ネット生保立ち上げ秘話(9) 同志 - 岩瀬大輔

岩瀬 大輔

僕がネットライフに入った理由

『新聞記事で岩瀬のことを知った当時。

「生意気そうな奴!副社長とか言ってるし!」(単なる妬みのような気も・・・。)
「頭はいいかもしれないけど、本気で保険業界に乗り込むつもりなの?単なる話題作りとかじゃないのか!」

などと思っていたのが、気がつくとネットライフ企画の一員に。自分なりに安全確実な生涯設計を考えていたのに、まったく予想していなかった事態になってしまった。

直前まで勤めていた保険会社では、結構充実した日々を過ごしていたので、周囲のものすごい反対にあったときは、

「・・・ていうか俺なんでこんな一生懸命説得してんの?なんでこういうことになってんの?」

と自分でもすごく不思議な気持ちに度々なった。


じゃあ、それほどまでして何故ここにいるのか?というと、

・「保険は難しい」を終わらせるという考えに共感したから。(実際、そんなに難しいものじゃない。)
・岩瀬の真剣な思いに引き込まれたから。(なんだよ恐ろしく本気じゃないか!と。)
・なにかにチャレンジする年齢としては、一番いい年齢だと思ったから。(ぺーぺーでもなくベテランでもなく、という絶妙な年齢と自分では思う。)
というところだろうか。 

まあ今となっては、志望動機を一生懸命考える必要もないので、なんだっていいのだけれど、これから保険に加入することになる人たちが、「私たちにネットライフという選択肢があってよかった!」と思えるような会社になればうれしい。

実際に入社してみると、この会社の考えに共感した人たちがこんなにいるんだ!ということに驚く。社員だけじゃない。他の保険会社の人、まったく別の業界の人などあらゆる人たちが応援してくれている。将来皆さんの前に保険会社として登場するとき、より多くの人たちの共感を得ることが出来るようにしていきたい。』

採用活動はじまる

2007年3月。第一回の増資がうまくいきそうなことが、だいたい見えてきた。そこでいよいよ、スタッフの採用を始めることにした。まずは、自分のブログに「人材募集」というエントリーを書いてみることにした。

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2007年3月14日 (水)
タイトル:人材募集!

いよいよわが社も軌道に乗り始めてきて、組織の拡充を考えています。つきましては、以下のスペックに当てはまる人材を探しておりますので、下記に条件が合って、かつ我々のようなベンチャー(但し、「骨太のベンチャー」を志向しています)にご興味がありそうな方がいらっしゃいましたら、簡単な経歴を添えて recruit@netseiho.com までご連絡下さい(但し、「少数精鋭」を目指しておりますので、「我こそは!」と思われる方限定でお願いします):

<企画・財務スタッフ>
一流戦略コンサルティングファームまたは投資銀行、PE、ローファーム等で勤務経験3年以上の、ガッツがあってユニークな若手プロフェッショナル。リテール金融ビジネスの知見があればなお可。

<天才Webエンジニア>
次世代型生命保険ウェブサイトを洗練したセンスと馬力を持って作っていける、Web2.0系エンジニア。しっかりとしたビジネスセンスを持ち、豊富な製作実績を持っていることが望ましい(ポートフォリオを添付してください)。

<生保オペレーションスタッフ>
・ 生命保険業の新契約査定の実務経験が豊富な方
・ 生命保険業の保険料収納及び契約保全の実務経験が豊富な方
・ 生命保険業の代理店事務管理の実務経験が豊富な方
<勤務地など> 東京某所
<条件> 実績・経験を参考に応相談

ご連絡、お待ちしています!
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このエントリーに対しては、「ベンチャーなのにそれほど高いスペックを求めるのは身の程知らずなのではないか」という批判を受けた。しかし、僕は最初に雇う人間の質が新会社のDNAとなると理解していたため、絶対に妥協はしたくなかった。自分が一緒に仕事をしたい、そう心の底から思える仲間しか集めたくなかった。

外資系、そして留学時代に叩き込まれたことがある。シリコンバレーのベンチャー投資家の間で語られている言葉だ。採用というのは、「誰をバスに乗せるか」ということにほかならない。Aクラスの人材は、Aクラスの人材と働きたがり、連れてくる。これに対して、Bクラスの人材は、Cクラスの人材と働きたがる。だから企業は、Aクラスの人材を雇うように努めるべきである。

他方で、いい人材を引き寄せることができる、という自信はなかった。自分にとってはまだ「生命保険業」というのが、若くてエネルギッシュな人材を引き寄せるに足る魅力的な業界であるとは思っていなかった。出口とは二人で、「どんな人が来るか、あまり期待してないで待っていよう」と話していた。

