「維新」幻想の蹉跌:なぜ改革は挫折するのか

與那覇 潤

4784213104先日の記事に、池田信夫さんからレスポンスをいただきました。「高齢者の高福祉と若者の高負担…をどこまで容認するかという世代間闘争」が、今後の政治の争点になるべきだというのは、私も同意見なのですが、しかし池田氏自身がしばしば嘆かれているように、現在の日本では当の若者たちが、(脱原発や反TPPでは盛り上がっても)そのような方向には立ち上がらない。実は、これは理念的に真逆の立場の論者から見ても同様のようで、「新自由主義的な格差社会で一番苦労するはずの不安定雇用の若年層に限って、小泉改革を支持して自分で自分の首を絞めている」式の言説が、数年前まで論壇を席巻していたことは記憶に新しいでしょう。あらゆる陣営から首尾一貫性のなさを叩かれてばかりの「若者」は、果たして思慮が足りないのでしょうか。どうして日本では、理念的な整合性を伴った構図での「改革」が貫徹されないのかを、歴史的に考えてみます。


拙著でも論じたとおり、現在の日本が直面している最大の問題は、池田氏の指摘する「肥大化した中間集団の求めるままにアドホックに積み上げてきた社会保障」=江戸時代の封建制的な生活福祉システムの機能不全です。実際、今日の日本政治の停滞の要因は、かつて江戸時代を行き詰まらせた諸要素と、ことごとく一致しています。

1. 増税の不可能性(⇒ 財政の不健全化): 江戸時代の年貢の課税ベースとなる石高は、1700年前後に固定され、以降は(農家の実収入が増えても)改訂されなかった地域が多い。
2. 地域代表制の強靭さ(⇒ 国家戦略の欠如): 地方官が中央から派遣された近世中国の郡県制と異なり、徳川日本は諸藩の大名が擬似主権国家的な領地を世襲する封建制を基本としたため、それぞれの地元ごとの利害関係のみによって政治が完結。
3. 統治者への依存性(⇒ 代案なき反対論): 一般民衆の政治行動である百姓一揆は、強訴以外のかなりの部分が合法化された結果、「春闘」に近いと揶揄されるほどに体制内化されていたため、統治者からの増税要求を拒否することはあっても、武士身分自体に取って代わるという発想や意欲は欠如。
4. 特定若年層への負担の偏重(⇒ 非正規雇用者の貧窮化): 江戸システムの破綻を防いだのは18世紀の100年間にわたる総人口の安定だったが、これは農村部の過剰人口(多くは家業を継げない次三男)を、死亡率の高い都市部が底辺労働力として吸収していたため。
5. 年長者の被害幻想(⇒ 真の問題の所在の曖昧化): 拙著では著名な『楢山節考』を引きましたが、各地の姥捨て伝説(史実ではないとされる)の系譜が示すように、若者ではなく「老人」の方を弱者/被害者とするイメージが存在。

昨今の日本でも「開国」や「維新」のメタファーに停滞からの解放幻想を託す声が高まっていますが、その元祖である明治維新とは、かように近い将来の行き詰まりが見えてきた「若者」(特に下級武士層)たちの叛乱が、既成のシステム全体を崩壊させた稀有な事例です。しかし、それは体系的な統一ビジョンに基づいていたというよりも、将来世代に十分な政治的ポストや経済的パイが与えられる見込みがない場合、若年層が憤懣をぶつけるための直接行動に走り、「後から自己正当化のために過激思想を見出す」ユース・バルジ現象に近い。そしてこの場合、現代の世界ではイスラーム原理主義が典型であるように、いかなるロジックやシンボルが後づけの正当化に利用されるかは、それぞれの地域の伝統思想に強く規定されます。端的には、明治維新の場合は「尊王」(天皇制)が前面に出てくることになったゆえんです。

そしておそらくここに、当の明治維新も含めて、日本史上の改革が首尾一貫しないままに終わる原因が潜んでいるように思います。池田氏の指摘にもあるとおり、米国の政治哲学の構図はリバタリアン(市場競争中心、個人の自由の徹底)とコミュニタリアン(個人の共同体への包摂)を両極に置く形で整理されますが、東アジアの伝統思想では同種の問題を「郡県」と「封建」の対で考える系譜があります。専制君主としての皇帝が政治権力を独占しつつ、臣下の序列や民間の生業に関しては自由競争に任せる郡県制=近世中国のシステムが、どちらかといえばリバタリアンに漸近するのに対し、家職・家産の世襲(=既得権化)を積み重ねて「藩」や「村」といった地縁結合を作り出した江戸時代の封建制は、まさしく日本版コミュニタリアニズムの原点です。

リバタリアニズムのマニフェストであるノージックの書名にもあるとおり、あらゆる規制や中間集団の束縛を排するリバタリアンの最大の魅力とは、アナーキズム(無政府主義)とすれすれの自由の横溢感覚にあるといえましょう。ところが日本人の場合は、文字通りの弱肉強食だった戦国時代からの避難所として江戸の村社会を選んでしまったという経緯もあって、むしろ「中央政府による介入すら不要にするほど、地域単位で人々の自然な情緒が互いに交流し、自生的に営まれてゆく共同体」の方を、アナーキーでも「自ずから治まる」秩序(自治、という言葉の語源)=ユートピアだと観念する癖がついています。明治維新が達成した産業革命を「行き過ぎた市場原理主義」と見て、昭和維新を呼号した農本主義のスペクトルが、「右翼」の権藤成卿から元「左翼」の橘孝三郎までを網羅したゆえんであり、自民党の最右派と共産党が連携した昨今のTPP政局は、まさしくその「二度目はみじめな笑劇として」であったといえるでしょう。

この、近世期に「郡県」ではなく「封建」の道を選んだところから来る、コミュニタリアニズムの方に「自由」を感じてしまう身体性をどうにかしない限り、なかなか日本人の政治感覚は、欧米圏の理論の構図には乗ってきてくれないもののようです。そもそも明治維新の当初に頻発した世直し一揆が、しばしば王政復古に班田収受=土地均分への回帰願望を重ねていたように、日本人が考えるユートピアのイメージは――晩年の網野善彦の指摘によれば――天皇制を通じて唐代の中国から律令制を導入した、古代儒教の段階で止まってしまっている疑いさえある。拙著でも論じたとおり、当の中国の場合は続く宋代に政治制度(郡県制の徹底)も儒教思想(朱子学の誕生)も抜本的な一大刷新を遂げたのですが、日本は未だその段階にすら到達していないのでしょう。日本の近代化を、西洋近代のプロセスが「短期間に圧縮された」ものとして捉えるのは、柄谷行人氏の著名なフレーズですが、ひょっとすると私たちは西洋近代を云々する以前に、中国で千年超をかけて進行した「近世化」の過程を、これから「短期間に圧縮」されて体験することになるのかもしれません。

與那覇潤(愛知県立大学准教授/日本近現代史)

※ より詳しい議論にご関心のある方は、拙著『中国化する日本:日中「文明の衝突」一千年史』(文藝春秋)をご覧ください。2012年1月5日までは出版社のサイトにて、宋朝下での変革を扱う第1章の末尾までが、無料で試し読み/ダウンロードできます。