情報通信政策フォーラム(ICPF)では秋のセミナーシリーズのテーマを電子書籍に定め、すでに三回のセミナーを開催してきた。
第1回セミナーでは総務省の安藤課長と文化庁の川瀬室長から、政府が進める施策について説明してもらった。第2回セミナーでは日本電子出版協会の三瓶事務局長から、世界的にはデファクトの端末フォーマットであるEPUBに日本語を搭載する活動について話してもらった。講演の本筋ではないが、印象深かったのは、三瓶氏が語った関連業界の分裂状況だった。
第3回セミナーにはポット出版の沢辺代表を招き、業界の分裂についてもあわせて聞いた。沢辺氏の話はナイーブだった。「端末フォーマットのような専門的のことは、出版社にはわからない」「経営者はデジタル好きと嫌いに分かれている。デジタル好きが電子書籍を進め、デジタル嫌いは警戒している」「出版社に勤める若い世代も、若いのに本好きという一種偏った者たちなのでデジタルを知らない」
何も知らないから分裂し混乱している、という話には驚いた。古くはビデオ、最近ではブルーレイとHD-DVDのような、デファクト争いの事例は沢山ある。家庭用テレビゲームもそうだ。ハードが売れるとソフトが増える好循環が起き、ハードが売れないとソフトがでない悪循環が起きる現象を目撃してきたはずではないか。それともビデオもブルーレイもテレビゲームも買わずに、本だけの世界で生きてきたのだろうか。
端末を問わず、すべての電子書籍が読める状況になって市場は成長する。ブルーレイやDVDはさまざまな会社が機器を販売し、他方、映画会社やテレビ会社は多様なコンテンツを供給し、それで市場が大きく拡大していった。標準化によって成長する市場は、競争相手がいたとしても、小さな独占市場よりも魅力的である。こうした実例に電子書籍も学ぶべきだ。
出版業界が端末フォーマットの統一に動かないのであれば、通信プラットフォームに期待できないか。通信事業者が開くネット書店は、本の場合のリアルな書店に相当する。三省堂と丸善で同じ本が買えるように、どのネット書店でも同じ電子書籍が買えるようにしてほしいものだ。しかし実際にはここも分裂状態になっている。このままでは、わが国の電子書籍市場は混迷が続く。
そうこうしている間にファッショナブルなデファクト端末が外国から来て、それにコンテンツを提供するのがブームとなったら、あっという間に市場の針がぐっと傾いてしまうかもしれない。そのあとから失地を挽回するのは至難の技だ。iPhoneにスマートフォン市場を席捲されたように。
このような問題意識から、第4回セミナーでは、KDDIの権正和博氏に電子書籍市場への参入の動機や展望について話をしてもらうことにした。
山田肇 - 東洋大学経済学部