原発の国有化

池田 信夫

富賀見さんの記事は、私の主張に対するコメントのようなので、簡単に答えておきます。


論点1は、意味不明です。クリプキの例は公理系についてのパラドックスで、原発事故のような物理的な確率とは関係ない。論点2で富賀見さんがいいたいのは、大地震が確率分布の与えられたリスクではなく、確率の不明な不確実性だということでしょう。これについては、3月19日の記事で書きました。

たしかに原発事故はブラックスワンであり、正規分布に従わないので期待値や分散を取るのは無意味です。このような非常にまれで大きな事故にどう対処するかについては、定説はありませんが、一つの考え方はmin-maxつまり最悪の場合の被害を最小にするということです。これに従うと、炉心溶融が起きた場合の被害を最小化するように設計することが望ましいということになります。

今回の地震と津波は、おそらく今後まず考えられないぐらいの苛酷な条件ですが、原子炉は緊急停止して燃料は圧力容器の中に封じ込められ、致死量の放射線を浴びた人は出ていない。水や土の汚染は大した問題ではなく、危険なのは大気中への放射性物質の放出ですが、これはすでに止まっています。炉内の冷却に数年かかりますが、これは発電所内の問題で健康リスクはない。

これが最悪の事故だとすると、その被害は主として経済的なものです。8兆円とも10兆円ともいわれますが、そのほとんどは農産物などの風評被害で、安全性というより人々の「安心」のコストです。原発事故で恐れられていた数万人が死亡する事故は起こらなかった。この程度ですむとすれば、保険でヘッジできるリスクです。

ただ問題は、このような大きなリスクを引き受ける保険会社がないことです。だから原賠法を改正して政府が無限責任を負うことを明記するか、原発そのものを政府が買収することが考えられます。これは大前研一氏も提案しており、検討に値するでしょう。

日本で民間ベースで原発を新設することは、少なくとも向こう10年は不可能でしょうが、それは大した問題ではなく、これから建てるならガスタービンのほうが安い。ただ現在、運転されている原発のリスクを電力会社が負えるのかという問題があります。原発のリスクのほとんどは政治的な問題なので、民間企業が管理するのはむずかしい。すべての原発を政府が買収して国有化することは合理性があります。おそらくそれが今後も原発を継続させる唯一の道でしょう。