福島第1原発の事故は依然として予断を許さない状況が続いている。史上最悪の原発事故といわれたチェルノブイリと同じレベル7であることを政府は発表した。むろん多数の死者を出したチェルノブイリと今回の”FUKUSHIMA”は、人々への健康被害という点では比べようもないのだが、それでも21世紀に日本という先進国で大量の放射能が放出されたという事実は重い。311以前は官民あげて日本の原発を世界に売りこむため、民主党の大臣も日本の原発のセールスマンとして世界を飛び回ろうとしていた。自民党も民主党も原子力を推進してきた。エネルギー安全保障の観点からも日本は原子力に頼らざるをえなかったのだ。今後は日本国政府の原子力政策もスロー・ダウンせざるを得ないと思われる。しかし今週末に行われた地方知事選を見ると、原発のある全ての県で原発廃止を訴える候補を退け現職知事がそろって当選した。日本の原子力は非常にきびしい局面に立たされているが、少なくとも可及的速やかに全ての原発を廃止するというような積極的な脱原発という方向にはいかないように思われる。すでに3分の1の電力を原発で担う日本にとって、それは経済的には自殺行為に他ならないからだ。それでは世界の原子力はどうなるのだろうか?
オバマ大統領は”FUKUSHIMA”後も、10年以内に石油の輸入量を3分の1に減らすため、再生可能エネルギーと共に原子力発電も積極的に推進していくことを発表している。アメリカ国民は、良くも悪くも国外の「事象」に感心が薄く、アメリカの原子力産業にとってはそれが幸いしたのかもしれない。80%の電力を原子力に頼るフランスも当然のように原子力政策に変更がないことを宣言している。今更変更しようがないからだ。そこで注目されるのは中国の動向だ。現在、世界に441基の原発があり、60基の原発が建設中である。そしてその60基のうち半分が中国だ。東芝-ウェスチングハウス社が開発した原子炉AP1000が中国の原発のフラグシップとして採用されている。AP1000は第3世代の軽水炉であり、125万kWの発電力を持つ。これ1基で65万人程度の都市の電力を全てまかなえる。Passive-Safetyデザインの採用により、あらゆる電源が消失しても、自動的に冷却水が循環するように設計されている。つまりこの最新の原子炉なら、福島の事故は起こらなかったのである。最新の軽水炉ははるかにパワフルで、かつ安全性が高まっているのだ。中国政府は今のところ明確なメッセージを発していないが、国民に日本の原発事故に対して中国には影響しないから冷静になるように繰り返しうったえていることから、中国政府としては原子力政策を”FUKUSHIMA”後も変えたくないという意思が見え隠れしている。
現実的に世界の電力に関する制約条件を考えると、世界の電力消費を補えるエネルギーはふたつしかないことがわかる。石油、石炭、ガスなどの化石燃料と原子力だ。太陽電池や風力のような再生可能エネルギーは依然として非常に非力であり、現状では補助金頼りで先が全く見えない。化石燃料はおそらく原子力よりは安いが、CO2などの温室効果ガスを排出し、窒素酸化物のような汚染物質を撒き散らす。WHOによると世界で大気汚染が原因で死亡する人は年間200万人以上である。汚染物質の半分は自動車の排ガスで、ついで石炭による火力発電などが続く。仮に世界の火力発電を原子力発電に切り替え、電気自動車にすれば100万人以上の人命が救われることになる。化石燃料は「今のところ」安価なエネルギー源だが、それはおびただしい数の命を犠牲にしているのである。いずれは枯渇し、中東などの地政学的に不安定な地域に遍在する化石燃料に依存することは、持続可能ではないだろう。
中国は第3世代の軽水炉を中心に原子力政策を進めようとしているが、アメリカの状況を見ると原子力の別の道が見えてくる。オバマ政権発足に伴いアメリカ合衆国エネルギー長官に就任したノーベル物理学賞受賞者のSteven Chuは、”Small-reactor”と呼ばれる小型の新しい原子炉を開発する研究プロジェクトに多額の研究助成金を与えている。これは巨大な施設が必要な旧来の原子炉ではなく、自動車と同じぐらいの大きさのコンパクトな原子炉である。福島原発の事故では、核燃料はあと数年間は冷やし続けなくてはいけない。逆にいえば、そういった熱をうまく利用すれば、コンパクトな原子炉が開発できる。たとえばビル・ゲーツは濃縮ウランではなく、劣化ウランを燃料とするSmall-reactorを開発するテラ・パワーというベンチャー企業に多額の投資をしている。他にもHyperioやNuSCALEといったベンチャー企業がこの分野で競争している。スリーマイルで苦境に立たされたアメリカの原子力産業は、水面下で着々と進化していたのだ。
