「光の道」論争のあとがき

池田 信夫


ソフトバンクの活躍で盛り上がりを見せた「光の道」論争も、すべて2014年に先送りといういつもの結果に終わりました。結論は妥当なところですが、ソフトバンクはいまだに奇妙なテレビCMを流してがんばっています。その動機についてもおもしろい記事が話題になっているので、ちょっと蛇足のコメントをしておきます。


NTTとソフトバンクの経費の見積もりが大きく違うのは、この記事も指摘する通りですが、問題は工事費ではない。通信のように技術進歩が激しい分野で、経費の見積もりが違うのは当たり前です。問題は、その見通しが狂ったときどうするかという制度設計がソフトバンク案に欠如していることです。NTTの見積もりが正しければ、アクセス回線会社は莫大な赤字を出すが、それは誰が負担するのか。その経営が破綻すると、筆頭株主は政府だから2000億円の税金が失われます。これが「税金ゼロ」だなんて悪い冗談でしょう。

ただ、ソフトバンクの動機として「だれにも文句を言われず1円も出さずにADSLをやめたい」という推測は、ちょっと違います。ヤフー!BBが経営の重荷になっていることは事実ですが、その設備の償却はもう終わっており、ランニングコストも大したことありません。「耐用年数が迫っている」といっても、DSLAMの更新だけならそれほどのコストではなく、最悪の場合でも事業ごと売却すればいい。

私は、ソフトバンク(というより孫正義氏)にはそういう「裏の意図」はなく、単純に勘違いしているのだと思います。「光ファイバー公社」の話は、ソフトバンクの嶋聡社長室長が民主党の衆議院議員だったときから提案しているもので、2006年にも竹中懇談会に提案して一蹴されました。今回の案はそれと実質的に同じで、違うのはメタル線を強制的に撤去するという点だけです。だからねらいはADSLじゃなく、原因は嶋氏の「構造分離こそ抜本改革だ」という政治的な思い込みでしょう。

これは間違いです。ASCII.jpにも書いたように、プラットフォーム競争が最善であり、通信事業で構造分離が成功したケースはほとんどない。NTTの構造分離の話も民営化の前の臨調答申からあり、持株会社という中途半端な形で1997年に決まりましたが、大失敗でした。電話がインターネットに変わる時期に電話網の区分で分離したため、きわめて非効率な「地域IP網」を全国に構築する結果になってしまった。

いまNTTが恐れているのは、構造分離ではなく固定インフラの陳腐化です。FTTHの普及率は30%前後で足踏みしており、アメリカのように投資が止まるのも時間の問題でしょう。FTTHはモータリゼーションの時代に、全国すみずみまで整備新幹線を引くようなものです。「速くて信頼できる」というだけなら自動車より新幹線のほうが上ですが、そんなことはビジネスの基準にはならないのです。

コメント

  1. 池田信夫 より:

    蛇足の蛇足ですが、今回の「論争」が不発に終わったもう一つの原因は、NTTが「本当の数字」をいえないことです。「保守費用」に計上されているのは、実態としては余剰人員の人件費であり、これはメタルだろうと光だろうとほとんど変わらない。「光のほうが効率的だ」という建て前を守るために、大きく違うように見せているだけです。

    昔はNTTも「銅線は老朽化した。光に置き換えたほうが安い」と言っていましたが、そのうち「補修すれば銅線は半永久的に使える」と言い始めました。光の単価が規制されて、もうからなくなったからです。保守費用なんて、手を抜けばいくらでも抜けるので、書類上の辻褄あわせにすぎない。そんなものを根拠にして工事費を捻出しようというSBの話は、最初からナンセンスだった。

    むしろ問題は、こんな案に社内で異論が出なかったのかということです。私の知っているSBの社員は「理解できない」といっていましたが、幹部はみんなこれを承認したのでしょうか。だとすれば幹部の常識が疑われるし、孫氏が独走したのならガバナンス不在ですね。

  2. izumihigashi より:

    >「保守費用」に計上されているのは、実態としては余剰人員の人件費であり、これはメタルだろうと光だろうとほとんど変わらない。

    この言葉を待っていました。誰もが知っていて、誰も言い出さない言葉。結論が出た後だからホッとして出た言葉なのでしょう。そうです。余剰人員がコストなんですよ。民間で経営に頭を悩ませた人間なら誰でもピンと来ているはずです。でも、クビを切れない。定年まで何とかダラダラと過ごして貰って、5年後からは一気に余剰人員が捌けていく事をNTT幹部がただ待っているだけだろうという事も傍から見ていて丸分かりでした。

    その余剰人員を5年間で使い倒して(鞭打って)光の道完成と同時にお勤めご苦労様でしたと定年退職させる事が一番効率のいい人材の使い方だったのではないでしょうか?

