「税収の見積もり」は財政・社会保障改革と経済成長のあり方を巡って重要な役割を担うが、最近、その見積もりが簡単であるかのような意見を時々伺う。確かに、消費税は経済動向に左右されない税収であり、所得税や法人税については、「好景気=税収増」「景気低迷=税収減」という傾向がある。しかし、通常の税収見積もりは極めて難しいのが現実である。
その理由のカギは、「税収弾性値」という概念が握る。税収弾性値とは、名目GDPが1%成長したときに、税収が何%増加するかを表す指標である。例えば、税収が1.2%増加するとき、税収弾性値は1.2であるという。このとき、税収弾性値εの定義から、以下の関係が成り立つ。
税収の伸び=ε×名目GDP成長率 ・・・(*)式
この(*)式において、もし税収弾性値εが安定的であるならば、原則として、「名目GDP成長率」と「税収の伸び」は同じ動きをするはずである。この確認のため、政府の公式データ(1975年度―2008年度)を利用して、名目GDP成長率と税収の伸びの推移をグラフ化してみたものが以下の図表1である。
まず、このグラフから読み取れることは、大雑把には、成長率と税収の伸びは似た動きをしているということである。しかし、バブル崩壊後の1990年度以降において、この構造は変化している可能性がある。
というのは、1990年度以前では、「税収の伸び>成長率」の傾向(つまり、税収弾性値>1)をもつ。だが、1990年度以降では、税収の伸びが成長率の周りで大きく乱高下し、「税収の伸び<成長率」となる期間が頻繁に表れているからである。
もちろん、バブル崩壊後には、1997年に本格化する金融危機の影響などもあるから、完全に構造が変化してしまったとは断定できないが、税収弾性値がかなり変動している可能性がある。
そこで、この様子をみるため、図表1のデータについて、横軸に「成長率」、縦軸に「税収の伸び」をプロットしたものが以下の図表2である。
図表2において、各プロット点と原点Oを結ぶ直線の「傾き」が税収弾性値εに相当する。もし傾きが1以上の値であるならば、経済成長のスピード以上で、税収が増加していることを意味する。逆に、傾きが1よりも小さい値であるならば、税収は経済成長のスピードよりも低い形でしか増加していないことを意味する。
また、図表2に描いた直線は、原点Oを通過するプロット点の回帰直線である。この直線の傾きは1.38であるから、税収弾性値εは1.38と結論づけることはできない。
というのは、回帰直線の説明力(R^2)は66%しかなく、この直線の周囲にプロット点がかなりバラついているからである。しかも、各プロット点と原点Oを結ぶ直線の傾きには、マイナスの値のものも多く存在する。これは、税収弾性値εがマイナスであることを意味する。
財務省の税収見積もりや内閣府のマクロ経済予測などでは、税収弾性値を1.1として推計することが多いが、現実には、税収弾性値εは不安定である可能性が高い(なお長期の税収弾性値は理論的に1である)。
さらに、実際は成長率の予測もなかなか難しい。このため、(*)式において、「税収の伸び」は「税収弾性値」と「名目GDP成長率」の積であるから、実務上、税収の見積もりは極めて難しい作業となるのである。
(一橋大学経済研究所准教授 小黒 一正)
コメント
東電の賠償をめぐってホットイシューになっている電力料金引き上げも同じですね。こちらは腰だめで決めてその後不足なら再度引き上げるなどということにならなければよいのですが。