行動ファイナンスの本質 合理性ではない超合理的行動

小幡 績

続きである。

裁定取引というのは、つまらない投資行動だ。ファンダメンタルズなどという机上の静的な水準を頼りにして、そこからのずれを利用して、リスクなしに儲けようという行動だ。スリルも度胸もクリエイティビティもない。

しかし、一番足りないのは、貪欲さだ。

投資家であるならば、とことん儲けようとしないといけない。それもノーリスクで。ノーリスクでほんのわずかのリターンを確実に得るのなら、わざわざ金融市場などという野蛮な世界に入る必要は無い。ノーリスクハイリターン。これが、リーマンショック前までに有力投資家達が謳歌していた世界だし、投資家の目指しているものはこれだ。

さらにいうと、裁定取引投資戦略というのは、サステイナブルなビジネスモデルではなく、非常にナイーブな投資戦略なのだ。

その典型はLTCMだった。


LTCMは、裁定取引投資家の極みだ。

あらゆる金融商品の(といっても流動性から当初は、為替と流動性の高い国債(米国、日本)に限っていた)リスクとリターンを瞬時に分析して、それを合成して、合成金融商品を作り上げ、そのリスクとリターンが全く同じもので、価格だけが違うものをみつけ、それをアービトラージ(裁定)した。

この瞬時の計算は、LTCMというドリームチームの頭脳でしか出来ないものであった(当初)から、アドバンテージがあり、勝ち続けた。ノーリスクミドルリターンで世界を圧倒した。その成功は、あらゆる資金を惹きつけ、世界中の政府も中央銀行ですら、資金を預けた。

この大成功が破滅の始まりだった。

なぜなら、裁定取引とは、その定義から、マーケットのノイズ(価格のずれ)を見つけ、それを消すことにより利益を上げるものだからだ(政府や経済学者から見れば、利益を上げることにより、市場を効率化していると見える)。つまり、儲かれば儲かるほど、投資機会は減っていくと言うことだ。しかし、投資業界では、成功は資金の流入を意味する。

そして、LTCMは投資規模を拡大していった。大成功して、世界中から絶賛され、お金を預けられて断るのは難しい。ただ、良識あるファンドは、運用額の上限を決めている。LTCMは、もっとも平凡な投資家だった。投資家の犯す最も初歩的な過ち。自信過剰に陥っていたのである(ちなみに、エリートほど運用が下手なのは、自信過剰になりやすいからである)。

LTCMは投資対象を拡大した。

流動性基準もゆるめ、利ざやも小さいものも対象にした。そうしないと投資対象がなくなってしまうからである。しかし、彼らはノーリスクであるから自信満々だった。そして、実際大成功を収めていた。だから、出資者にも、投資対象が変質し、ある意味の(想定外の)リスクは高まったのに、同じようなリターンを払おうとした。だから、薄い利ざやに対して、レバレッジを高めた。投資金額は大きく更に膨らんだ。当初の何百倍にもなった。

そして、ブラジル、ロシア危機が起きた。

投資対象はノーリスクの裁定機会を提供していたはずだったが、リスクが拡大した。なぜなら、ノイズトレーダー達は、ノイズを大きく膨らませたのだ。

ノイズトレーダー達は、何も分かっていないから、ノイズを膨らませようと思ったのではない。利己的に行動しただけなのだ。

おおざっぱに言うと、LTCMは満期まで持っていれば同じリターンであるにもかかわらず、リスクが相対的に高いように見える商品がその分安くなっているのを見て、これを大量に買い、リスクリターンが同じなのに価格が高くなっている方を売った。完璧な裁定取引だった。

しかし、完璧すぎた。

なぜなら、LTCMは完璧に価格のずれ、リスクが本当は同じことを見抜けたが、ノイズトレーダーは見抜けるはずがないのである。だから、彼らは、不安に駆り立てられ、リスクを回避しようとした。彼らも市場を信じている。だから、市場の価格を観察した。そして、リターンの割に高い値段がついているものはリスクが低く、安くなっているものはリスクが高いと推測、判断した。

だから、リスクの高く見えるいものを売り、リスクが低く見えるものを買った。割安を売り、割高を買ったのである。そして、価格のギャップは更に膨らんだ。彼らに膨らまされた。

LTCMにとってはチャンスが膨らんだ。ここぞとばかり、さらに裁定取引のポジションを膨らませた。後は、価格が戻るのを待つばかりだ。

ところが、現実は逆に動いた。ノイズトレーダー達、この場合はLTCM以外の全員だが、彼らは、自分たちの予想があたったと思った。値下がりしてきたことを理由に自分たちが売ったものはますます値下がりし、買ったものはますます値上がりした。それは自分たちの売買により起きたことを気づかずに(気づいていた人もいる。それは後述)。だから、ますます同じ取引を膨らませた。そして、価格ギャップは膨らんでいった。

これはLTCMを窮地に陥れた。なぜなら、レバレッジを膨らませていたLTCMは、その借り入れの担保は国債、そう投資した商品だったからである。買ったものは値下がりし、空売りをしたものは値上がりする。担保価値が大幅に下落し、含み損は拡大する。決済を迫られる。投げ売りをするしかない。とことん買ったもの、とことん値下がりしもの、本当は大幅に割安なものを売り、さらにそれらの値段は下がった。とことん値上がりしたもの、空売りしていたものを買い戻し、損失はあっという間にふくれあがった。

これを促進したのはレバレッジである。成功しすぎたために、薄い利幅のものを大量にレバレッジを効かせることにより、これまでのリターンを得ようとしていたから、少しの損失で、清算を迫られる。現金化のためにポジションを閉じれば、残ったポジションはさらに悪化する。自らの売買により価格が動くことにより。こうしてあっという間に破綻したのである。

さて、この教訓は何か。