900MHzの黄金周波数(プラチナバンド)の免許がソフトバンクモバイルに下りた。これはソフトバンクの長年の悲願であり、昨年6月まで同社の副社長を勤め、今もなお「取締役特別顧問」である私も、勿論大変嬉しい。しかし、その様な「一会社の利害」とは別に、「国民の共有資産である電波の利用」について国民の立場から語る義務が、アゴラの常任寄稿者の一人である私にはあると思っている。
この事については、これまで何度も、山田肇先生や池田信夫先生がアゴラ上でかなり片手落ちの議論をされてきており、特に「電波は孫正義氏のものではない」と題する2011年11月25日付の池田先生の記事は相当ひどいものだったので、実は私はすぐにも反論したかった。しかし、それを敢えて避けたのは、その時点でそれをすると、私の意図とは関係なく「ソフトバンクの電波獲得運動」と受け取られる可能性が高く、また、不必要な議論は総務省の仕事を遅らせる事にもなりかねないと危惧したからだ。これは自分でそう判断しただけで、別に誰に要請されたわけでもない。
電波免許が下りた現時点ではこれ等の危惧はなくなったので、その時点で封印していた「解説記事」を遅ればせながら以下の通り投稿する。電波問題は極めて重要な問題であり、今後とも幅広く議論されていかなければならないから、これは必要なワンステップだと考えている。
いつもお話している様に、何事においても「かくあるべし」という議論をする前に、先ず明らかにしておかなければならないのは「事実関係」だ。事実関係については、私は、職業上、他の多くの人達よりも多くの事を知っていると思うが、これについては何事も包み隠さずここで話す。もともと包み隠さねばならぬ事などは何もないので、これは至極容易な事だ。従って、ここで11月25日付の池田先生の記事に反論する為にも、先ずは先生の今回の記事の中に含まれている多くの重大な事実誤認を指摘することから始めたい。
まず、文中に「1兆円かけて4万局の基地局を建てる等、電波部と談合して設備投資」ということが書かれているが、電波部とソフトバンクが談合した事実は全くないので、これは明らかに「事実に反する事を言い立てて他人の名誉を毀損する」行為になる(「談合」をしているのがもし事実なら、これは犯罪であるから、この言い方では電波部とソフトバンクを犯罪者と名指ししているようなものであり、明らかに名誉毀損である)。日頃親しくさせて頂いている池田先生が「名誉毀損罪」に問われることのない様、先ずは注意を喚起させて頂きたい。
ソフトバンクが、900MHzの免許が取得出来た場合に備えて、設備構築に必要な事前調査や納期の長い一部の機材の発注を先行して進めているのは、孫社長が自らも語っているように事実である。しかし、それは、電波部から免許についての何らかの言質を得てやっているのでは金輪際なく、全て自社のリスクでやっている事である。そして、そんなリスクをとってまでネットワークの拡充を急いているのには、勿論それなりの理由がある。
実際に自らネットワークの運営をやったことのない学者先生方には想像も出来ない事と思うが、スマートフォンが急速に普及して、毎日これまでには考えられなかったような大量のデータトラフィックを生み出しているのを、顧客からの苦情に耐えながら何とか支えている現場の厳しさは想像を絶するものである。基地局の増加(セルスプリット)や種々のパラメータの微調整などによって、必死になって対応していても、周波数の絶対的な不足は覆うべくもない。
東京都心について言うなら、現在は2GHz帯の四波(20MHz幅)を全て目一杯使い、iPhoneなどには使えない日本固有の1.5GHz帯の二波(10MHz幅)も次第に混雑しつつある状況である。取り敢えず、空いている900MHz帯の中から一波(5MHz幅)だけでも使わせて貰えるなら、ここに既存の2.1GHzから今にも溢れ出そうな程のトラフィックの一部を逃し、そこで生まれた若干の余裕に支えられて、既存の2.1GHzでも種々の更なる強化策を施すことも可能になる(そうでなければ、毎日の通信を支えながらの強化策の実行はガラス細工のように危険なものになる)。
また、地方について言うなら、繰り返して言われている事なのでお耳障りに感じる方々も多いかもしれないが、700/800/900MHzという所謂「黄金周波数」を持っていないソフトバンクは、ドコモやKDDIに比して明らかにカバレッジが十分ではない。セル径を大きく出来る地方においては、2.1GHzなどの高い周波数を使って置局設計をした場合には、「黄金周波数」を使った場合に比べると建設費が4倍近くになってしまうので、資金効率の観点から、なかなか建設に踏み切れなかったのは事実だ。だから、大災害が襲った東北地方で「ソフトバンクの携帯は繋がらない」と叩かれ、ソフトバンクの経営者や従業員は誰よりも辛い思いをした。
池田先生や山田先生がまさかご存じないとは思わないが、700/900MHz帯へのオークションの導入は、既に半年以上前の段階で十分議論されているのだ。その結果として、後述するような種々の事由により、「日本における電波オークション制度の導入は700/900MHzには適用せず、3.5GHzを利用する第4世代システムからとする」という方針が決められ、これをベースに、免許供与の基本プロセスも閣議決定のレベルで承認されているのである。(当時の総務大臣は片山さん、官房長は仙谷さんである。)
