★★★★☆(評者)池田信夫
政権交代の経済学
著者:小峰 隆夫
販売元:日経BP社
発売日:2010-05-20
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民主党政権が迷走している一つの原因は、官僚を敵視した政策が裏目に出て、霞ヶ関がサボタージュしたことだろう。官僚は大臣が脅せばついてくると思っているのかもしれないが、彼らも民主党の足元を見ているでの、政務三役に情報を上げない。政治家が勉強して官僚に対抗できる知識をもたないと、逆に官僚の情報操作に負けてしまう。
本書は教科書的な経済理論で政策を考えるものだが、民主党の政策はことごとく経済学の常識の反対だ。編者も指摘するように、鳩山首相が所信表明演説で「市場にすべてをまかせ、強いものだけが生き残ればよいという発想」を否定して「人間のための経済」を提唱したことが間違いの始まりだった。彼は「経済合理性や経済成長率に偏った評価軸で経済をとらえるのをやめ、国民の暮らしの豊かさに力点を置く」というが、経済成長率と「暮らしの豊かさ」はトレードオフの関係にあるわけではない
経済学は効率性を実現する手段を考える学問だが、それは公平性と対立する概念ではなく、多くの効率的な状態の中から公平な状態を選ぶことが政治の役割である。民主党の混乱した政策は、両者を混同することから生まれている。本書が批判するように、子ども手当は出生率を引き上げる政策と分配の公平を混同したため、どっちの役にも立たない。最低賃金の引き上げや派遣労働の規制強化は、効率を犠牲にして公平を求めようとして、どっちも低下させた。
高学歴の鳩山内閣が、このように愚かな政策しか出せないのは、彼らの若いころの知識をベースにして耳学問で状況に対応しているからだろう。団塊世代が学生時代を過ごした1970年ごろは、まだマルクス的な階級闘争の図式が「保守/革新」とか「大企業/労働者」といった形で残っていた。しかし90年代以降、そういう冷戦時代の図式は有効性を失ったのだ。
今まず考えなければならないのは、「経済合理性」にもとづいて日本経済の効率を高めることである。そのために必要な知識は、最適化理論でスタンフォード大学の博士号をもつ鳩山氏にとっては大してむずかしいものではない。必要なのは、古い先入観を捨てて謙虚に勉強し直すことだ。本書ぐらいの最小限度の常識は身につけてほしい。
コメント
だれがどんなサボタージュをしたかもわからないようにしているのでしょうが、少なくともサボタージュの内容が明らかになったときは担当のトップだけでも左遷しないかぎりその組織は死にます。どうも池田先生はNHKのような組織が普通だと思われているきらいがあります。
< somuoyaji さん サボタージュというと強いイメージを受けますが、実際に行われているのは、情報を上げない、指示に対して表面だけ取り繕う、といった緩やかなものだと思います。その程度であれば、どんな組織でも行われているのではないでしょうか。 確かに、それによって組織は弱体化するのでしょうが、逆に、トップが無能だった場合には、組織の弱体化を防ぐ面もあると思います。
>官僚を敵視した政策が裏目に出て、
民間の中小企業の多くが「雇用調整助成金」という官公庁のバラマキに頼っている以上、
官公庁に頭があがらないのは当然と思う。
(そもそも日本は国民負担率も公務員数もOECDで最小の部類に属する)
>最低賃金の引き上げや
鳩山政権が最低賃金の引き上げを決定したという報道はまったく聞いておりません。
あと日本の最低賃金はOECDでもかなり低い水準にあるので、この観点からすれば日本
の労働規制はかなり緩いということになる。
まず、違反企業の資本金額は平均で約2,950 万円(最頻値、中央値ともに1,000 万円)と、
資本金額で見る限り小規模企業である。
http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis200/e_dis192a.pdf
大企業は0.38倍から0.47倍、300人未満企業は8.43倍から4.41倍
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=249678&lindID=5
輸出志向の大企業の収益が拡大する一方で中小企業は停滞
http://jp.fujitsu.com/group/fri/downloads/events/fri/forum2009_nezu.pdf
「IT人材白書2009」によれば、ITスキル標準を利用している、
http://www.ipa.go.jp/about/press/pdf/100129Press.pdf
●情報サービス部門の輸入超過が近年急激に拡大
http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/h21/html/l2124000.html
2010年度は、海外売上比率を、2009年度の37%から40%に引き上げる(富士通社長)
http://enterprise.watch.impress.co.jp/docs/news/20100501_365087.html
脱税も中小、新卒に不人気なのも中小、スキル標準無視も中小のIT、収益低迷も中小。
情報サービス部門輸出は、全体が縮小している中で最大手の富士通だけが伸びている。
なんだか中小企業の悪口ばかりになってしまったが、鳩山政権「脱官僚」が失敗したのは、
民間の中小企業が弱体すぎるからというふうに思えてならない。異論があればなんなりと。
情報を上げない、指示に対して表面だけ取り繕う、が緩やかなものだとは知りませんでした。また、これらが普通に行われているとの事。世間知らずでした。
嘘をいうほどのアグレッシブはないけれど「聞かれたことしか答えない、返答は最小限」くらいは役所の作法としては普通ですね。
不作為という名の作為、ま、サボタージュですね。
行政は法的枠組はかっちりしてるから強固っぽいけれど、組織としての実力は相当弱いと思いますよ。