はじめに
アマゾンのKindleストアやアップルのiBooksストアなど国際的な販売チャネルを通して電子ブックを販売してみたい、という方は多いと思います。しかし現在のところ日本の読者に向けて日本語の電子本を販売することはできません。日本におけるサービスが開始されていないからです。そこで筆者はKindleとiBooksむけに英語の本を出してみました。以下その顛末を書いてみたいと思います。 KindleとiBooksで電子ブックを発刊するためのファイルの作成および登録手続きについての現状がわかっていただけると思います。
これら販売チャネルから日本の読者にむけて日本語の電子ブックを提供することができないのは、単に制度的な問題、つまり両者が正式に日本でのサービスを開始していない、という理由だけです。技術的には、Kindleデバイス・リーダーもiBooksリーダーも日本語をすでにサポートしています(縦書きは無理ですが)。
Amazon Kindle
Kindleストアの販売対象地域は現在、米国と英国のみです。日本から米国のアマゾンにアカウントを作成してKindleデバイスやKindleブックを購入して楽しむことはできます。
はじめにファイルの作成方法について述べます。 KindleブックはAZWという非公開のファイル形式を採用しています。アマゾンが電子ブックビジネスを始めるにあたって買収したフランスのMobiPocket社の電子ブック形式に由来するものです。アマゾンは、単一のHTMLファイル、および複数のHTMLファイルをEpub形式にまとめたファイルをAZW形式に変換するためのオンラインサービスおよびツールを提供しています。第三者が直接AZW形式のファイルを作成することはできません。入稿形式としてHTMLあるいはEpubファイルを作成し、メールでアマゾンに送るか、アマゾンのサイトのサービスを利用するか、アマゾンのツールを使って最終のAZW形式に変換するのです。
Kindle購入時にアマゾンから割り振られるメールアドレスにHTMLやEpubファイルを送信すると、自動的にKindleブックへ変換され、自分のKindleデバイスに送られてきます。また、アマゾンの出版窓口サイト(DTP – http://dtp.amazon.com)でも変換サービスを提供しています。筆者は、アマゾン提供のKindleGen(http://www.amazon.com/kindlepublishing)というツールを用いてEpubファイルをAZWに変換し、アマゾンのDTPサイトで販売を依頼しました。
その際戸惑った点がありました。 Epub形式というのは電子ブックの公開規格のひとつですが、簡単にいうと、HTMLを厳密にXML化したXHTML、およびスタイルシート(CSS)のサブセットをベースにしています。アマゾンは入稿形式としてEpubを受け付けますが、サポートされるHTMLは現在のところHTML 4.0レベルで、スタイルシートもほとんどサポートされません。つまり、ファイルのまとめかたとしてEpubを採用しているだけで、中身のHTMLやCSSはEpubに準拠したレベルにはなっていません。
たとえばスタイルシートによるマージン指定やフォント指定が効きません。アマゾンの出版ガイドには、かわりにHTMLのタグを使ってみよ、と書かれています。 CSSのfont-familyがダメなら、HTMLのタグを使う、ということです。
作成したファイルがKindleで期待どおり表示されるかどうかのテスト方法には、先に述べたメール転送サービスを使う方法のほか、Kindle for PCやKindle for MacといったPC上で利用できるリーダーソフトで試す方法があります。また、アマゾンはKindle Previewerという検証ツールも提供しています。 Kindleの各種デバイス(普通サイズのほか大型DXなど)やソフトウェアリーダの各バージョン(PC/Mac/iPhone/iPadなど)のシミュレーションが行えて便利です。ただし筆者が試したかぎりでは日本語が正しく表示されませんでした(すぐに解決されるとは思いますが)。 KindleデバイスやKindle PCなどソフトウェアリーダーでは日本語が表示できます。
ファイルができてしまえば登録じたいは簡単です。アマゾンのDTPサイトから作成済みのAZWファイル、カバー画像、メタデータ(著者や出版社名など)をアップするだけです。電子本へのISBNの付与は不要です(同じ内容の紙の本がある場合にはそのISBNを通知する必要があります)。