この様にして決められたプロセスによる日程表では、2012年1月の後半か遅くても2月中には最終免許が交付される予定だったので、その状況下でソフトバンクの経営陣は下記のように判断した。
1)このプロセスで選考がなされるなら、種々の事由(詳細は後述する)により、ソフトバンクが免許を受ける確率はきわめて高い(私は、個人的には95-99%の確率と読んでいた)。
2)正式に免許が下りると予測されている時点まで設備の手配を待ち、それから全てを始めたとしたら、相当早い時点から或る程度の先行手配をした場合に比べれば、ネットワークの完成が6ヶ月程度遅れてしまう。
3)世の中には何事も100%という事はないから、先行手配は当然ある程度のリスクを伴う。しかし、最悪時全く想定外の事が起こったとしても、6ヶ月遅れによる「機会喪失」や「顧客の不満の蓄積」に比べればこれは極めて軽微な損失であり、先行手配をしないという選択肢はあり得ない。
これは経営上当然の判断であり、勿論やましい点などは何もない。
次に、池田先生は、「時間がないという『理由にならぬ理由』で、電波官僚はオークション制の早期導入を拒んだ」という主旨のことを言っておられるが、これも、世界各国のオークション制度実施の歴史をよく勉強しておられぬことから来る的外れな批判だ。電波部の方針決定には勿論理由があり、これを「理由にならぬ」と断ずる根拠は一切ない。
少なくとも「学者」という立場からオークションの問題を論じる方々は、「4Gオークション導入に向けて」と題する馬場弓子先生(青山学院大学経済学部教授)や、「欧米における周波数オークションの動向」と題する山條朋子先生(KDDI総研研究主幹)の最近の論文ぐらいには目を通しておいて頂きたい(この両方とも、KDDI総研が発行しているNextcomという季刊誌に掲載されたものであり、残念ながらWebではアクセスできないが、極めて内容の濃い優れた論文なので、KDDI総研で何等かの措置をとって頂けると有り難い)。
このような研究論文を読むと良く分かるが、一口にオークションと言っても、種々様々なやり方があり、そのそれぞれに一長一短がある。オークションは一見一番公平なやり方のように見えるが、十分な検討を重ねてその方法を定めないと、悪意ある入札者に悪用されたり、投機目的で使われたり、入札者が実質的に不公平に扱われる結果をもたらしたり、国の通信政策を害する結果を招いたりするリスクがある(現実に過去における欧米のオークションの事例でも、「明らかに失敗だった」と見做されているものは多い)。
従って、種々のやり方を比較検討して最適の方策を選び、そのプロセスの細部に至るまで齟齬がないかをチェックした上で関係者のコンセンサスを取得するには、どんなに急いでも1年はかかるだろう(逆に拙速にやってしまっては、悔いを千歳に残す事になるだろう)。しかし、一方では、今すぐに使えて、利用者の不満を和らげられる周波数が存在するのに、オークションの導入故にそれを1年待たせるのは、国民資産の有効活用という観点から大いに疑問である。
山田先生は、「いや、そんな事はない。900MHz帯内の5MHz幅の帯域一波を除いては、今免許供与の対象と考えられている700/900MHz帯の全てにつき、今使っている業者を廃業させたり移転させたりしなければならないので、これには数年を要するのだから、時間がかかるという事は、オークション導入を否定する理由にはならない」とおっしゃるだろう。
しかし、それでは、「900MHzのうちの5MHzだけでもすぐに免許を与え、既に顕在化している問題の克服に利用すべき」という考えには対抗出来ない。更に、一方では、「周波数というものは、出来るだけぶつ切りにせず、連続した帯域を同じシステムで運用すべき」という事もあるので、結局は「早く認可出来るものは早く認可して、整合性のあるシステムの全体設計が出来るようにすべき」という意見にも対抗するのは困難だろう。
さて、ここまでは事実関係についての議論だが、これからが最も重要な「国策」と関連付けての議論となる。
原点に帰って、利用者である国民の為になる通信政策とは何であろうか? それは、大きく分けると下記の二つの命題を実現することだろう。
1)最も「コスト効率」の良い形で、「高度な通信網」が「タイムリー」に整備されるようにすること。
2)複数の事業者間で、「品質」と「価格」についての健全な競争が行われ、利用者が多様な選択肢を持てるようにすること。
本来、国(総務省)は、この二つの「時には相矛盾する命題」を実現する為に、色々な施策を行う必要がある。電波政策も勿論その重要な一部である。