ブログで掲載して1週間ほどは、連絡がなかった。ちょっと高飛車すぎたかなぁ、とも反省してみたりした。しかし2週間が経過すると、応募が4件ほどあった。この最初の4人についてはすべて面接し、そして全員が採用となり、会社の中核を作っていく人材となった。

ネット金融の立ち上げ屋

最初に応募してきたのが、馬場宏司だった。馬場は京都大学を卒業後、大和証券に就職し、業務部で5年ほど証券業務に携わった。1999年当時、まだ開業前だったマネックス証券に転職。同社では業務部門からお客さま対応、商品導入時のシステム、事務企画などを経て、後は商品業務部長を務めていた。7年間を過ごしたマネックスを離れた後、退社して次のチャレンジを求めていた。

馬場からのメールは、心を揺さぶるものがあった。

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From: 馬場
To: info@netseiho.com
件名:「ネット生保立ち上げ日誌」を見てメールしました

ネットライフ企画株式会社 御中

はじめまして。馬場宏司と申します。「ネット生保立ち上げ日誌」を見てメールしました。

前々よりブログを拝見させていただいており、楽しそうで、創造的で、興味を持っていました。求められているスペックにあうか、疑問はありますが、一度お会いいただければと思い、メールいたしました。

<略>

良い物をつくり、提供する仕事をしたいと思っています。御社でいかせると思う部分は次の部分です。
・(生保商品知識の取得が必要ですが)事務、システム要件への関わりが長く、いろいろとやってきましたので、多少のことは何とかできると思います。
・マネックス証券では立上げ、合併(2回)を、事務、システム要件、顧客対応においてかかわったので、これが役立つ場面はあると思います。
・とくにマネックスでの初期には、思いもよらない失敗も数多くありました。その経験も役立つ場面もあるのではと思います。
・ネットで多くの顧客と対する際の動作が、肌に染みています。

どうぞ宜しくお願いいたします。
*****

馬場とはすぐに面談をした。会議室が空いていなかったため、近くのスターバックスで話し込んだ。物静かで淡々としているのだが、顧客に対して最高のサービスを提供したいという職人らいしこだわりの強さと、マネックスの開業前から上場と合併を経てきた経験、そして何よりも、再びあの立ち上げの荒波の中を潜り抜けたいという強い意欲が魅力だった。馬場のことはすぐに好きになり、携帯で出口を呼び、採用が決まった。

生保事務の職人

次に応募をしてきたのが、冒頭のブログを書いてくれた、古川響平だった。応募書類によると、中堅生保の契約部門でマネージャーを務めているとのことだった。「銀行での変額個人年金のインターネット申込システム開発も担当」とあり、経験は完璧のように思えた。志望動機には、以下のように記されていた。

「現在、生命保険会社は、外務員制度、代理店制度、窓販制度等で保険を販売していますが、いずれも販売担当にとってよい商品(手数料が高い)が売れる、という仕組みになっているようです。

貴社のように、インターネットでダイレクトに生命保険を販売することができれば、お客さまに必要な商品を、募集人によるバイアスがかかることなく、まっすぐにお届けすることができるのではないかと思います。そのような会社の設立において、私がこれまで培ってきた知識が役立てられるのであればうれしく思います。

なお、私が所属してきた会社はいずれも大手ではありません。しかし、そのため、実務の細部から会社の意思決定まで幅広く経験する、という非常に得難い経験をすることができました。貴社の少数精鋭方針においても、この経験は役立てられるものと思います。」
 
記載されていた電話番号にすぐにかけて、面談の日時を設定した。電話の最後に、古川は言った。「岩瀬さん、実は僕、岩瀬さんと会ったことがあるんですよ。年末のRTCカンファレンスで、子どもの学歴の質問をしたの、覚えてます。あれが僕です。」

あー!もちろん、覚えていた。強く印象に残っていた。終わったあとに名刺交換はしたが、ほとんど話はしていなかった。しかし、何だかとてもいいオーラを感じていた。彼だったら、すごくいいに違いない。

古川は会うと、話してくれた。日経新聞に岩瀬さんの記事が出てから、僕ら、生保業界の若手は憤慨したんですよね。生保業界を変えるのは、俺たちだ!なのに、ハーバードだか何だか知らんけど、偉そうにしやがてって。あいつに保険の何が分かるっていうんだ。RTCカンファレンスに同僚たちと出席したのも、正直なんぼのもんじゃい、と思って様子見でいったところがありました。でもあの日の岩瀬さんのやり取りを見て、すっかりほれ込みました。新しいネット生保の立ち上げ事務企画という仕事だったら、誰にも負けない自信があります。

その熱意に心を動かされて、オフィスの隣にある立ち飲み屋、「あべちゃん」に向かった。1時間ほど話をして、「嫁もまだ反対していますが、必ず説得します」との言質をもらうことができ、すっかり安心して会計をしようとすると、財布を持ってきていないことに気がついた。恥じらいながらも古川に会計をお願いし、次回、必ず返すことを約束した。次のデートを取り付けてるみたいだったので、悪い気がしなかった。

