千年王国主義の功罪 - 『ユートピア政治の終焉』

池田 信夫

ユートピア政治の終焉――グローバル・デモクラシーという神話ユートピア政治の終焉――グローバル・デモクラシーという神話
著者:ジョン・グレイ
販売元:岩波書店
(2011-03-30)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★☆


日本の政治は末期症状だ。こんな状態があと数年続くと、1930年代の「青年将校」のような人々が出てくるかもしれない。そのとき彼らの掲げる聖典は北一輝でもマルクスでもなく、ハイエクとフリードマンだろう。世界を根本的に変える教義としてもっとも強力なのは、こうした千年王国主義であり、その中でもっとも成功したのがキリスト教である。

歴史はつねに進歩し、近代文明が「部族社会」を破壊し、人々をグローバルな自由人にする――という点で、マルクスとハイエクは驚くほど似ている。著者は若いころ保守主義の研究者として知られ、彼の“Hayek on Liberty”は、ハイエクが「私についてのもっとも正確な解説書」と太鼓判を押した。

しかし著者はその後、正統的な保守主義を離れ、アル・カイダなどの非西洋的な価値観を研究して、グローバル化は西洋文明の自民族中心主義だと批判するようになった。これは晩年のハイエクも意識していた問題で、法の支配のもとで自立した個人が自由に行動するというシステムは、地理的にも歴史的にもきわめて限定された条件でしか成り立たない。

そういう特殊なシステムを支えているのは、超越的な価値(国家や法)に個人が服従する正統性である。その源泉はキリスト教であり、さらにいえば人口が流動的な社会に生まれやすい千年王国的なユートピアなのだ。この点ではマルクス以来の社会主義もハイエクの自由主義もキリスト教の正統的な後継者であり、千年王国主義という点ではイスラムと同じである。

こうした単線的な進歩主義がもっとも強いのがアメリカである。特にブッシュ政権に強い影響を与えたネオコン(新保守主義)は、キリスト教的な価値観を世界に普遍的なものと考え、イスラム文化圏を武力で「改宗」させようとした。もちろんそれは失敗し、かえってブッシュ政権の「オリエンタリズム」が批判される結果になったのだが、こうした思想は西洋文明圏に根強く残っている。

著者はこうした自民族中心主義を強く批判し、非西洋的な価値観と共存する「リアリズム」をめざそうというのだが、その中身は明らかではない。西洋的なユートピア思想が危険をはらんでいることは確かだが、著者の指摘するようにバーク的な保守主義も「伝統」を特権化する形而上学だ。マルクスはもちろん、晩年のハイエクもユートピア的な制度改革の必要な局面があることを認めていた。

本書の警告する西洋的な「過剰決定」とは逆に、日本の直面している危機は、余りにも何も決まらないことだから、むしろユートピア的な突破力が必要なのではないか。「革命」の行き過ぎもよくないが、あの小泉政権でさえ5年以上かかってごくわずかの改革しかできなかったのだから、今はあまり行き過ぎを心配する必要はないだろう。