アマゾンから販売するKindleブックのロイヤリティ(出版側の取り分)は、通常は35%、一定の要件を満たせば70%です。一定の条件というのは、同じ内容の紙の本を販売している場合は電子本がそれより低価格であること、他の販売チャネルからも電子本が配布されている場合はアマゾンの価格が最低であること、電子本の価格がおよそ米10ドル以下であること、とされています。しかし、実際には、70%ルールは米国(英国)の読者が米国(英国)アマゾンから購入した場合だけで、それ以外の地域の読者が米国(英国)から購入しても適用にならないということがわかりました。 70%ルールは限定的といえます。支払いは米英では銀行振込ですが、他地域の販売者には小切手が郵送されます。
ここまでは否定的なことを書いてしまいましたが、全体的にみれば、アマゾンから電子本を発刊するのは容易です。手続きは簡単ですし、ごく単純なHTMLで記述するよう心がければファイルの作成もむずかしくありません。
Apple iBooks
現在iBooksストアのサービス地域は米加英独仏など欧米のみです。日本語の電子ブックを日本在住の読者むけに提供するこはできません。登録の際、言語としての日本語、販売対象地域としての日本を選ぶことができません。
そこで、英語の電子本をiBooksで販売してみました。方法はふたつあります。ひとつは直接iTunes Connect(https://itunesconnect.apple.com/WebObjects/iTunesConnect.woa/wa/apply)にコンテンツプロバイダの登録をする方法です。Epub形式のファイルを作成、カバー画像とメタデータを用意します。電子本用にISBNを付与する必要があります。 MacintoshでiTunes Producerという登録用のソフトを動かしてこれらのデータをiTunesストアにアップします。
もうひとつはアップルと契約した数社の代理店(aggregator)を通す方法です。会社ごとにサービス内容は様々です。Epubファイルではなく、一定の規則に基づいてHTMLやWordのファイルを用意すればよい、という会社もあります。アップルでは受け付け作業の負荷を下げるために代理店を通すほうを推奨しているように感じられます。
筆者は今回、直接iBooksストアに登録する方法を取りました。この場合EpubCheckという検証ツールでEpubファイルにエラーがないことを確認することが求められています。自作のEpubファイルをiTunesのライブラリにドロップして、iPhoneやiPadを同期すれば、簡単にiBooksリーダーの本棚に登録できますので、テストじたいは容易です。
iBooksストアのロイヤリティは一律70%で、特に価格帯の制約もなく、取引条件はシンプルでわかりやすいと思います。アプストアのアプリ販売のロイヤリティと同率です。支払いは銀行振込です。
おわりに
以上、KindleやiBooksストアから英語の電子ブックを出した体験談でした。アマゾンやアップルと日本の大手出版社とのあいだで話がまとまりしだい、米国や欧州で提供されているのと同様のサービスが日本の出版社や著者、読者にも利用可能になるものと思います。
現在は、日本語の書籍を日本や世界の読者に提供する方法として、Webで販売する、アップルのアプストアでiPhoneやiPadユーザむけにアプリとして提供する、同じくグーグルからAndroidユーザむけに提供する、という方法があります。
我が社ではiPhoneやiPadむけにHTMLやPDFベースのコンテンツを組み込んで提供するための自社製アプリケーションをライセンス提供しています。これはiBooksストアが日本で利用可能になるまでの過渡的なもの、あるいは標準の閲覧アプリケーションでは対応しえないケースを想定したものです。
ところで、PDF形式なら縦書きやルビなどを含めて、HTMLの制約を超えて複雑なレイアウトの書籍や雑誌を作成できるのではないか、とお考えの方があると思います。 KindleやiBooksストアではPDF形式の書籍の有料販売はできません。 Kindleの場合、自分のPDFファイルはメール転送サービスを使ってKindleデバイスで読めますが、販売対象にはなりません。 iBooksリーダーはEpubのほかPDFもサポートしますが、こちらも同様に有料販売はできません。 KindleやiBooksストアで流通させることのできる形式はいまのところHTMLベースのもののみです。
横浜工文社代表 斎藤明(荒井文吉)
参考リンク
・横浜工文社がKindleやiBooksから発刊した英語の電子ブック
・横浜工文社のiPhone/iPadむけWebコンテンツ閲覧アプリケーション
・日本語Epubブックサンプル
・日本語Kindleブックサンプル