その数日後、古川から入社を決めた旨の連絡があった。

アニメベンチャーの神童

「岩瀬さんには、足りないところもいっぱいある。だから、岩瀬さんには僕みたいな女房役が必要なんです」

自信満々に語る彼の顔つきを見て、少し生意気だなと思いつつも、そのニコニコ顔は憎めなかった。何より、メールアドレスの署名に書いてあった、”keep smiling” の言葉が気に入ってしまった。

松岡洋平、二十六歳。その後のライフネットの飛躍を支える立役者の一人である。梅田望夫氏や、ネットエイジの西川潔氏らを輩出した外資系戦略コンサルティング会社のアーサー・D・リトルにて働いたのち、映像系のベンチャーでいた。自分の弟分となる若いコンサルタントがいてくれたら、と思っていた僕にとっては願いもしない逸材だった。

ちょうどハーバードに入れ違いで留学した後輩に、松岡と一緒に仕事をした経験がある人間がいた。彼にスカイプ経由で、

「松岡君って優秀にみえるけど、実際はどう?」と聞いたところ、

「能力は非常に高く、自分が興味を持つことについてはべらぼうに優秀です」

とのフィードバックが返ってきた。いくつか宿題として課題を出してみると、想像していた半分の時間で、2倍の内容のものが返ってきた。

しかし、ぜひ一緒に仕事をしたい旨伝えると、「実は、妻が心配をしていて・・・貴方だったら、もっと高給の外資系で勝負ができるでしょ、と言われてしまいました」という答えが返ってきた。

急いで奥さんともども、土曜の午後に我が家に招待をした。家族ぐるみで、なぜこのような会社をやりたいと考えたのか、じっくり話し合った。気が付くと、時計の針は20時を回っており、5時間が経過していた。

帰りのエレベーターの中で松岡の妻は

「ぜひ、松岡をよろしくお願いします!」

と言ってくれた。そうか。まずは、パートナーを口説くことが大切なのか。転職を勧める際のカギが分かったような気がした。

控え目な会計士

成相衆治は公認会計士。特に財務・経理は応募していなかったのに、自ら志願してきた。応募してきた日の出来事は、今でも忘れられない。当日のブログ記事を、振り返ってみよう。

*****

(ある日の夜、岩瀬の実家にて。岩瀬はPCに向かってメールチェック中。つい数日前、個人ブログで「人材募集!」を発表したばかりでワクワク。ダイニングのカウンター越しでは、たまたま遊びに来ている母が洗いものをしている。)

岩瀬:(メールを見ながら)「おっ!人材募集への応募が来た。え、この人監査法人勤務?すごい、公認会計士だ!」

母:「え、ホント?すごーい、そんな立派な人が来てくれるの。時代も変わったわねー」

岩瀬:「まーねー、最近うちは注目されてるから(得意げ)。あれ?よく読んでみると経歴のどこにも「公認会計士」とか「会計士試験合格」とか書いてない・・・実は会計士じゃないの???そんなわけないよな」

母:「ほらみた。絶対に違うわよ。だって、公認会計士の先生が、大輔のベンチャー会社に応募してくるわけないじゃない(←彼女の常識)やっぱり、ワタシ違うかなぁって思ったの」

岩瀬:「えー。でも、『生命保険会社の監査に携わる』とか書いてあるけど。試験に受かってなくても、監査の手伝いとかできるのかなぁ・・・(段々自信がなくなってくる)」

母:「まぁ、そんなに落ち込まないの。きっといい人が来てくれるから(勝ち誇って)」
*****

後日、面談にて。

岩瀬:「あのー、すいません。冒頭からつかぬことを伺いますが・・・公認会計士の資格はお持ちなんで しょうか?(自信なさそう)」

成相:「え?(何聞いてんのこの人、という顔) もちろん、持っていますが」

岩瀬:「あああ、そうですよね。もちろん、このご経歴だったらそうですよね(ほっっ とするがちょっと恥ずかしい)」

というわけで、思いがけず、公認会計士が経理マネージャーとして来てくれることになった。

*****

そんなこんなで、仲間が一人、また一人と、増えていった。ベンチャーとは、ドラゴンクエストのような旅なのである。一人、また一人と、頼りになる仲間に加わってもらえる。その仲間をどうやって増やすかが、ベンチャー企業にとってもっとも大切なポイントだということに、気がついていった。

(つづく)

(過去のエントリー)
第一回 プロローグ 
第二回 投資委員会 
第三回 童顔の投資家 
第四回 共鳴   
第五回 看板娘と会社設立 
第六回 金融庁と認可折衝開始
第七回 免許審査基準
第八回 100億円の資金調達