60億人の人口を抱える地球が今後も経済成長していけば、明らかに地球環境がもたない。そして化石燃料の値段が高騰すれば、結局困るのは貧しい下の半分の人たちなのだ。ビル・ゲーツなどの慈善事業に積極的な世界のリーダーたちはこういった地球規模の問題を真剣に取り組んでおり、その有望な解決策が安価なSmall-reactorの大量生産なのである。途上国では必ずしも現在の軽水炉のような大型の原子力発電所を安全に運用できるわけではない。簡単に使えて、車を輸出するように、世界中に輸出できる原子炉が必要なのである。そして劣化ウランのような核燃料廃棄物で発電できれば、それこそ資源は無尽蔵に存在することになる。
最後に今後の世界のエネルギー政策に対して筆者なりの予測を示しておこう。”FUKUSHIMA”後、世界の原子力は縮小するのか? 筆者の答えは”YES”である。ただし縮小するのは原子力により作られる電力ではなく、原子炉のサイズだけだろう。
参考資料
Air quality and health, WHO
AP1000, Westinghouse
原子炉のイノベーション、池田信夫ブログ
「ゼロへのイノベーション」 ビル=ゲイツ、エネルギーについて語る。TED
TerraPower
Hyperion Power
NuSCALE Power
原発を擁護する、アゴラ
原子爆弾と原子力発電所の作り方、金融日記
風力発電の不都合な真実―風力発電は本当に環境に優しいのか? 武田恵世
コメント
> Passive-Safetyデザインの採用により、あらゆる電源が消失しても、自動的に冷却水が循環するように設計されている。つまりこの最新の原子炉なら、福島の事故は起こらなかったのである。
APWRについては経験もないのですが、この文章をよんで、 これはできないだろうとおもいました。 そこで、 すこしWeb検索をして次の資料をみつけました。
http://www.springer.com/cda/content/document/cda_downloaddocument/9781441971005-c1.pdf
この資料はたいへん詳しくて役にたちます。 この資料によると、Passive-Safetyデザインは炉内の冷却水が失われてから、 炉内を緊急に冷却水でひやすまでです。 それ以後は、 崩壊熱の作り出す蒸気でうごくSG-RCPで冷却水の注入がおこなわれます。 充分な蒸気がつくられなくなると、 ガスタービン発電機で駆動されるSIPで冷却水が注入されます。 熱くなった冷却水は、 RHRで冷やされます。
つまり、 福島第一原発のような条件では、 SIPもRHRも稼動させられないということです。
簡単なWebページでは、Passive-Safetyデザインだけを売り物にしていますが、 これは誇大広告です。
NuScale は破産すんぜんです。 出資者がねずみ講で70年の刑を求刑をされています。
http://www.oregonlive.com/business/index.ssf/2011/03/nuscale_power_still_seeking_re.html
テラ・パワーのサイトhttp://www.intellectualventures.com/OurInventions/TerraPower.aspx でTWRの原理は理解しました。 これは、高速増殖炉 + ロケットの火薬の燃焼過程 - 制御棒のようです。 まず問題になるのは制御なしで燃料が一定の速度で燃焼するかどうかです、 それから非常時の冷却はどうするかということです。
私には、 TWRは実用化するには高速増殖炉より複雑になるとおもいます。 つまり、これは悪い冗談だということです。
つぎのサイトに物理学者と実用的な観点からの批判があります。
http://www.physicsforums.com/showthread.php?t=301397
http://www.powermag.com/blog/index.php/2010/03/27/traveling-wave-reactors-wave-goodbye/
しかし、 この会社を始めた人達はえらいとおもいます。 ビル・ゲーツからの出資を受けていますし、 政府の補助金もたんまり受け取っているとおもいます。 これは、容易なことではありません。
