財務省が20日発表した5月の貿易統計(速報、通関ベース)では、貿易赤字が大幅に拡大した。輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は8537億円の赤字で、赤字幅は4月の4648億円から大幅に拡大した。3月11日に起こった東日本大震災以降、サプライチェーンが寸断され貿易赤字が続いていたが、新たに定期点検中の原発が再稼働できないという政治問題が発生し、化石燃料の追加購入を余儀なくされつつある。
出所: 財務省のウェブ・サイトより筆者作成
筆者は、必ずしも経常黒字、また、貿易黒字が国の競争力を示すとは考えていない。海外に大きな資産を持ち、そこからの金利や配当の受け取りで所得収支が黒字になり、世界中からモノやサービスを購入して貿易・サービス収支が赤字になる、というような状況では、国民は多くの余暇を楽しみ、非常に豊かな暮らしをしていることだろう。また、経常収支(貿易・サービス収支と所得収支を足したもの)と資本収支を足すと定義からゼロになり、アメリカのように経常収支が赤字であっても、それは世界から投資資金が流れこんできていることの裏返しであるにすぎない場合もある。
しかし現在の日本の貿易赤字、そして将来的には所得収支の黒字を食いつぶし経常収支も赤字になる可能性があるが、これらは明確に悪い貿易赤字、悪い経常赤字だといえる。福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故以来、日本中に原発アレルギーが蔓延している。ここで本来の政治の役割は、国民の過剰反応や、事実に基づかない誤解を解き、日本の長期的な利益に沿うように国民にていねいに説明し、不安を取り除くことだと思われるが、ポピュリズムしか行動指針のない多くの政治家が、やはり国民不安をセンセーショナルに煽ることを商売としている二流メディアに乗っかってしまった。そして菅直人首相による突然の超法規的な浜岡原発停止要請により、日本中の原発が再稼働できない状況に追いこまれた。その結果、原発を火力発電で代替するために年間数兆円の化石燃料の追加購入を余儀なくされている。
原発の安全性を数兆円で買っていると思えば、これは悪い貿易赤字ではない、という可能性もゼロではない。しかしすでに多くの識者に指摘されているように、福島第一原子力発電所の水素爆発は一時的に保管されているだけのはずの原子炉建屋内の使用済み核燃料プールで起こっている。今後の徹底的な調査が待たれるが、格納容器に厳重に覆われている原子炉内の核燃料よりも、むしろ日本中の原子炉建屋内に大量に保管されている使用済み核燃料の方が、より危険だと考えるべきだろう。だとするならば、菅直人の浜岡原発停止も、全国の定期点検中の原発が再稼働できないことも、安全性というよりは政治的パフォーマンスとしての色彩が非常に強いといえる。
電気を産まない原発のランニング・コストを垂れ流し、中東地域から追加的に化石燃料を購入し続けることは、日本国民の富を中東に垂れ流していることに他ならない。さらに現状はそれよりも悪い。化石燃料に追加的にお金を払うだけで電気が買えるならまだいい方で、今年の夏は全国的に電力が足らなくなる可能性がある。現在の日本の製造業は電力制約により満足に生産ができないのだ。
全国的な原発の停止による化石燃料の追加購入(輸入増加)と電力不安による製造業の生産低下(輸出減少)により、日本の貿易赤字は恒常化するだろう。そして所得収支の黒字も食いつぶし、経常収支も赤字にする可能性がある。これは中東地域などの化石燃料の産出国に日本国民の富を流出させているだけなのである。東日本大震災は、津波や地震、そして原発事故の放射能漏れによる直接の被害よりも、質の低いメディア、ポピュリズムに堕する政治家による人災の方が、はるかに大きなダメージを日本経済に与えようとしている。
参考資料
ニュークリア・ショックが関西経済圏を襲う、金融日記
こんな状況でソーラーに莫大な補助金を注ぎ込んでいる場合か! アゴラ
今、優良企業が日本から出ていくべきみっつの理由、アゴラ