    NTTの株主からしてみれば、余剰人員の放置など言語道断でしょ?ソフトバンクは紳士ですから、メタルの保守費用など余剰人員を囲う為の方便だなどと最後まで口走らなかったと見るのが妥当でしょう。

  3. 池田信夫 より:

    「保守要員」にカウントされているような余剰人員が光の工事なんかできるはずないでしょ。そんな技能があるなら、最初から余剰人員になってない。

    70年代の「積滞解消」のころNTTに入った人々は電話工事しか知らないので、今の工事には使い物にならない。逆に、彼らが退職すれば大幅に「保守費」も減るのです。光かメタルかなんて関係ない。

  4. morgan1000jp より:

    「意味不明CMを流す動機」をアンチSBとして邪推してみますと世間の注目を(ほとんど勝ち目も無く)終わったはずの「光の道」に集め「周波数オークション議論」を封じ込めてしまおう(一般的に目立たなくする)とか?

    まあ、700なり900なり貰った所で現状であの整備状況では「何とかに真珠」でしょうけど。
    そういう意味では「要監視」です(苦笑)

    >最悪の場合でも(ADSL)事業ごと売却すればいい。

    無償とか二束三文ならともかく
    YahooBBなんて欲しがる事業者が居ますかね?
    昨年、真偽のほどは不明ですがNTTに売却を
    打診したらにべも無く断られたとの噂がネットを
    駆け巡りましたけど。

  5. izumihigashi より:

    保守要員にカウントされている様な余剰人員が光敷設工事などできないということでしたら、このソフトバンク案は完全に破綻しますね。納得しました。

    光の道論争で、この余剰人員に光敷設工事をやってもらう事が
    保守点検費用の圧縮に繋がり、敷設工事完了と同時にトータルの保守点検費用(つまり光に一本化した後の保守点検費用)が大幅に下がると言う想定だったと思いますが、前提が崩れてしまいました。

    これまで不思議に思っていた事が理解出来ました。
    対立点と言うか、分岐点が見えました。有難うございました。

    ただ、孫社長との直接対談の時に指摘されれば良かったのになぁと思います。保守要員(余剰人員)に光敷設は無理だと。本当に無理ならソフトバンクも大人しく引き下がったと思うのですが、どうでしょうか?

  6. 池田信夫 より:

    「Ustream討論のとき言うべきだった」という話がいまだに来るが、そういうことを言う人は3時間全部きいたのか。私は基本的な指摘はしましたよ。それでも30分ぐらいあれば十分。3時間のうち2時間以上は、インフラと関係ないデジタル教科書などの話を孫氏が延々と繰り返しただけ。

    こういう討論番組では、長く話したほうが優勢に見えるものだが、私は「言い負かす」ことに興味はなく、電波の話を訴えることが目的でした。SBの案はどうせこけるんだから、細かい話をしてもしょうがない。この記事でも書いたように、ガバナンスが欠けている会社設立案なんか論じるに値しない。

  7. looruhiro2 より:

    私は保守要員が過剰かどうか教育次第で工事スキルが身につかどうかはわかりませんが、
    普通に考えて光を張り巡らせてからメタルの撤去となる流れの中で保守要員(仮に余剰が多い前提でも)から光敷設に出せる人の数は知れている気がします。
    出せても逐次投入でまとまった数にはならないかと。

    ところで今回の記事では光の道の元々は元民主党議員の嶋氏が発端だとされていますが、彼にそこまでの影響力があるのでしょうか。元議員ですし通信政策に興味が長年あった方の様ですが。

    孫社長がこれは良案!とすれば社内的な手続きや反論はあってないことにはできるのかもしれませんが。

    そこが気になりました。
    ※彼のツイートを見ていても正直?の印象が強いので余計にそう感じてしまいました。

  8. bellydancefan より:

    孫さん、次何出すんでしょうねww わたしは一応、NHKの不買運動押さえておきましたよ♪