[再掲] 「光の道」は電話網の廃止から - 池田信夫

池田 信夫

「光の道」をめぐる論争も、あすのUstream討論でそろそろ一区切りつけたいものだ。松本さんが「議論が収斂しない」と困っておられるので、5月5日に書いた私の記事を再掲する(こういうことができるのがブログの便利なところ)。これが「落とし所」にならないだろうか?

実はソフトバンクの提案は2つの部分からなっている:

  • 交換機を撤去して電話網(PSTN)を廃止し、すべてIP化する

  • アクセス系をすべて光(FTTH)にする


このうち前者は世界的に始まっており、BTのNGNはPSTNをDSLで置き換えるものだ。FCCも昨年末、意見募集をしており、NTTもヒアリング資料

  • 交換機は、設備の寿命が10年後から順次到来する

  • メタルアクセスは交換機よりも長期使用に耐えられる
  • したがって交換機からIP装置に切り替えてメタルを収容する。
  • これに伴い、現行のIPサービスでは提供していない機能(公衆電話、ISDN、IGS交換機など)の扱いについて、概括的展望を今秋公表する

としているので、通信各社の合意を得ることは容易だろう。工事は、局内設備を更新するだけなので、FTTHよりはるかに簡単で、残り10%の「条件不利地域」についてもIP化によってDSLを提供すれば、工事費600億円で最大50Mbpsが提供できる。これは100Mbpsの8分岐と実効速度はさほど変わらない。

ソフトバンクは、アクセス系の終端に携帯電話の基地局を取り付ける「フェムトセル」のインフラとしてFTTHを考えているようだが、これはDSLモデムと一体化したフェムトセルでも十分だし、Wi-Fiでもよい。こうした「宅内基地局」はすでに実用化しているので、ソフトバンクが無料で配れば、すぐ全国に普及するだろう。

問題は、利用者の合意が得られるかどうかである。これについては、現在の電話の基本料金1450円/月の大部分が交換機の保守費用である(IPベースの「ひかり電話」は500円)ことから考えると、交換機を撤去してドライカッパー(銅線のみ)にするだけで基本料金は1000円以上下げることができよう。現在のドライカッパー料金は1391円と異常に高いので、料金の見直しが必要である。

公衆電話については、携帯電話による代替が進んでいるので、携帯電話のカバーできない(離島などの)地域について固定無線や通信衛星などで補完することが考えられる。ISDNはPHSやクレジットカード決済などに使われているが、これも設備更新の補償金を払えば解決できるのではないか。

ソフトバンクも主張するように、現在のPSTNは非効率で高コストだが、そのコストの大部分は交換機まわりの人件費であり、保守要員は5年以内に半分近く定年退職する。そうなると保守もできなくなるので、まず交換機を撤去するオールIP化が緊急の課題である。

「全世帯にIP+FTTHを」というソフトバンクの理想は否定しないが、両方を「構造分離」で一挙にやろうとすると、NTT法の改正など政治がからんで何もできなくなるおそれが強い。まず容易にコンセンサスの得られる(法改正も必要ない)IP化からやり、FTTH化は10年計画ぐらいでゆっくりやってはどうだろうか。

コメント

  1. takarayui より:

    >まず容易にコンセンサスの得られる(法改正も必要ない)IP化からやり、
    >FTTH化は10年計画ぐらいでゆっくりやってはどうだろうか。

    同感です。
    松本徹三さんは、なんで「まず」なんだ、別々ではなく
    いっぺんにやってしまえ、とおっしゃっていましたが、
    国内のユーザーの90%がブロードバンドを使える
    環境にあるのに、FTTH化をいそぐ必要はどこにあるの
    だろうかと思います。

  2. しーさま より:

    ソフトバンクに期待しています。
    やっぱりいいものをどんどん現実してほしいです

  3. v_schenkopp より:

    論点の整理ありがとうございます。
    素人の私でも非常にわかりやすいです。
    政策論争をする上では、世論形成の上でも「わかりやすい」説明が必要だと思います。
    難しい話をすると、90%近くの人が思考停止しますので。

  4. looruhiro2 より:

    フルIP化はNTTも進めていくことでしょう。
    松本氏はオール光化はNTTでは思いもよらない案で
    混乱している風に仰っていますが、
    外野から見ていても物理・論理的に二重三重(電話・IPv4・IPv6)のNW設備は無駄なのは
    誰にでも分かる話しで別にフル光も、一つのオプションとして
    彼らも考えているのでは?
    (採算性や保管する技術との兼ね合いでフルにするかどうかは別ですが・・・)

    >しーさん さん

    今回の件で全体的な雰囲気に誤解があるとすれば光の道で何かをするのはソフトバンクではありません。彼らは今回は何もしません。

    あくまでもNTTが設計をし工事をする話です。

    ソフトバンクは仮に案が成就した暁にはそれに乗っかるだけです。

  5. https://me.yahoo.co.jp/a/U5mansgGWeIZUMWoUth0JxBvmPYDetMOXY4-#8c304 より:

    これを行うと、世の中が変わる可能性があるのでしょうか?

