マンキュー マクロ経済学(第3版)Ⅰ 入門編
著者:N. グレゴリー・マンキュー
販売元:東洋経済新報社
(2011-04-08)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★★
世界の大学でもっとも多く使われているマンキューの教科書の最新版(原著7版)の訳本が出た。今回の改訂で重要なのは、動学マクロ理論の成果を紹介していることだ(その第14章は未刊の下巻だが)。
震災復興でも、国債を100兆円発行して日銀が引き受ければ日本経済はたちどころによみがえるといった話があるが、こういう「どマクロ」的な議論は、経済を長期的に制約する自然水準の概念を理解していない。特に今後の日本経済を考えるとき、成長率の上限となる自然産出量(潜在GDP)が大きく下がったことが深刻な問題である。
現代の動学マクロでは、通貨供給量そのものには意味がなく、金融調節はすべて金利で行なわれると考える。その際に参照される基準として重要なのが、ヴィクセルの自然利子率である。これは物価が変動しない(実物的な均衡の実現する)実質金利の水準で、これが非常に低い(場合によると負になっている)ために政策金利を下げてもきかないことが日本経済の成長をはばんでいる。
その原因は企業の資金需要が供給を下回っているためで、これを解決しない限り資金供給をいくら増やしても意味がない。自然利子率は財市場と労働市場で決まる実物的な変数なので、日銀がコントロールできないのだ。この点を誤解して、日銀が金をばらまけばGDPが無限に上がると信じているのがリフレ派である。
資金需要は将来についての見通し=アニマル・スピリッツで決まるが、それは何で決まるのだろうか? 本書では、アニマル・スピリッツを外生的な「需要ショック」と考えている。これはヴィクセル的な均衡理論で考えると当然だが、アニマル・スピリッツをどうやって引き上げるかという問題には答えていない。
本書は2008年の金融危機についても論じているが、これは動学的均衡理論では説明できない。そこでは経済は長期的な定常状態に収斂すると先験的に仮定しているので、均衡から外れて経済が暴走する現象は起こりえないからだ。この点ではケインズ理論のほうが不均衡を説明しやすいが、なぜその不均衡が縮まらないのかという問題には答えない。著者がかつて部分均衡モデルとして提唱した「メニューコスト」のような複数均衡の問題を一般均衡に取り入れる必要があろう。
本書もいうように、今回の金融危機は経済学に対する大きなチャレンジであり、これを説明できないマクロ理論には意味がない。まだ新しい理論への模索は始まったばかりだが、その出発点として本書の知識は不可欠である。特に政府が「景気対策」や「成長戦略」で経済をコントロールできると信じている政治家や官僚には、経済が持続可能な自然水準を超えて成長できないことを理解してほしい。
コメント
モラルハザートという点で、今回の原発事故は金融危機と似た面があります。
これも経済学に対する大きな挑戦でしょう。
こういう局面で新しい見解を出していかないと経済学の存在価値がでてきません。
モラルハザード後の流動性危機におけるオーバーシュートの問題だと思うんですけどね、両方とも。
だからできるだけ早く危機を終息させる必要がある。
資金需要は将来の見通し。。。
日本は原発事故が長期化すると悲観的な予測になりますね、、、かなり。
単純に、自然利子率≒潜在成長率という関係式を前提に考えてみる。、自然利子率は所与のものとしてあるわけではないので、何らかのモデル、もしくは何らかのフィルターをかけてモデルを推計しなければならない。
私が知る限りでは、米連銀のLaubachとWilliamsの研究があり、これを土台に日銀でもワーキングペーパーが発表されたと記憶している。その後の自然利子率の推計研究を詳しくフォローしているわけではないのだが、モデル選択やフィルターのかけかたによって随分誤差があったし、この程度の推計値で日銀が実際の金融政策を決定していくのはほとんどあり得ないことと考える。
実際、ヴィクセルも中央銀行の金融政策においては、自然利子率を推計するよりも、景気や物価の動向を睨んで決定すればよい、と言っている(それが、効果的かどうかは知らないが)。むしろ、われわれは名目利子率が下限近辺に張り付いているのを見て、自然利子率が負の値であると推測するのではなかろうか(実際にどうなのかは推計によるが、誤差の幅も大きい)。
つまり、自然利子率という概念は理論的、もしくは評論的にはある程度の有効性はあるのかもしれないが、実際の政策決定場面では今のところほとんど役に立たない。