>>>日本取材ツアー①はこちらから
>>>日本取材ツアー②はこちらから
3月27日午後は、福岡市内のNHK福岡放送局と西日本新聞社を続けて訪問した。NHKは元北京特派員で現在福岡で勤務している小田真記者、西日本新聞は元北京支局長で現在は本社経済部の久永健志デスクの尽力による。中国での縁は実にありがたい。学生たちの取材テーマは、「メディアが環境保護において果たす役割」。日本の公害問題に関する事前学習を通じ、ジャーナリズム専攻の彼女たちは、メディアが世論を喚起した役割に関心を寄せていた。北九州は、子どもの健康を気遣う母親が公害問題を提起し、メディアを動かした歴史がある。
だが、取材の結果は予想外だった。
NHKでは小田記者を通訳とし、多田丈弥放送部副部長や学術担当の森将太記者ら計5人が応対してくれた。同放送局はちょうど上海での中継番組を終えたばかりで、その映像の紹介があった。1970年代末、中国で大ヒットした高倉健主演の映画『君よ憤怒の河を渉れ』が、ジョン・ウー監督、福山雅治出演でリメイクされる話題が取り上げられていた。高倉健は福岡出身で地元の関心が高く、福岡滞在中、多くの人から「あの番組はよかった」と感想を聞かされた。
中国では今でも、50歳以上の世代は知らない人がいないほどの強い印象を残した。90年代に生まれた学生たちは、高倉健にはピンとこないが、福山雅治のファンは多い。今回は中国の俳優を主演に抜擢し、来春、まず中国で公開される。日本からの文化発信が、日中合作として中国発で再生される。環境の循環と同様、文化の循環という意味では、日中文化交流における歴史的な意味がある。
さて、本題の環境問題だ。正面切って「環境保護におけるメディアの社会的責任」を尋ねられ、質問を受けた側は一瞬、戸惑う。目の前に大きな公害事件があるわけではない。視聴者からはしばしばPM2・5に関する問い合わせがあり、それに応じたニュースを流すが、自然災害のような公共放送の指針があるわけでもない。学生の頭には、中国式のメディアによる「宣伝工作」がある。報道と宣伝の違いからして、双方にギャップがあるのだから、すれ違いはやむを得ない。だが、私はだからこそ来たかいがあると感じた。
NHKからの答えは、
「目の前にある真実を、包み隠さず伝えること」
「さまざまな環境保護の取り組みを伝え、情報を共有することが、意識を高めることにつながる」
「環境に国境はないのだから、上海のスモッグは日本の問題でもあること」
といったメッセージだ。おそらく私も記者時代であれば、そう答えたであろう。特段、環境保護のために何かをしようと強い使命感を持った記者はそう多くないはずだ。あらかじめ問題設定をしてしまった学生たちは、軌道修正を余儀なくされる。だが時間がかかる。取材を終え、移動の途中、学生たちが議論を始めた。
「何かはっきりした世論誘導の目的があるわけじゃなくて、どんな問題にも事実をありのまま伝えるということ」
「大きなことを考えるのではなく、とりあえず、自分たちに何ができるか、ということを大切にしている」
「まじめに仕事をしているっていう感じ。これが専門的っていうことなのか」
そのまま西日本新聞へ。久永デスクが2013年2月5日付の1面コピーを用意して、待っていてくれた。トップに「中国で有害濃霧拡大 九州流入 厳戒態勢」の大きな見出しが置かれている。刺激的なタイトルで、学生たちも目を丸くした。
九州のPM2・5と中国のスモッグとの因果関係については、学者間でも議論があるが、かねてから黄砂が飛来してきている大気の流れを考えれば、無関係とは言いにくい。久永氏は「中国でスモッグがあると、数日遅れで福岡にもスモッグが発生する」と話した。NHK同様、読者の大気汚染に対する関心は高く、同紙では4月の紙面改革で、当日と翌日の「PM2・5と黄砂予測情報」を掲載するとのことだった。PM2・5の指標自体、日本で注目されるきっかけが中国にあることを知り、彼女たちはひどく驚いた。
久永氏の意図は、中国の空気の状態が、福岡では1面のトップニュースになるほど高い関心を持たれている、と伝えることにあった。他人事ではないからこそ、日中は政府、企業を含め、協力をしなければならないし、実際、そのための取り組みが行われている。「環境に国境はない」という認識は、NHKに続いて教えられた。おそらく当初、学生たちは、日本のメディアが中国の大気汚染を非難しているのだと感じたかもしれない。確かにそうした国民感情は存在する。だがメディアの当事者から直接、「循環」の概念を何度も聞かされ、共感したことは間違いない。
余談だが・・・
ちょうど朝刊の編集会議が開かれている編集局を歩きながら見学させてもらった。学生たちの第一声は、「どうして女性がいないのか」だった。中国では新聞、テレビとも女性職場だ。大学のジャーナリズム学部は8割以上が女性で、今回の参加学生6人も、面接を経た結果、みな女子になった。日本の新聞社も最近は女性が増えてきてはいるが、せいぜい半数ほど。子育ての支援など解決すべき問題は多い。自然環境の保護には熱心だが、職場環境はまだまだ・・・彼女たちはきっとこんな感想も抱いたに違いない。
編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年4月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。