    DSLやiモードや写メールが出てきたときのように、はじめは何がよいのか、わからなくても、利用者や事業家が新たな活用法を見出し、周辺産業が生まれるのでしょうか。 通信事業者のレガシーコストの清算にとどまることなく。

    どなたか、想像力豊かな方、教えてください。
    加えて(真っ向から応えてなかったとしても)政府の、施策提案リクエストにそれなりに応えたものにあたるのでしょうか。教えてください。

  6. 池田信夫 より:

    「全世帯FTTH」は、むしろNTTが10年以上前にB-ISDNという名前で計画していたものです。われわれが「必要もないのに100Mbpsも提供してビジネスになるのか」と批判すると、当時の役員は「インフラを敷設すれば、そのうち使い方は出てくる。これまでそういうやり方でやってきた」と反論しました。

    他方、われわれが「DSLのほうが安い」というと、「FTTHのほうが速いし信頼性が高い。IPなんか信頼できない」。その安くて信頼できないインフラでNTTを出し抜いたイノベーターが、今ごろ昔のNTTと同じことをいいはじめるとは・・・

  7. はんてふ より:

    光、DSL、モバイル、ケーブルテレビ、無線、
    これらが混在している現在の状況が悪いとは
    僕には到底、思えないのです。

    「大量の帯域需要が押し寄せてくる」と喧伝されますが、
    情報化社会を選択したという事は
    非情報をも欲しているという事だと思うのです。

    これは無線でも同じですが、例えばオール光にした場合、
    僕らは日本で「情報」から逃げる事は出来ない。
    そもそもそういうのが煩わしいから、田舎に移住する
    方も居るんじゃないでしょうか。

    移住をタブー視する事で、結局、情報を得るため/情報から
    逃げるために→移住する、という選択肢が失われるという
    矛盾が此処に在る。

    「あなた方は将来必ず、大量の帯域を使うようになる。
    その時では遅い。」
    僕らは将来、必ずそういう生活を選択しなければ
    いけないのか?
    地球温暖化対策の議論にも似た、「全体主義的な恐喝営業」
    の類ではないのだろうか!

    さても「IP化」と「電波行政」には向き合った方がいい。
    企業のリソースは有限です。
    「IP化」と「電波行政」は、果たして、「光の道」の
    片手間にできるような「容易なもの」とは思えない。

    「選択と集中」は、実際の経営では使われない
    「机上の空論」なのでしょうかね?

  8. mikesan3 より:

    ソフトバンクは自分の金で光ファイバー引けばいいだけの話ですよね。なぜ他人の設備を我が物のように言えるのかが理解できない。

    今までボーダフォンを買収して携帯電話インフラを手に入れて、日本テレコムを手に入れて電話回線や光ファイバーを手に入れたんだから、ソフトバンク自身で行ってしかるべきだと思います。

    孫社長は「光ファイバを1回線月額690円に出来る」とか根拠も示さずに言ったそうですが、
    現在NTTが行っているサービス内容と同等の事を、利用者が増えても安易な改悪などせずに維持し続ける前提なのでしょうか?
    NTTが行っているインフラ整備や次世代インフラへの投資に対してはソフトバンクはお金を出すのでしょうか?

    NTTの光回線サービスは今までさしたる改悪もなく提供しているので安心して使い続けられると思っています。
    しかしソフトバンクは、ソフトバンクモバイルのやり方を見ていると料金プランの改悪続きや、月々割の適用時期を2年縛りの期間とずらし解約しようとする利用者に不利になるような条件を付けたりと姑息な事しかしていませんので、とても安心して使い続けられるとは思えません。

    孫社長の言う「光ファイバを1回線月額690円に出来る」が永続的に利用者が不利とならない条件下で提供されるというのでしたら孫社長は立派な方だと思いますが、正直孫社長は信用出来ません。

  9. sudoku_smith より:

    池田さん。論点の整理ありがとうございます。あぁ!と腑に落ちると同時に何でモヤモヤしてるのかわかりました。

    1.SBはADSLの次に大容量のコンテンツサービスを始めたい。
    携帯の帯域不足も何とかしたい。

    2.最も効果的なのは光ファイバーをセットにした売り込みとフェム
    トセルの導入だがNTTがアクセス系を押さえていてどうにもなら
    ない。
    NTTの手からアクセス系の光回線を自由に使えるようにしたい。

