円高を国益にできない日本人 - 伊東 良平

アゴラ編集部

2009年のリーマンショックにより、アメリカの凋落が始まり世界経済の地図が塗り替えられるという論調が目立つが、統計で見る限りそのような意見は必ずしも的を射ていないようだ。米国の名目GDPの推移をみると、2009年に「つまづき」が見られるものの、2010年にはある種「V字回復」を果たしており、長期での経済成長の趨勢に何ら変わりはないことが分かる。

■アジア主要国と米国の名目GDP推移 単位:10億 USドル

IMF – World Economic Outlook (2011年4月版)


日本についても、USドルベースでみれば実は2007年以降も顕著に名目成長を続けており、2008年のサブプライムローン問題発生以降の日本の不況は、円高による国内物価の相対的な上昇による、円ベースの付加価値の減少によるものであることが分かる。1人当りのGDPも2007年から急成長しており、日本経済の「弱さ」は、円高を国益にできない日本国内の経済構造と世界戦略の欠如にあるということができる。

GDP総額では2009年に中国が日本を抜いて世界第2位の経済大国になっているが、1人当たりのGDPでみればタイと同水準であり、成長ペースについてもタイと同程度である。特段中国が急成長したわけではない。中国の経済成長は、人口大国の中国がアジアの他の新興国と同じペースで経済成長しているだけの結果であり、特段中国の力が強いわけではないことが分かる。人口大国であるがために軍事力やオリンピックのメダル数などで他国に脅威を感じさせるが、中国経済がとりわけ他国より強いわけではないことが、統計からみてとれる。

むしろ特筆すべきは、シンガポールの急成長である。シンガポールは人口520万人の小国(都市国家)であるが、1人当りのGDPは2000年から伸び続け、2006年に日本を抜き、2011年には米国に追いつきアジアトップになった。

■アジア主要国と米国の1人当り名目GDP推移 単位:USドル/人

IMF – World Economic Outlook (2011年4月版)

■アジア主要国と米国の人口推移 単位:100万人

IMF – World Economic Outlook (2011年4月版)

■アジア主要国と米国の人口変化推移 1986年を100

IMF – World Economic Outlook (2011年4月版)

この理由として考えられるのが、外国からの人材受け入れによる人口規模拡大である。1986年を100とした人口の変化率をみると、他国に類を見ないペースで人口が増加している。約30年で倍増するペースであり、自然増でないことは明らかだ。高所得の外国人を積極的に居住者として受け入れ、それにより1人当りGDPを高めるという「移民戦略」があり、外国人の受け入れにより消費拡大と国内の資産価値向上につなげるという国家戦略をもっていることが分かる。シンガポール自体が移民の建国した国家であり、外国からの移住者に対する社会的な拒絶感や差別意識が低い。都市国家としての「成長戦略」が垣間見える。

購買力平価ベースの1人当り名目GDPを見ると、香港とシンガポールが連動して伸びており、2003年頃から日本などの他のアジア諸国を大きく引き離している。購買力平価ベースでのGDPが伸びているということは、生活実感としての豊かさ(平均で見る限り)を実感しているということであり、外貨ベースの所得の向上がもたらされたとき、輸入物価の相対的な下落などを通じて、豊かな暮らしを国民(市民)が享受していることを意味する。

1人当り名目GDPを購買力平価で比較すれば、日本のそれは既に台湾のそれを下回っており、韓国のそれも日本に迫っている。日本は物価水準の高さをコントロールする手段を失っており、相対的な「豊かさ」を感じられない国であると言える。ある意味、デフレが進み切っていないことが、生活の豊かさを実感できない理由かもしれない。

■アジア主要国と米国の購買力平価ベース1人当りGDP推移 単位:USドル/人

IMF – World Economic Outlook (2011年4月版)
 
要するに、日本が円高に「苦しんでいる」のは、自国通貨高を国益にできない、ものづくり偏重の経済構造が原因である。外国から原料とエネルギーを輸入し、製品を作って外国に売る。売った代金は自国通貨に変え、ブランド品など以外は国内の消費と資産に振り向ける。外国から積極的に良いモノやサービスを買おうとしない。この構造を持ち続けている限り、日本人は幸せになれない。

自国通貨を増やして円安にしても、自国のストックが割安になって、バブルが再燃するだけだ。一時的に景気が良くなったように感じられるが、結局将来の見通しが過大評価されていることに気づけばディスバブル(資産デフレを伴う景気後退)が起こる。これを繰り返しても日本人は幸せにならないだろう。

少子高齢化を進む日本が目指すべきは、「ものづくり大国」から脱皮し「知恵づくり大国」になることだ。人口と国土の規模から判断して、日本は中国と競争しても勝てる訳がない。日本が目標とすべきは、藤沢数希さんが4月29日の記事で挙げられた上位の国々(シンガポール、香港、ノルウェー、スイスなど)である。

円高で暗くなるのはもうやめよう。自分の貯金と給料が外貨ベースで上昇しているのだ。それを幸せに思ってもよいではないか。経済の素人の戯言かもしれないが、発想の転換が必要ではないだろうか。
(伊東 良平 不動産鑑定士)