「メルトダウン」は致命的な事故ではない

池田 信夫

私は以前から「メルトダウン」という言葉は曖昧なので使うべきではないと言ってきたが、どうやら最近は「燃料棒がすべて溶けて圧力容器の底に落ちること」という日本独自の定義ができたようだ。NHKの科学文化部も、そういう意味で使っている。和製英語としてはわからなくもないが、海外では通用しない。


東電が最近になって上の図のような解析結果を発表し、地震の翌日に炉内の温度が2800℃になっていたことがわかった。これを「隠蔽していた」などと騒いでいるメディアもあるが、これはデータを解析して初めてわかったことで、隠していたわけではない。むしろ私は、別の意味で驚いた。


ブログにも書いたように、炉心溶融=メルトダウン=圧力容器の破壊というのが、原子力業界の常識であり、燃料棒が2800℃にもなったら、鉄の融点(1500℃)をはるかに超えるので、圧力容器も溶かして核燃料が格納容器に漏れ出し、容器の底の水蒸気と反応して爆発し、高温の死の灰が上空に立ち昇る――というのが従来の想定だった。

おそらくこの2800℃というのは、冷却水の失われた部分だけの最高温度で、水のある部分はもっと低かったのだろう。この温度では被覆のジルコニウムも燃料ペレットも溶けるので底部に落ちたと思われるが、圧力容器の損傷は限定的だった。つまりメルトダウンで圧力容器は破壊されなかったのだ。

これは重要な発見である。今までの原発事故のシミュレーションでは、メルトダウンが致命的な事故だと想定したのだが、少なくとも冷却水が残っていれば圧力容器は破壊されないことがわかったのだから、軽水炉の安全性はかなり高まったことになる。1号機の状態はまだ不安定なので何が起こるかわからないが、すでに核燃料はかなり冷却されているので、チェルノブイリのような事故には発展しないだろう。

要するに、反原発派のいうようなハルマゲドンは起こらなかったのだ。大量の(低濃度の)放射性物質が放出されたので汚染は大きいが、人的被害は限定的だろう。原発の被害は、主として農産物などの経済的な損害だ。これは数百人が死ぬ航空機事故に比べても小規模な災害で、原発を特別扱いする理由はない。

もちろん事故が起こらないように万全を期すべきだが、原発の死亡率は長期を考えれば火力発電よりも小さい。飛行機が(移動距離あたりで)自動車より安全なのと同じである。経済性も無駄な再処理施設を捨てて埋蔵処理すれば改善するし、イノベーションの余地も大きい。当面、日本で原発の新規建設は不可能だろうが、長期的にはオプションとして残しておいたほうがいいと思う。

コメント

  1. dotcom07 より:

    放射性廃棄物に関して

    ガイア理論のラブロックが以前原発1年分の放射性廃棄物を自宅に保管すると公表。家族共に無害と主張。その方法論はおそらく分厚いコンクリート壁をかまして年間5ミリSvということかと。 http://bit.ly/l1f953 

    PS 今回の地震対策の有意義な情報を流せる様に心がけてます。

    http://togetter.com/id/dotcom07 http://twitter.com/dotcom07 http://www.facebook.com/dotcom07

  2. bobby2008 より:

    記事中の引用図は燃料温度を計算したコンピュータ・シミュレーションの図だと推測します。この図について素朴な疑問ですが、燃料温度の上昇はどうして摂氏2800度(セラミック化したウランが溶融する温度)で止まるのででしょうか?ウランの沸点は摂氏4131度のようですから、燃料ペレットが溶融する想定温度(摂氏2800度)で上昇停止するのは不自然に感じます。

    燃料ペレットの外側温度が1200度を越えると、炉心を構成する被覆管が溶けて、個々の燃料ペレットは重力により圧力容器の底へ落下します。圧力容器内の水位低下しても、底には最後まで水があります。そこで燃料の冷却が再開され、上昇速度は低下すると考えられます。しかし解析図では、燃料温度は単調に上昇しています。

