日本は電力の「地産地消」を飛び越して一気に「個産個消」を目指せ - 山田 高明

アゴラ編集部

日進月歩の技術革新を勘案しないと、エネルギー論議ほど陳腐化し易いものはない。

今年3月、一つの技術的なブレイクスルーがあった。住友電工の開発した「溶融塩電解液電池」がそれだ。同社の発表では1kWhあたりの価格が約2万円、容積はリチウムイオン電池の半分だ。これを搭載すれば三菱アイミーブ(電地容量16kWh)や日産リーフ(同24kWh)は、たちまち軽自動車並みの値段になる。50kWh電池を搭載すれば「走行距離の短さ」の欠点もほぼ克服できよう。この蓄電池が市場投入されれば、今後、EVは石油価格高騰の追い風を受けて急速に普及していくだろう。

それだけではない。高性能・廉価な二次電池の登場は、発電端と需要端(家庭や企業)での電力貯蔵を容易にする。家庭用だと10kWhもあれば十分だ。現在、住宅の太陽光発電システムで問題なのは、天候次第の「気まぐれ発電」であり、需給一致が不可能なことだ。だから荒天時や日没以降は電力会社からの給電に頼らざるをえない。


ところが、蓄電が容易になると、発電量が消費量に届く限り、電気を自給自足できる。つまり、単純に「深夜電力を貯めて昼間に使う」といった差額目当て以外に、グリッド離脱の手段としても使えるのだ。では発電量が少なくて届かない、あるいはそもそも太陽光・風力発電機を自宅に設置できなければ、結局は電力会社に頼る他ないのだろうか。

ここで登場するのが燃料電池である。これは太陽光などとは違って、ガスの供給次第で発電をコントロールできる電源だ。今年4月に発売された「第二世代エネファーム」は燃料電池と貯湯ユニットが一体化し、高さ約188cm、幅約107cm、奥行48cmと、家庭用の冷蔵庫くらいのサイズになった。性能は発電が0・75kW、熱出力が0・94kWで、家庭の年間消費電力の約半分を賄える。燃料電池ユニットだけなら幅が約32cmなので着替え用ロッカーとほぼ同じだ。これなら集合住宅、しかもワンルームマンションの専有スペースにも十分収納可能である。

私が東京ガスの社長ならば、エネファームの姉妹機種として、燃料電池と排熱利用発電を組み合わせた「発電専用機」を開発するだろう。電池部分で発生した高温排熱でお湯を作るのではなく、小型ガスタービンやスターリングエンジン等を動かすのだ。ただし、排熱をお湯製造にも切り替え可能とすることで、貯湯ユニットを省きつつも給湯需要には即応できるようにする。いわば、瞬間湯沸し機能付きの「燃料電池複合発電機」というわけだ。2kWの出力があれば、一日五時間の稼動で一般家庭の電力需要が賄える。

これに家庭用の「溶融塩電解液電池」を組み合わせるとどうなるか。マンションの部屋レベルで、電気の自給自足が可能になる。使用電力は二次電池からの出力に依拠し、その残量がイエローゾーンに入ると自動的に発電機が動いて蓄電するようにすればよい。これは電力会社がやっている仕事を自宅でしているに等しい。いや、発電効率は8割に達し、送電ロスもないから、電力会社よりも優れているかもしれない。

グリッド離脱の点だけを考えると、家庭用の太陽光パネルや風車は必ずしも必要ない。ただ、これらの電力もできるだけミックスし、できればメイン化して、ガスに頼る燃料電池発電機をバックアップとしたほうが、資源の有効利用には繋がる。故障など万一の事態を考えると、電源が複数あったほうが、自立に際して心強いのも確かだ。

09年に日本ガイシが発表したSOFC(個体酸化物型燃料電池)は、発電効率が世界最高の63%である。触媒をはじめとする電池材料はどんどん安価なものが登場している。この燃料電池とマイクロガスタービンとの複合発電は実現済みだ。ガスタービン発電機とコージェネ技術により、大工場や高層ビルなどの大口需要家から中小ビルやスーパーマーケットなどの中規模需要家までは、すでに常用自家発電が可能になっている。これらもシステムの先頭に燃料電池を据え、以下、コンバインドサイクル発電を行うトリプル発電機へと進化していけば、エネルギー利用効率は9割に届くだろう。

つまり、技術革新により、今やガス管さえあれば、大口から単身世帯レベルまでが自家発電可能なのだ。安価な蓄電池の登場で、需給一致も可能だ。しかも、「素人」のほうがエネルギーの利用効率で電力会社の上を行けるのである。ならば、彼らを介さないほうが一次エネルギーの有効利用にも繋がる。あとは経済的条件さえ整えば、日本は電力の「地産地消」を突き抜け「個産個消」社会へと到達できる。全需要家が電源自立するということは、電力会社と発電所のほか、送電線・変電所・配電網などの中間電気設備も不要になるということだ。街中から電柱と電線が消えるのである。

問題は、大口需要家のレベルでは達成できている自家発電の経済合理性を、いかに一般家庭まで引き下げていくかである。政府は補助金よりも電気事業法や建築基準法などの規制緩和に徹するべきだ。すると、数十兆円という「個産個消」市場が誕生する。そのパイをめぐって、民間の凄まじい競争と創意工夫がいかんなく発揮されよう。仮に家庭用システムの価格が100万円にまで下がり、耐用年数20年に届けば、今の電気代が半分になったことを意味し、一気に普及が進むだろう。

問題はガスの供給だ。今年6月、国際エネルギー機関は「可採埋蔵量は250年超」と記した特別レポートを発表した。これにはその数十倍の資源量と言われる海底のメタンハイドレードは含んでいない。しかも、未来の巨大ガス田は大都市にも存在している。筑波大学の渡邉信教授の発見した石油生成菌オーランチオキトリウムは有機物をエサとするため、下水処理場が理想的な培養環境だ。石油ガスはそのまま使えるし、藻類の遺伝子を組み替えれば化学式上の親戚である天然ガスの生産も可能になる。

われわれが迎えることになるのは、電力会社そのものがない未来かもしれない。

(山田高明 フリーライター)