日本では紛争国へは渡航禁止令が出されますが、アメリカ人の話では、今や日本は世界中の国から“渡航禁止”状態だそうです(知らぬは日本人ばかりなり)。311以前と以後では世界から見た日本の評価は180度変わってしまったのをキモに銘じるべきでしょう。もはや日本は世界にとって敬愛される国などではなく、世界の公共財である大気や海洋を放射能で汚し続けて止めることのできない無能で軽蔑され忌み嫌われる国になったのです。この汚名の悪化をせめて止めるためには、一刻も早く放射能の放出を止め、閉鎖系の中で封印し、半永久的に厳重に管理していくメドを立てるしかありません。汚名が返上できるのは、夢のまた夢のような話で“放射能除去装置”を発明して実際に除去し終えた後です。その前に世界で原発は(為政者の意向に反して)数十年単位でタブーになるでしょうから、化石燃料の争奪戦が勃発し、第三次世界大戦まで引き起こされかねず、その原因を作った日本は、原子力に代わる自然エネルギーによる効率的な発電法を開発し、それも特許権を放棄して世界に提供するしかありません。それくらいしないと誰も日本人を許してくれないと思います。これは各国民感情の問題なので、理詰めで行っても解決不能です。
藤沢さんのご指摘に同意します。単なる恐怖感によるヒステリーを抑えて冷静にエネルギーをどうやって調達するか、と言う命題を考えれば、当然の結論と思います。
残念な事に、一連の中東情勢の変化により、特にエジプトが不安定化する事により先鋭的で、不安定な民族感情から対イスラエル、あるいはイスラム内部の宗教的、経済的対立が激化する事で化石燃料の値段は不安定化の一途をたどるでしょう。
イラク、アフガンで懲りたUSAは、特に今回のリビアの例にあるようにアラブ域でのプレゼンスを意図的に低下させようとしているように見受けられます。USAに取って「脱アラブ=脱石油」が優先度が高い要に感じます。
ともあれ、これらアラブの石油破落戸王族やロシアのガスマフィアへの対応という観点でも原子力はあるバランスで欠かせません。
それに、ご指摘のような化石燃料の「実害」は実感しにくいのですが、確実に存在する事を考える事が必要ですよね。これら化石燃料の害(特にCO2)を懸念する人は、トータルのエネルギー調達についてどう考えているのか、疑問に感じます。
ちなみに、ビル・ゲーツのテラパワーですが、それよりずっと以前から、東京工業大学の関本教授がCANDLE炉という、テラパワーと同様の小型高効率で、安定な原子炉の開発を進めてらっしゃいます。関本教授はテラパワーに対しても技術コンサルティングを行っているようですね。
ただ、初期投資がかなり大きいのと、いわゆる既存発電における「規模の経済」が働かない状況を果たして一般市民が「平時に」受け入れるでしょうか。これは自然エネルギーでも同じことですが。いざ購入となると「高いのはいやだ、誰か今まで通りの値段で供給してよ」となるのでは。。小型炉の大量生産による「規模の経済」が働くような形に持っていくのはまだ数十年かかるのでは。
今の日本には、原発を管理運用する能力はないと思う。
これから先も難しいだろう。
たとえば、
太平洋戦争と福島第一原発事故処理を比較して次の点で、
なんら進歩していないと思う。
(11) 戦力の逐次投入
(12) 兵站の軽視
(13) 部分最適、局所合理性
他にも、
(21) 早い時期に本当の危険性を指摘すると、
バッシングを受けたり、担当を外されたりする。
(22) 後になって一部の当事者が、
「いや、私は本当はどういう状態なのか知ってましたよ。」
などしたり顔で言いだす。
追加して言うなら、
(明示的か否かわからないけど)監督官庁が想定水準を決めてしまって、
想定外のことを考慮することは封じられてしまっているようなのもダメだろ。
想像も含みますけど、
たとえば、
(31) 日本では、
今回の事故のようなとき使用できるロボット類の開発はお粗末な状態である。
なぜなら、「想定外の事故」のために付けられる予算はないから。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103310637.html
(32) たぶん、
継続的なstation blackoutかつ照明も通信手段も不十分な状態を想定して、
手動でベントを実施する手順書や訓練はなかったのだろうと思う。
仮に、今回の事故前に、
その必要性を感じた人がいて指摘したとしても、
「severe accidentは起きないように設計されている。
そんな手順書や訓練を準備したら設計不良を認めたことになってしまう。」
てなことになっただろう。
(↑会社勤めの少なくない数の方は同意できるんじゃないでしょうか?)
んーと、できない理由を列挙するだけでなく、このブログの内容をたたき台として、「ならこうすれば小型炉実現可能じゃない?」「こんな新しい代替案があります」的な頭のいい人の意見が見れるトコないかな?
もし、テロリストが稼働中の小型原子炉を手に入れて、「我々の要求を飲めないのなら、(自爆覚悟で)冷却水を抜くぞ」と脅したら、彼らの要求は全て通ってしまうでしょう。彼らを命がけで逮捕しに行って無傷で原子炉を奪還できる警官(兵士?)って、いると思いますか?世界に小型原子炉が普及する可能性は、人類からテロリストがゼロになるとういう可能性とほぼ等しい。ありえないと思います。