    そこで、東電の解析ソフトは下記の問題があるのではないかと推測します。そう考える理由は、この解析ソフトの目的は、メルトダウンしない条件を考える為のものであり、非常事態の解析は仕様外なのでしょう。

    1)解析プログラムの目的はメルトダウン温度までの解析なので、それ以降の温度上昇を計算するようになっていない。故に2800度で上昇が止まっている。

    2)解析プログラムの計算を容易にする為に、被覆管が溶けても燃料ペレットは落下せず、元の位置に留まる前提条件になっている。故に燃料温度は単調かつ急速の上昇している。

  3. http://www.hatena.ne.jp/infobloga/ より:

    これは報道を見ながら思っていたことで、
    たしかに、おっしゃっている通りである可能性もあると思います。
    一方、以下で指摘されているような可能性もあります。

    http://nixediary.exblog.jp/12595032/ (小出裕章氏に対するインタビューの書き起こし)
    http://news24.jp/articles/2011/05/17/07182840.html (共同通信)
    http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110516ddm002040073000c.html (毎日新聞)

    どちらが正しいか断定する知識も情報もありませんが、
    素人である私としては、
    予断を持たずに判断しようと思っています。

    ちなみに、信頼性はもうワンランク下がると思われる情報ですが、
    以下のような可能性もゼロとは言えません。
    かりに、これが正しかった場合は、事故の評価そのものを大きく変更しないといけなくなるでしょう。

    http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011051401000953.html  (共同通信)
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/4496 (講談社)

  4. akagitune より:

    (財)原子力安全技術センターの原子力防災基礎用語集(文部科学省委託)では、「炉心融解」について、
     「かなりの部分の燃料集合体または炉心構造物が溶融すること」
    http://www.bousai.ne.jp/vis/bousai_kensyu/glossary/ro03.html
    と定義しており、
     「燃料棒がすべて溶けて圧力容器の底に落ちること」
    はこの定義に含まれると思います。
     なので、炉心融解=メルトダウンならば、最近、日本独自の定義ができたわけというわけではなさそうです。

    また、
     「つまり、メルトダウンで圧力容器は破壊されなかったのだ。」
    の行では、「メルトダウン」をブログで示されている「meltdown」の定義
      1~4. 略
      5.溶融した核燃料が圧力容器を溶かして格納容器に漏れ出し
      6.水蒸気爆発を起こして格納容器も破壊し、大量の死の灰が周辺に降り注ぐ
    ではなく、記事の最初で非難している
     「燃料棒がすべて溶けて圧力容器の底に落ちること」
    の定義で使っていると思われます。

     今回の記事とブログをあわせて読んでいて、池田先生の「メルトダウン」の使い方に混乱しました。まさに「『メルトダウン』という言葉は曖昧なので使うべきではない」を地でいく記事になってしまっているように思われます。

  5. ksmo2011 より:

    もし、2800度まで温度が上がっていないとすると、と言うより、ジルコニウムが先に溶けてしまえば、耐熱2800度のペレットは溶けるはずがありません。何故なら、ペレットが溶ける前に、被覆管が溶け落ちてペレットがバラバラになって炉底に落ちてしまうからです。ばらばらとペレットが落ちても、水蒸気爆発にならない確率は高くなりますね。
    2800度という温度が実測値なのか、推測値なのかによって状況は大きく変わりますが、構造を考えても、2800度まで温度が上がったとは考えにくい。
    被覆管は溶けたかもしれないが、ペレットは溶融していないのでは無いでしょうか。
    つまり、この状況では、メルトダウンとは呼べない。

  6. ganz007jp より:

    確かに今回の事故からしっかり学ぶという姿勢は必要だと思います。
     そしてこれだけ対応が後手に回っても大きな被害が出ていないという時点で、原発の選択肢を捨てるべきではないというのは正論だと思います。

