苦悩する私立大学の将来

松本 徹三

大学の改革を訴えた先回の記事に対し、「趣旨は分かるが、我々はそれどころではない」というコメントを、私立大学を経営しておられると思われる方からTwitterで頂いた。就学人口は確実に減っているのだから、超一流とまで行かない私立大学の多くが、先行きに不安を持ち、「今や一刻の猶予もない」と感じている事は理解している。しかし、考えてみれば、この様な状況は「改革のチャンス」でもある。


JALの再建を委ねられた稲盛和夫さんは、幹部社員に「経営とは何か」「利益とは何か」という基本から教え込み、抜本的な意識改革を促しているという。考えてみれば、JALがここまで追い詰められていなかったら、誰も「社員の意識改革の必要性」などには気がついておらず、幹部社員も、稲盛さんのような人の講義を真面目に聴く気にはなれていなかっただろう。人間は、追い詰められる迄はなかなか基本的な問題に立ち帰れないものだ。

稲盛さんの講義を聞くまでもなく、全ての経営の根幹は、「顧客を増やして収入を増大させ、その一方で、無駄をなくしてコストを低減する」事だ。私立大学の経営も何ら変わるものではない。

まず、大学が顧客を増大するためには、そこで学ぶことが、「面白くて、為になる」ということを、就学希望者に理解してもらうことだ。これは宣伝だけで出来るものではなく、勿論「実」が伴わなければならない。

授業の目標を「面白くて、為になる」という一点に絞り込む事は、普通の状態なら容易なことではない。「学問とはそんなものではない」と言って真っ向から反対する人達が、必ず多数出てくるからだ。しかし、大学の存立自体が崖っ淵に立っているような状況下では、誰もそんなことは言っていられないだろう。だからこそ、今が「改革のチャンス」なのだ。

「面白いかどうか」はともかくとして、「為になるかどうか」は、比較的判断し易い。前回の記事でも書いた事だが、全てのビジネスの基本は「求められているもの」を供給する事だから、「個々の学生やその父兄が大学に何を求めているのか」を、大学側が本気で理解しようとする事が第一歩だ。

それが良いか悪いかの議論はこの際脇におくとして、多くの人達が現実に求めているのは、「就職に有利となる事」「実社会で仕事をする時に役立つ事」であるのは、先ず間違いない。「象牙の塔」がもたらす「権威」に興味を持っているのは、一握りの偉い先生方だけだ。

これも前回の記事でも述べた事だが、多くの企業が現状で新入社員に求めているのは「地頭の良さ」と「真面目さ」「好感度」であって、各人が大学で履修した事には殆ど興味を持っていないのは事実だ。前者については大学入試の際の「偏差値」が一つの物差しになるから、結果として「一流大学」という看板がかなりのポイントを稼ぐ。

(「こんな選び方をしていたら良い人を逃してしまうぞ」とも思うが、どうせ将来会社を背負って立つ幹部社員は僅かなのだから、要するに「確率を高めればよい」という事なのだろう。残念だが、これが現実だから仕方がない。)

しかし、最近は時代の移り変わりが速くなっており、企業側としても「即戦力」に対する必要性が高まっているだろうから、「一流」と認められていない大学でも、このニーズを先読みして先手を取れば、或いは突破口が開けるかもしれない。

これも前回の記事と重複するが、具体的には、かつて慶応のSFCが打ち出したような「新機軸」をもっと大胆に打ち出す事、即ち、「外国語とITリテラシーを最初の二年間で叩き込み、後半の二年間で問題解決型の人材を育てる」というのがお勧めだ。「外国語」と「IT」は、その後の研究や学習の基礎になるだけでなく、実社会に出た時にも役立つ。

さて、ここまでは殆どが前回の記事との重複だが、これからが具体的な提言だ。

今回私が提言したいのは、

1)大学間の連携
2)遠隔授業の推進
3)外国人との交流

の三点だ。そして、この三つは相互に関連している。

現在多くの大学が抱える問題として、「立地」の問題も無視できない。かつて、多くの大学が広大なキャンパスを比較的安価に手に入れられる「郊外」に争って本拠を移したが、今となってはこれを後悔しているところも多いのではないだろうか?

