クラウド・サービスの著作権侵害リスク―免責判決が相次ぐ米国と厚い雲の中の日本(1)

城所 岩生

1月9日の日経新聞「法務インサイド」欄は、「クラウド普及に法的課題」という見出しで、需要が急拡大するクラウド・サービスの違法・合法の境界があいまいなため、新規事業展開を尻込みさせていると報じた。米国では動画共有サービスについては、サービス・プロバイダーに有利な判決が積み重なりつつあったが、昨年8月、音楽クラウド・サービスについても、プロバイダーに有利な判決が出された。法的リスクが厚い雲の中の日本とは対照的にクラウド・サービスが合法的に提供できる視界が開けつつある。


日経記事は冒頭、地上デジタル放送8チャンネルの2週間分の番組を録画できる機器を売り出そうとしているベンチャー企業を紹介している。事前に録画したい番組を選んで録画する従来機と異なり、録画した2週間分の全番組の中から好きな番組を選んで視聴できるのが機器の「売り」だが、苦慮しているのは修理時の対応。ネット上に保存して修理後に送信すれば録画漏れは防げるが、著作権法違反のおそれが強いと見ている。

同社が著作権法違反のおそれが強いと見る理由は、昨年1月に出たまねきTV事件およびロクラクII事件の最高裁判決である。海外に住む日本人が日本のテレビ番組を視聴できるような録画転送サービスを開発したベンチャー企業をテレビ局が訴えた。ベンチャー企業は録画の主体は顧客なので、著作権法30条で認められた私的複製であると主張したが、最高裁は録画の主体はベンチャー企業だとして、ベンチャー企業による著作権侵害を認めた。

米国ではケーブルTV大手の Cablevision が、利用者が自宅の録画機器ではなく、同社のサーバーに録画し、再生できるサービスを提供した。映画会社などが著作権を侵害するとして訴えたが、ニューヨーク連邦高裁は2008年、侵害を否認する判決を下した。最高裁も上告を受理しなかった。

昨年8月には音楽クラウド・サービスを合法とする判決も出た。MP3tunesはユーザが自分の音楽をクラウドにアップロードして聞けるオンライン・ミュージック・ロッカー・サービスを始めた。2007年、このサービスに対し音楽会社EMI Music Groupが訴えた。米著作権法には、サービス・プロバイダーが著作権者から違法コンテンツの削除要請を受けて削除していれば、著作権侵害責任を免除する条項がある。条文に定める要件にしたがって違法コンテンツを削除していれば、免責されることからセーフハーバー(安全な港)条項とも呼ばれる条項である。訴訟ではこの条項の適用が争点となったが、昨年8月、ニューヨークの連邦地裁はEMIが特定した侵害コンテンツを削除しているかぎり、MP3tunesは免責されるとの判決を下した。

この判決をアップル、アマゾン、グーグルの米ネット大手が注目していた。音楽クラウド・サービスを提供ずみ、あるいは提供する計画を発表ずみだったからである。アップルはレコード会社とクラウド・サービス用のライセンス契約を締結したが、アマゾンは締結しなかった。ユーザーがすでに保有している楽曲をクラウドにあずけるだけのサービスなので、新たにライセンス契約を結ぶ必要はないというのがその理由だった。グーグルもアマゾン方式で音楽クラウド・サービス進出する計画を2011年5月に発表した。音楽クラウドでは後発の両社は、MP3tunesに違法判決が下ると、先行するアップルを追撃するのに痛手となるだけに合法判決に胸をなで下ろしたに相違ない。

日本では、ユーザーが自分のパソコンにある音楽をサーバーに保存し、携帯電話にダウンロードして聴くことができるMYUTA(ミュータ)とよばれるサービスを開発したベンチャー企業に対し、2007年、東京地裁は日本音楽著作権協会(JASRAC)の主張どおり、著作権侵害を認める決定を下した。

こうした判例も含めた日米の著作権法の相違は、ユーザーにとっては決して良いニュースではない。アップルは2003年4月に米国で音楽ネット配信サービスiTunes Storeを開始したが、日本への進出は2年後の2005年8月だった。配信価格などの条件面で日本のレコード会社が消極的だったからである。

今回も同じ問題が早くも顕在化した。アップルは2011年6月にiCloudを発表した。クラウドを利用して、パソコンや携帯端末で音楽、電子メール、写真、カレンダーなどを共有するオンライン・クラウド・ストレージ・サービスである。iCloudの中でも目玉が、iTunes Storeで音楽を購入すると、ユーザーに別の端末にも自動的に配信される iTunes in the Cloudである。ところが、このサービスを提供するにあたって日本の音楽業界とはまだ条件面での合意に至っていない。

その上、クラウド・サービスの著作権侵害リスクが加わるとなると、iTunes in the Cloud の日本でのスタートは2年以上遅れる可能性は高まる。ただし、法的リスクの問題はサーバーを国外に置くことである程度解決できる。「まねきTV事件」最高裁判決でクラウドも国内勢全滅の検索エンジンの二の舞か?で紹介したとおり検索エンジンがかって採用した解決策である。

しかし、それも決して良いニュースではない。サービス・プロバイダーが海外のクラウド施設を利用することは、成長が見込まれるクラウド・コンピューティング市場での日本のクラウド設備提供事業者のビジネスチャンスの喪失、ひいてはわが国産業の空洞化につながるからである(続く)。