前回疫学調査のことを書きましたが、ここでわかっている事は
・およそ200mSv(100mSv)以上のときの影響度はだいたい判っている。
・およそ200mSv(100mSv)以下の線量のときは、影響度は同じかそれ以下。
このように低線量では疫学上のデータがありません。このため、ICRP基準ではLNT仮説という外挿方法を採っています。このLNT仮説というのは、科学というほどのものではなく「基準をつくるために、線をまっすぐ外挿しましょうよ」という合意事項程度のものです。こういう人体に関わる基準と言うのは通常「安全サイド」に設定されるものですが、上記の疫学上のデータだけ見るとLNT仮説は「安全サイド」に見えません。それにも関わらず基準作成時に、研究者の多くはこれに合意しましたが、なぜでしょうか?
WEBや関連著書を見ると、放射線の人体への影響で、閾値があるかないかという論争が今も続いている印象をうけます。ただ、放射線生物学の分野の細胞レベルの実験データのほぼ全ては、閾値があることを示しております。以前、放射線の生物的影響は、DNA毀損が主因とは限らないということを紹介させていただきましたが、DNA毀損以外でも閾値があることを示しています。私個人の感覚で申し訳ありませんが、この分野の研究者の間で、閾値があるかないかのような議論はほとんどないと感じています(あくまで私個人の感触です)。
研究者の多くがLNT仮説で合意した理由は、事実はそれより低リスク側にあると、研究者たちが信じており、基準は「安全サイド」に設定されるものだという考えからです。言い換えると、研究者たちが閾値なし(LNT)仮説を支持した理由は、彼らが閾値があると信じているからです。
研究者たちも、LNT仮説は基準のためのラインであり、科学的な(客観的な)確からしさとは別だよ、ということを意識しており文章にも明記しています(このように明記しないと研究者は後で嘘つきと呼ばれてしまうかもしれないので責任回避みたいなものです)。ICRPでは「この仮説は放射線管理の目的のためにのみ用いるべきであり、すでに起こったわずかな線量の被曝についてのリスクを評価するために用いるのは適切ではない」としています。日本アイソトープ協会の発刊誌にもその旨の記載があります。
いずれにしろ、放射線科学で”放射線リスクの度合い”には言及できますが、どこまで”放射線リスクを許容するか”は放射線科学とは別のところの議論です(そもそも、リスク0を求めるような人には、いかなる科学の知見も無意味です)。もちろん科学的な知見を基にする議論なので、科学に携わる人間が議論に参加することは良いことだと思います。ただ、それが科学の議論とは限らないということは知っておきたいところです。
村上たいき(モンテカルロblog)