「広々とした郊外のキャンパスで、先生も学生も、落ち着いて研究や勉学にいそしむ」と言えば、言葉としては響きがいいが、実際には先生も学生も都心を離れるのは嫌なのだ。キャンパスが都心から遠くなればなる程、先生も通いづらくなるし、学生にとっての魅力も薄れる。

地方に立地する大学はもっと悲惨だ。良い先生を迎える事は極めて難しくなり、学生側にも、「アルバイトの口が見つけにくい」事をはじめとして、忌避する理由が多くなる。もはや「古き良き時代」ではないのだ。

この問題を少しでも和らげ、あわせて、各大学が今こそ真剣に取り組まなければならないコスト削減に大きく貢献すると思われるのが、「大学間の連携」と「遠隔授業の推進」だ。学生に人気のある先生は、幾つかの大学を掛け持ちして、遠隔授業で複数のクラスを一度にこなしても良いのではないか? 地方の大学には月に一度出向けばよく、後は遠隔授業でこなすことにすればよい。(スキンシップの為に、月1回位の訪問は必要だ。)

各地点に散らばったクラスに一度に語りかけるのには、「衛星回線」を利用するのが良いかもしれないが、これは一方方向に限られるから、双方向性は「光回線」で確保する。効果的な学習に何よりも必要なのは、学生達の予習、復習と、その中での学生同士の議論だが、これには「Webの共有」と「Mail」、それに「音声回線」を組み合わせればよい。何れにせよ、全てIP網を使うのは当然だ。

先回ご紹介した大前研一さんおBBT大学・大学院では、教授や講師の負担を減らし、学生の日常の勉学を助ける「ラーニング・アドバイザー」や「ファシリテーター」といった制度が導入されているが、こういう事も、どこの大学でも検討していくべきだ。

講義を分かり易くする為には、グラフィックスやビデオを駆使した教材の導入が望まれるが、教授や講師の要請に応えてこういうものを作りこむ機能も大学側で用意すべきだ。(この作業に学生を使えば、学生のトレーニングにもなるし、生活費の支援にもなる。)

大学の経営を圧迫しているものとしては、「人件費」と「不動産の維持費」が大きいと思われるが、これにも「大学間の連携」と「遠隔授業」が大きな効果をもたらすだろう。

「遠隔授業」方式が定着すれば、学生は、大半の授業は自宅、その他の色々な場所で受けられる事になるから、キャンパスの施設や管理要員は或る程度圧縮できる。使われない施設は、企業や地方公共団体、一般市民などに有償で貸与し、収入増の一助にする事を考えるべきだ。

教授や講師陣も「いつでもどこでも授業が出来、学生との接触も出来る」事になれば、時間管理が効率的に出来る。人気のある教授や講師に高収入を保証しながら、なお全体のコストを下げていく為には、ここまで考えるべきだ。

最後に、「外国人との交流」という事について述べたい。

今や経済のグローバリゼーションは避けて通れないので、外国語、特に英語に慣れ親しむ事は、「将来の為に学ぶ」全ての人々にとって必須であるといってよいが、その為の一番効率的な手段は、外国人との接触時間を増やすことだ。

大学における「外国人との交流」は、先生と学生の双方について言える事だ。つまり「日本で教える外国人」と「日本で学ぶ外国人」の双方を増やす必要がある。しかし、それは容易ではないから、先ずは外国の大学との提携関係を構築し、国境を越えた共通授業を増やすことから始めればよい。

日本国内での遠隔授業が定着すれば、国境を越えてこれを拡大するのはさして難しくはないだろう。アジア・太平洋諸国なら、地域衛星の回線が安価に確保出来ると思うし、インターネット回線はもともと国境を越えている。

コメント

  1. bobbob1978 より:

    既にご存じかも知れませんが、秋田にある「国際教養大学」は松本さんがこの記事で提案なさっている大学像にかなり一致していると思われます。
    研究機関としての価値がある大学は、現在日本に800校あまりあると言われている大学のうち1割に満たないでしょう。それ以外の大学は「国際教養大学」のように「教育」に特化した大学にシフトチェンジする以外生き残る道がないと思います。そのような教育に特化した大学では、専門学校では教えないようなグローバル社会を生きる上でのリベラルアーツに重点を置いた教育を施すことになるでしょう。この手の大学を運営する上で重要なことは、教員が「私は研究者・学者の端くれである」などと言う安いプライドは捨て、「私は教育者である」という誇りを持って教育の効率を重視したカリキュラムを実行することです。