     と同時に大災害発生から混乱の中、6時間以内に手を打たなければ2800度に到達する原料であるということがわかりました。
     これは日本のノロマな危機管理の下では、防ぎようがないとも言えます。阪神大震災の時も、東日本大震災の時も6時間の間に政府が迅速なる意思決定をしたことなんてないのですから。
     つまりこの国で原発を扱えるかどうかというのは技術的問題よりも危機管理の問題の方が大きいのかもしれません。

  7. mimizuiro より:

    >原発の死亡率は長期を考えれば火力発電よりも小さい。

    「日本において」、火力発電所による被害ってどれだけのものなのだろうか。
    もし一般人を相手に説明するのなら、その辺のデータもちゃんと示せないのなら、説得力も全くなくただの洗脳になると思う。

    おそらく火力発電所の大気汚染やその健康被害は、発電所の構造や設備によっても違うとおもう。
    「日本の」火力発電所はそんなに有害な物質を大量にまき散らしていて、健康被害も出ているのだろうか。

    有害物質などによる健康被害は、実際分かりにくいところもあるだろうし、因果関係が明確でないとして黙殺される側面もあると思う。
    原発周辺では癌や白血病にかかる可能性が高いというデータがあっても、それが本当に原発のせいか分からないということで、無視されたりもするし。
    でも、理屈を生きている人はそれで良くても、実際に現実を生きている人間たちからすると、そんな状況は看過出来ないだろう。
    これが、国民が安易に知識人とやらや政治家やメディアなどの言葉を鵜呑みにしない理由の一つでもあるだろうな。
    今回「直ちに」健康被害を及ぼすことはないという言葉をよく耳にしたが、では長期的にはどうなのか?
    個人的には、簡単に政治家や知識人の詭弁に騙されなかった国民を賞賛したい。

    またもちろん死亡者数でのみ安全性を比較することはおかしいと思うし、すべきではないと思う。
    今回の原発事故で避難や屋内退避しなければならない人はたくさん生まれた。
    それは安全性に問題が生じたからだろう。
    では火力発電では、このような大規模な避難を必要とするほどの事故は日本で起きたのだろうか?
    また今回の事故においても、事故がなくても原発内で作業する人たちに健康リスクが生じる事はどうするのか。

    本当に原発のほうが火力よりも、国民に悪影響を与える可能性が低いと言えるのか疑問だ。

  8. h_tsuji2011 より:

    ピンポイントで人権侵害する原発と
    広くリスクを分散する火力発電は数字で割り切れない部分がある。

    誰に被爆を承知で作業させるのか?どこに汚染リスクを承知で原発を建設するのか?というピンポイントでの人権侵害は近代国家が否定し続けてきた歴史があり逆戻りすることは無いでしょう。

    もしこれが許されるのなら、戦争だって決闘(戦死者1名or2名)で解決できてしまいます。

  9. kamokaneyoshi より:

    今まで東電や政府の発表に何度振り回されただろうか。今回の発表についてもあまり信用しない方がいい。 bobby2008氏が指摘しているように、燃料棒の温度が摂氏2,800度に達したということは信じがたい。1,200度を越えたところで圧力容器の底へ落下しその後で2,800度に達したとすれば、正にチャイナシンドロームが発生し、大惨事になったであろう。現実にはチャイナシンドロームは発生しなかったので、燃料ペレットが溶融することには至らなかったのではないだろうか。燃料ペレット(酸化ウラン)はセラミックスでしかも運転中に大量の中性子を浴びているので、ちょっとした衝撃により粉々に砕けるであろう。温度によっては酸化ウランと融けたジルカロイ(燃料棒の鞘の主成分)が反応するが、圧力容器の底に水が残っていたとすれば、酸化ウランの粉末と固まったジルカロイとは分離して残されている可能性が高い。

    今回の事故の真相が明らかになる前に原子力発電の是非を議論することは止した方がいい。繰り返しになるが、現時点での情報を鵜呑みにすべきでない。