来年3月に迫った中小企業金融円滑化法(以下、「円滑化法」という)は、再延長も議論されているものの、現行法下での期限切れを目前に、金融機関等から債権管理回収業務を受託し、または債権を譲り受け、債務者との間で債権回収業務にあたるサービサー(債権回収会社)業界の動向が、にわかに注目されている。本稿は、円滑化法の期限切れ後、期せずして彼らと交渉することになった経営者の予備知識として、その一助となることを目的とするとともに、広く一般の国民にもサービサー制度の趣旨と現状を認知してもらうことにより、その社会的役割を相互に確認し、サービサー制度をさらに有益な制度たらしめることを目的としている。
一般の読者にも理解をしやすくするために、あえて簡易にサービサーの業務態様を説明するとすれば、銀行等の金融機関が企業に貸しつけたカネを返してもらえなくなくなった場合、または返してもらえない懸念が高いと銀行等が判断した場合に、サービサーという督促や集金専門の会社に「カネを返してもらう権利」そのものを売却してしまうことで、銀行等はそれ以降、督促や集金の管理コストも負担しなくて良いし、不良債権をバランスシート(貸借対照表)に載せつづけることにより、自己資本比率が低下するというファイナンス上のリスクからも解放される。もちろん、例えば、銀行等が企業から1億円を返してもらう権利があったとして、それをサービサーが1億円で買ってくれる訳はなく、それぞれの債権の回収の見込み等の状況によって、その多くはディスカウントされた金額で売却されることとなる。当然、銀行等の側としては、ディスカウントされた差額分が損失となる訳だが、これがいわゆる「損切り」というもので、ここには、ズルズルと不良債権を保有し続けることによりさらなる損失を被るよりは、体力さえ持てば早く損害を確定させたいという、経営上極めて合理的なインセンティブがはたらいているのだ。一時は、各金融機関が経営の健全化を急いだために、市場には大量の債権が供給され、サービサー制度開始時には7兆円程度だった債権取扱い額は、ピークの2005年には、約35兆円に達した。
サービサー制度は、12年前の1999年2月施行の「債権管理回収業に関する特別措置法」(以下、「サービサー法」という)により導入された。同法は、バブル崩壊後、金融機関が大量に抱えることになった不良債権の処理を促すものとして、それまでは、弁護士法第72条の定めにより弁護士にしか許されていなかった債権回収業を、法務大臣の許可を受けた事業者にも解禁したのもだ。現在、サービサーとして許可を受けている事業者は約100社、サービサー法施行以来の累計取扱い債権数は約1億件、取扱い債権総額は約300兆円、回収済額は約35兆円にのぼっている。
弁護士ではない一民間人が、弁護士同様の債権管理回収業務をおこなえることの社会的な担保として、法務省は、サービサー法によりその事業の遂行には厳しい要件を課すとともに、立入検査など監視の目を光らせている。制度導入からの10年間の業務改善命令は3件にとどまっていたが、リーマンショック直後の2009年1月から翌2010年9月末までの短期間に9件もの業務改善命令が出されていることが、当時、投資家が一気にサービサー業界からもマネーを引き揚げたことにより、彼らの台所事情が非常に苦しくなったことを物語っている。これまでは債務者側の事情も考慮しながら回収業務にあたっていたサービサーが、自らの経営が逼迫し早期の回収に方針を切り替えたため、場合によっては強行な回収をせざるを得なかったのだ。
ところでサービサーは、金融機関からいくら安く購入した債権であっても、基本的には債権の額面で債務者に請求をおこなう。例えば、1億円の債権をバルクディスカウントにより1万円で購入したとしても、サービサーは、債務者に1億円を請求する(サービサーが購入する全ての債権がバルクディスカウントされているという意味ではないので、誤解なきようお願いします)。利息制限法および貸金業法の改正により、国内ではいかなる事業者も20%を超える金利で融資をおこなってはならないという社会情勢の変化に鑑みても、サービサーは利益を取りすぎではないかという批判の声が弁護士等再生専門家からもあがっており、法務省もサービサーの審査・監督に関する事務ガイドラインを見直すなど根本的な体質の改善を迫られていた折、2009年12月に円滑化法が施行された。金融機関が保有する不良債権が突如として正常債権に生まれ変わることにより、市場に供給される債権の数は激減し、債権の価格は高騰した。かくして、サービサー業界は、法務省の規制強化や社会的批判を受け既存保有債権の回収強化もままならず、さりとて新たな債権の買い付けも思うようにならないという「冬の時代」を経験することとなったのだ。
円滑化法がこのまま来年3月末に期限切れを迎えるとすれば、金融機関が保有する約5兆円の不良債権が一気に顕在化すると言われている。これにより、信用保証協会の保証が付けられた債権や、不動産等により担保されている債権を除くいわゆるプロパー貸付け(債権)につき、サービサーに売却することにより不良債権を償却したいという金融機関のニーズが急増すると言われている。企業再建支援の経験から、経営者からの相談案件の中で、資金繰りに行き詰まったタイミングの次に多いのが、信用保証協会による代位弁済と、サービサーに債権が譲渡されたタイミングだ。その相談者の多くは、サービサーという言葉すら知らない。基本的には、どのサービサーに債権を売却するかは各金融機関の裁量次第であり、過去の個別事例からおおまかな予想をたてて事前対応する、というのが企業再建業界の常識になっている。また、サービサーも1社1社が独立した企業である以上は、それぞれキャラクターや方針も異なるため「サービサーにどのように対応したらよいか」という質問に対する回答の一般論は存在しない。あるサービサーが非常に強行な回収をおこなっている、などという情報は、企業再建の業界にいればよく耳にする話だ。一方で、企業の再建を債務者の立場で真摯に考えるサービサーも、現に存在する。
債務者は、円滑化法の下であるとはいえ、条件変更を受けているという認識をあらたにし、一日も早く抜本的なビジネスモデルの改善または転換を図らなければ、遅かれ早かれ経営破綻する。あくまでも債権者として正当な権利を行使した金融機関やサービサーに「つぶされた」などという筋違いの逆恨みをしないよう、債務者側としても自らの立場を客観的にとらえ、認識をあらたにする必要があるのではないだろうか。また、サービサー業界は、取扱い債権額30兆円という、いまやわが国の一年間の税収にも匹敵する巨額なマーケットであるにもかかわらず、一般の国民の目に触れる媒体においてはほとんど報じられることがない。本件に限らず、中小企業に対する国民の無関心が、中小企業行政を歪め、国内外ともに競争力を失った中小企業は、その約8割が赤字だ。全企業数の99.7%が中小企業なのだから、これを日本の核心的な問題と捉えずして、もはや経済は語れない。筆者は今後も、不人気を覚悟で、中小企業をめぐる諸問題を記事にしていきたいと考えている。
(原 悟克/アゴラ執筆メンバー)
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