昨今、日本企業の多くが、外国人留学生を積極的に採用しはじめている。また、日本経済新聞(2010年12月4日電子版)によると、リクルートが主催した中国人大学生向けの採用イベントに、いくつもの日本企業が参加した。このイベントは、現地採用でなく本社採用であるから、いよいよ本格的に日本企業もグローバル経済の生き残りにかけ、優秀な人材をグローバルで採用しつつある動きを物語る。このような状況において、外国人材の積極活用を主張する識者がいる一方、否定的な意見も根強い。そこで、今回は、外国人材の受け入れ拡充がマクロ経済に与える影響について簡単に考えてみたい。
多くの人々は、外国人材の受入れ拡充は経済的にネガティブな影響を及ぼすと考えがちである。それは、熟練人材の受入れは自国経済に一定の利益をもたらすものの、未熟練人材の受入れは自国労働者の賃金低下を招き、経済に不利益をもたらすリスクがあるからだ。これは根強い「通説」だが、企業側の視点が抜けており、マクロの視点では異なる。
これについては、途上国から先進国への労働移動の効果を分析したGrubel(1994)のモデルが有名であるので、これを用いて説明する。
議論を簡略化にするため、世界には先進国Ⅰと途上国Ⅱの2国のみが存在し、情報は完全で移動コストはゼロであり、両国には生産性の格差が存在するとする。
これを、先進国Ⅰと途上国Ⅱの労働の限界生産性を左縦軸と右縦軸、両国の労働人口を横軸にして表現すると、図1のように描写できる。
図1
いま、先進国Ⅰの労働人口はHIで賃金は高賃金WⅠである一方、途上国Ⅱの労働人口はKIで賃金は低賃金WⅡであるとする。このとき、先進国Ⅰが途上国ⅡからIJの未熟練外国人材の受け入れ拡充を行うとする。すると、先進国Ⅰの労働人口はHJに増加し賃金はW’Ⅰに下落する一方、先進国Ⅰの企業利潤はLM WⅠからLN W’Ⅰに増加する。逆に、途上国Ⅱの労働人口はKJに減少し賃金はW’Ⅱに上昇するが、途上国Ⅱの企業利潤は減少する。
この簡易版の分析からも明らかなように、未熟練外国人材の受け入れ拡充は、先進国の労働者の経済的厚生を低下させる可能性がある。このことが、途上国の未熟外国人材の受け入れを抑制する根拠となっている。
もし政治がこの問題を重視するならば、先進国の労働者賃金を低下させないように、熟練外国人材の受け入れ拡充を行い、先進国Ⅰの労働の限界生産性をMPLⅠからMPL’Ⅰに右シフトさせることが望ましい。この場合には、先進国の労働者の経済的厚生は低下せず、企業利潤もPQ WⅠに増加するため、新しい技術革新をもたらす知的労働者やIT技術者など、熟練外国人材の受け入れ拡充について前向き対応することになる。以上が通常の議論である。
だが、図表1をみると、未熟練外国人材の受け入れ拡充により、先進国労働者の賃金が減少してもその減少分よりも企業利潤の増加分のほうが大きいことからその増分が適切に分配されれば、先進国労働者の経済的厚生は増加する。すなわち、この企業利潤の増加が政府によって適切な再分配が行われるならば、未熟練の外国人材の受入れは日本経済に寄与するのである。
もちろん、外国人材の受け入れ拡充は、社会的統合に関する問題や様々な文化的摩擦も予想されるから、慎重に検討する必要がある。だが、閉塞感に包まれる日本の将来、また、グローバル経済で熾烈な競争を繰り広げる日本企業生き残りのカギを握っているテーマであり、そろそろ真剣に議論を行う時期にきている。
コメント
80年代の労働力不足期に、「労働開国」の大合唱の中で、ほとんどただ一人で「労働鎖国」を主張した論者が、西尾幹二です。彼の議論は今でも通用する。
・途上国の外国人労働者を受け入れた70年代の欧州の経験は、失敗だったと総括されている。外国人の行政コストがかかりすぎるからである。
・外国人労働者を雇用する企業は行政コストを負担しないので、外国人労働者雇用は外部経済問題となってしまって、市場原理では処理できない。
・そもそも、国境を設けて、内政不干渉原則の下で、思想や主義主張の違う人が分かれて暮らすことは、大規模な宗教戦争の結果生まれた人類の知恵である。みんなが一緒に暮らすことが良いことだとは、必ずしも言えない。
以上の理由により、私は、企業に外国人労働者およびその子弟の行政管理コストを支払わせ、内部化する仕組みが必要不可欠ではないかと思います。具体的には、外国語による義務教育の費用を企業課税で賄う。
素朴な疑問ですが、国内で労働力が余っているのに、それでもなお外国人労働者を1000万人も求める必要がどこにあるのかわかりません。企業が福祉も含めた行政コストを全額負担するというのであれば止めはしませんが、そんなことをしたら日本人を雇った方が安くつくので経団連が猛反対しますね。
呆れてものも言えません。