野田新政権 柔道一直線ならぬ増税一直線 - 松田 宗幸

アゴラ編集部

民主党の代表選挙が行われ、野田佳彦財務相が民主党の代表に選ばれ新内閣が発足した。目玉人事では安住淳民主党前国対委員長が決定した。財務相人事は債券市場では財政政策、為替市場では介入政策に注目しているが、安住氏には過去そうした政策について発言履歴がほとんどない。


財務相から首相となる流れを常識的に考えれば、新首相が財務相を任命するとすれば己の信じる政策を反故にするような人を任命せず、現状踏襲か否かを質疑応答確認して任命する。安住氏は特にアクの強い人柄ではなく、霞が関と対立することはないと思われる。いいかえれば財務省の意向が通りやすいタイプともいえる。

野田政権は財務省の傀儡政権ともマスコミに揶揄されており、かいつまめば基本路線としての増税には反対しない人を選んだということになる。しかし市場で懸念されるのは閣僚経験がなく財政分野に通じているわけでもなく、為替介入などに不慣れゆえ不用意発言をし相場が振れるエラーリスクや、野党に揚げ足を取られ政治と市場が相互混乱するポリティカルリスクであろう。

野田氏は財務相時代、財政金融委員会などで財政再建とデフレ脱却のどちらを優先するべきかという質問に対しては「両方大事である」といつも答弁していた。学業で教わるデフレは物価が下がり、経済再生産を困難にする現象である。物価が下がることで可処分所得が増え、生活費が浮き財布にうれしい一面もある。

しかし実業の流れでは、実体経済とは物々交換ではなく、現金取引であり、多くは信用取引で成り立っている。信用取引の流れとは借入を起こし、その資金で、設備投資や物や車や家を買う、企業活動や消費行動を行う。ところがデフレで物価が下がれば売上が下がり、経済規模が縮小していくことになる。縮小すれば給料も下がり、生活費も下げざるを得ない。

借入額面は同じだとしても、売上が下がり、給料が下がれば返済能力もそれに比例し弱まる。相対的に債務の金額が収入に対して膨らむということになる。債務返済が不可能になれば、企業は経済活動が出来なくなる。経済は縮小し、給料が減ることによって消費は総体的に減少してくる。

もしそのタイミングで増税をすれば、デフレにとっては追い風で、ますますデフレはスパイラル加速することなる。景況判断指数に改善は見えてきたものの、現在の市場そのものが世界同時不安定な状態では、日本の基礎体力が歯止めのかからない減少状況に陥る可能性は高い。その状態では、国家の財政再建も、国債という国民からの借入を返還しようにも、成長のないデフレ経済下では、企業や世帯同様、税収が減る悪いモデルケースとなり債務履行が困難な状況に陥る。

財務省が基本政策とする、財政再建の為の増税とは、民間に残るお金が無くなるという事に直結であり、大不況が日本国全体のマクロで加速してしまう。抜本的にデフレを止めるという危機をピンポイントで解決しなければ、国家債務の返済は出来ない。

野田氏出身母体の松下政経塾は、松下電器創業者の松下幸之助氏が主催する政治家養成機関であり、販売研修や工場研修などの実業をカリキュラムでやるという。しかしながら、あくまでそれは研修レベルの学業に過ぎず、実際の民間企業経験のない野田氏が、財務相時代に施策と成果という、ミクロとマクロの相乗的観点を経験の肌実感で理解しているとは思えない。

円高になると、マスコミは野田財務相にコメントを求めたが、コメントは決まって「注視する」だった。一度だけ介入をしたが、効果は2、3日に過ぎず、結局、介入分為替差損が発生し、元の木阿弥で国民負担として残った。かつて覆面介入とよばれた、西側諸国だけで世界経済圏を構築していた時代ならまだしも、巨大化したBRICS市場を含むグローバル経済下では、一時的スケールの介入では市場の大波に網羅される。効果的だと判断し事前宣言まで実施して介入したスケール感と行動に、歴代名財務相と比較しその考察力には大いなる疑念は残る。

野田氏は、高校時代に柔道部だったという。「柔道一直線」ならぬ「増税一直線」の様相であるが、新内閣発足直後に実施された世論調査では、いずれも内閣支持率はご祝儀もあり60%前後と高い。また、東日本大震災の復興増税に関しても、賛成派はほぼ半数に上った。

復興増税では新聞各紙が賛成し、そうした新聞を読む人を対象にすれば、増税賛成が多いのも理解できるものの、新聞では増税以外の財源を示さずに調査している事が賛成票を多くする。

野田氏は総裁選において柔道部では寝技が嫌いだったと演説した。柔道史上最強の選手は誰もが知っている山下泰裕氏だが、柔道史上最強の寝技師もまた山下泰裕氏である。東海大学の後輩で現役世界王者時代の井上康生氏は、当時既に現役を退いていた山下泰裕氏に寝技で全く歯がたたなかった。

203連勝、対外国人生涯無敗の大記録は、切磋琢磨という鍛錬で身につける寝技のトドメ術あってのものであり、寝技こそは絶対統制という緻密な戦略の武道である。柔道部で寝技が嫌いだった野田氏は学生時代「柔の道」を理解せず「柔ごっこ」をしていたに過ぎない。今後も財務省が主導し日本再生の道を作っていけば無為無策の「政ごっこ」となる。

政権誕生直後の9月第1週末、NYダウは$253の大幅下落を見せた。その日は仏、独、英も午前から下げ一辺倒で終焉。現在の世界市場はボラティリティーが高く、テールリスクが極めて高い状態にある。今後数年間はこうした乱気流が続くイメージも否めない。財政問題と雇用問題の引取先がなく、追加緩和や提訴などの対症療法では、もはや以前の「常識」の世界に戻れない。世界は「ニューノーマル」時代に突入してきているのだ。

9月第2週には日経平均は3月15日の年初来安値を更新。このタイミングにおいても野田政権は新税制調査会を立ち上げ、増税論を優先させている。増税が復興の為といえば、聞こえは良く、国民の理解も得やすいと考えているふしも発言から滲み出る。しかしながら復興には行政負担とあわせ被災者負担も発生していく。そして復興増税とは被災地の企業や方々も、もれなく増税という事である。

財務-経済-金融-復興の一体連携には、政策の優先順位付けによる段階的成長の緻密な戦略が不可欠である。デフレ脱却を先に行い「成長」が伴わない限り、財政健全化も、真の意味での復興もない。水には一滴の水、緑の淵、青い海もある。成長の為の工夫をよくよく考尽すべし。
(松田宗幸 株式会社Mホールディングス代表取締役 CEO・Marketing Creative Director・Mixed Martial Arts Artist.)