、「憎悪」なるものを煽っている面をなぜ直視しないのか不思議だ。
『トランプの黒幕』では、トランプ政権の内情はもちろん、日米・日中関係の他、インテリンチ、フェイクニュースやポピュリズムについても明快に解説されている。「今まで読んできたトランプ本って一体なんだったんだろう……」と心地よく途方に暮れられる(笑)一冊だ。