    3.建前として、「アクセス系をNTTから分離」と主張できるがそう
    すると高コストな銅回線と電話網、交換機と人員もくっついてきて
    しまうのでこれを切り離したい。

    4.そこで、「国家によるFTTFサービスを100%導入」というお題で
    国策会社に光化とIP化、高コストな銅回線電話網の撤去をいっぺん
    にやってもらう。
     国策会社なので原則アクセスは自由だし、コストはどっちに転ん
    でも国負担。しかも利用者で差はないのでNTT等と対等に戦う土
    俵ができる。強制的に銅線を排除するのでADSLはやめれるし、
    光の土管は利用料だけなので後はコンテンツ勝負に懸ける。
     
    なぜ、国策なのか、全国一律なのかとずっと考えていましたが、そうしないと銅線をやめる口実にならないからだと思います。

  10. 池田信夫 より:

    ソフトバンクが光ファイバーを「月690円」としていたのは、4年前に竹中懇談会に提案したとき。今回は「1400円」です。いろいろ言い訳してるけど、こんなにぶれること自体、計算が信用できない証拠です。

  11. yanya より:

    光インフラ整備で競争がおこるので良い事だと思うんです。
    でも、池田さんとしては電波開放(来年しかチャンスがない)にSBの力を注いで欲しいのでしょう。
    今は電波開放に関心がなさすぎますからね、重要さに気づくころには時既に遅しと。

  12. takarayui より:

    7. はんてふ さま

    >光、DSL、モバイル、ケーブルテレビ、無線、
    >これらが混在している現在の状況が悪いとは
    >僕には到底、思えないのです。

    そうですよね。交通機関だって、自転車、電車、バス、タクシー、新幹線、飛行機、船などをうまく組み合わせて使っていますものね。
    まあ、なかには「オレの家の前まで新幹線を通せ」とおっしゃるかたもいるかもしれませんが。

  13. shuu0522 より:

    池田様

    孫社長との討論楽しみにしています。
    結局、松本様は赤字の補てんは誰がするのかなど根本的なことを答えられなかったので孫社長ならと期待しております。
    とはいえ、孫さんは一流の社長であり、話術は超一流。はぐらかされないようにするには池田様のリード次第でしょうね。

    アゴラでの長い議論にもやっとピリオドが打たれる時がきたように思います。これまでの議論でソフトバンク案が穴だらけであることはよくわかってきました。
    ソフトバンクの考える「光の道」が実現不可能としたとき、では、どんな未来を目指すべきなのでしょうか?
    建設的に、ソフトバンク案のことはもう忘れ、
    次の案を模索し議論してゆくステージになったかと思います。

    未来のインフラについてでも良いですし、
    NTTが現状のままで良いとは誰も思っていないでしょうから、NTT改革論でも良いかと思います。

    たとえば、韓国がサムスンにしてきたようにNTTを世界企業にするために足枷を外して躍進させようとか。(メーカーに対しても)
    松本様も再三、国のため国民のためと言ってたのですから、ソフトバンクにとって迷惑な話でも国のためになるなら賛成していただけるはずです。NTTには世界企業で躍進する野心が足りないのでソフトバンクから孫さんを引き抜くくらいしないとダメでしょうけど。

    繰り返しになりますが、孫社長との討論もありますし、ソフトバンク案については区切りをつけ、他の未来を提案されてはどうでしょうか。

  14. 池田信夫 より:

    10年ぐらい前まで、NTTも「全面光化」を計画していました。そのころは役員が「メタルはもう寿命だ。莫大な補修費がかかるので、光に変えたほうが安い」と、今のSBと似たようなことを言っていました。

    ところがADSLの登場で、ISDN→B-ISDNというロードマップが崩れると、同じ役員が「メタルは接点さえ補修すれば半永久的に使える」と言い出しました。どっちが正しいかは、3000万世帯から2000万世帯へと下方修正を重ねているNTTの設備投資を見れば明らかでしょう。

    私も、かつて電話局で保守要員の取材をしたことがありますが、保守しなかったから事故が起きたという事例はほとんどない。保守というのは余剰人員のための失業対策のようなもので、ないならないで困らないのです。したがって今後、50代後半の余剰人員がいなくなると「施設保全費」は大幅に減るでしょう。

    むしろセンシティブなのは、局内の交換機です。これは万が一のことがあると域内全部がダウンするので、何重にもバックアップし、専門家が保守しています。これも昔に比べると簡単になりましたが、やはり電話とIPはまったくノウハウが違うので、50代の社員がいなくなると危ない。だからNTTも電話交換機の撤去を計画しているのです。