スコット・サムナー(Scott Sumner)が、National Affairsの記事の中で、「不換紙幣を発行している中央銀行(a fiat-money central bank)がインフレ率を高める、すなわち、『通貨の質を下げる』(to raise the rate of inflation - that is, to “debase the currency”)ことができないわけはない」と書いているのを読んで、どこで理解が違ってきているのかが分かった気がしたので、記しておきたい。
現存する国債について、将来返済されることが確実に見込まれており、その価値は確かなものだと信認されているとしよう。このとき、中央銀行が国債をどんどん買い上げて、その代金として銀行券(不換紙幣)を供給したとしても、銀行券の通貨としての質が下がるわけではない(debaseにはならない)。なぜならば、発行された銀行券にはすべて国債の価値という裏付けが存在しているからである。
先の記事で、「金融政策は等価交換であって、それをどれだけ実施しても、国民の購買力が増えるわけではない」という趣旨の説明をしたが、たまたま
同号のNational Affairsの記事の中で、ジョン・コクラン(John H. Cochrane)が全く同じ説明をしている。
The Fed’s main policy tool is an “open-market operation”: It can buy government bonds in return for cash, or it can sell government bonds to soak up some money. Thus, the Fed can change the composition of government debt, but not the overall quantity.
中央銀行の主たる政策手段は「公開市場操作」である。要するに、中央銀行は現金を見返りに国債を買い上げることができる。あるいは、国債を売却することによって、その分の貨幣を回収することができる。したがって、中央銀行は政府債務の構成を変えることができる。しかし、その総量を変えることはできない。
不換紙幣といっても、何の裏付けもなく発行することが許されているわけではない。紙幣を刷って、それをただ配るといったことは、中央銀行の権限ではできない(法的に許されていない)ことである。中央銀行にできるのは、何かを購入して、その代金として銀行券を渡すことである。したがって、しっかりと1万円の価値のあるものを買って、その代わりに1万円札を渡している限り、1万円札の価値は揺るがない。
これが、「流動性の罠」的な状況においていくら量的緩和をしてベースマネーを供給してもインフレにはならない、といえる理由である。
しかし逆にいうと、中央銀行が1万円未満の価値しかないものを買って、その代金として1万円札を渡すようなことをすれば、通貨の質が低下して(金貨の場合に、金の含有量が少なくなるのと同様のことになって)、インフレになるということである。こうした不等価交換は、もちろん本来の金融政策ではなく、財政政策の領域に属するものである。
例えば、財政事情がいっそう悪化し、国債の償還可能性にも懸念が抱かれるようになって、額面1万円の国債を1万円で買う者が民間にはいなくなり、大幅に割り引かなければ(すなわち、きわめて高い利回りを保証しなければ)売れなくなったとしよう。このとき中央銀行が、額面1万円だが実際の価値はそれ未満の国債を1万円で買うようなことを始めれば、銀行券の裏付けとなるものの価値が乏しくなって、すなわち銀行券の通貨としての質は低下して、インフレになると考えられる。この意味で、財政インフレはあり得る。
このように量的緩和でインフレは起こりえないが、財政インフレは起こりえるという区別を、(サムナーが批判している)クルーグマンやコクランは正しく理解しているとみられるが、サムナーはどうもよく分かっていないようだ。
[付記] 9/27/2011
ツイッター上で、「エントリーの趣旨に異存はないんですが、OMO(公開市場操作)でインフレにならない事はサムナー自身が肯定しているので最後はちょっとミスリードかと思います」というご指摘をいただいた。ご指摘、どうも有り難うございました。
それで確認しててみると、確かにサムナーは、但し書き(qualifier)として「If the new base money is interest-bearing reserves, I fully agree that OMOs may not be inflationary.(もし新たなベースマネーが付利される準備であるならば、公開市場操作がインフレ的でない可能性に私は完全に同意する。)」と述べているので、基本的な論点については理解しているとみられる(ただし、やはりクルーグマン等とはかなり違う見解のようだが...)。
http://www.themoneyillusion.com/?p=10116
ついては、最後の書きぶりは失礼なものであるので、お詫びしておきたい。
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池尾 和人@kazikeo