私はもう20年以上も日本の通信行政を見てきたから、どういう思想的な背景があって(或いはどういう力学が働いて)色々な施策がなされてきたかは、かなり深く理解してきた積りだ。「自分達の周囲にいる事業者を、ついつい一般ユーザーより大切にしてしまう」「ついつい目前の力学に屈してしまい、長期的な国家目標を見失ってしまう」「長年の習いで、ついつい天下り先の確保を優先的に考えてしまう」等の官僚の側面も、残念ながら相当見ては来たが、真摯な努力やその成果も、数多く見てきた。だから、何もかも「官僚のやる事は悪い」と決め付ける人達は、物事の一面しか見ていないと思っている。
電波政策については、資金力も経営力も乏しい事業者が勘違いで免許を取得してしまい、結果として、周波数が長期間十分に使われない状態で放置されたり、多数のユーザーに大きな迷惑をかける形で破綻してしまったりする事は避けなければならないから、事業適格者を或る程度絞り込む事は絶対に必要である(勿論、これを絞り込みすぎると競争を制限する事になり、寡占体制の弊害が生まれやすくなるというのも事実だが)。
通信は特殊な世界で、多くの国でかつては国営の独占事業者が全てを仕切ってきた。従って、どの国の政策当局も何とか新規参入者を増やし、彼等を支援する事によって競争を活性化しようと考え、種々の施策を打ってきている。
英国、中国、韓国等では、携帯(移動体)通信には、最初からこれまでの独占事業者と関係のない事業者(ボーダフォン、チャイナモバイル、SKテレコム等)に免許を与えた。独、仏、伊、西などの西欧諸国は、自国のフラッグキャリアー(旧独占企業)も自由に活動させたが、国外の事業者にも広く門戸を開き、それでバランスをとってきた。米国では、旧地域無線事業者と旧AT&T系(RBOCS)に均等に免許を与えた。日本では、圧倒的な力を持つNTT系のドコモに対抗できる勢力を育てるべく、京セラ系(DDI)、トヨタ系(一時は日産系にも)、JR系、及び、電力系(固定地域通信、及びPHS)の事業者に、旧郵政省は積極的に免許を与えてきた。
何を言いたいかと言えば、通信政策(電波政策を含む)には、レセ・フェール政策はあり得ず、何らかの「政策的配慮に基づく人工的な競争促進策」がとられるのが普通だという事だ。強い事業者が自然の摂理通りに雪だるま式に更に強くなることを防ぐ為に、「非対称規制」を随時導入し、少しでも競争会社同士の市場シェアが近づくように配慮している例は枚挙に尽きない。
一方では、通信事業というものは「規模の利益」がなければ成り立たないビジネスであり、「膨大な設備投資」が必要という側面もあるので、誰でもが簡単に参入出来るというものでもない。だから、旧郵政省も、当初は光ファイバーを敷設できる場所を持っているJRや電力会社、更には移動体無線に興味があり、光ファイバーを敷設できる高速道路公団とも関係の深い自動車業界に期待をかけた。
しかし、これ等の大会社の多くは次第に興味を失って退出し、結局、辛うじてNTTグループに対抗できる力を維持しているのは、稲盛さんが作り上げたKDDI、孫さんのソフトバンク、千本さんのイーアクセスだけだ。これから新しい人が出てくるのは、もう無理ではないかとも思われる。
(オークション万能論の学者先生や政治家は、「オークションさえ行えば新規参入希望者がどんどん出てくる筈」という夢の様な事を考えておられるようだが、実際に今回の900MHzに対しても、既存の携帯通信事業者4社以外は誰も手を上げなかった)
さて、携帯通信業界は、固定通信業界に比べれば一応の競争環境が出来ており、市場では毎日熾烈な競争が行われている。イーアクセスは、他の三社に比べると規模が相当小さく、高速データ通信に特化した特殊な存在という色彩が強いが、他の三社は全面的にガチンコの競争状態にある。ドコモの市場シェアはほぼ50%で、他の2社に比して未だ圧倒的に大きいが、まあ「三国志」状態にあるといってもよいだろう。今から6年前には、ソフトバンクの前身だったボーダフォンが毎月のように市場シェアを失っている状態で、消滅の危機もあった程だった事を考えると、率直に言って感慨深い。
(私が年甲斐もなく孫さんの招請に応じてソフトバンクで働くようになったのは、ボーダフォンが消滅して「三国志」状態が消滅してしまうのを恐れたからだ。二社だけでやっていると、「阿吽の呼吸」で値段が高止まりする恐れもある。この業界は小党乱立でも成り立たないので、世界の各国も大体3-4社が競い合う体制になっているが、日本ではドコモが抜きん出た力を持ち、KDDIも相当強かったから、孫さんのような類い稀な事業意欲を持った人に必死で取り組んで貰うしか、第三勢力が生き残るのは無理だと私は思っていた)
当時から、800MHz周辺の黄金周波数はドコモとKDDIだけが持っており、これを持たない第三勢力以下はハンディキャップ競争を戦わねばならない事は分かっていた。JRも日産自動車もその事を覚悟して参入したのであり、ボーダフォンを買収したソフトバンクも同じである。
しかし、誰もそのハンディキャップゲームが永久に続くとは思っていなかっただろう。700/900MHz帯は、その時点では800MHzの上下入れ替えのバッファーに使われる事が決っていたし、MCA等のその他の用途にもまだ相当使われていたから、当面は使えない事は誰でも知っていた。しかし、4-5年もすればこれが使えるようになるであろう事もまた誰の目にも見えていた。
そうなれば、日本政府が、「新規参入者を支援し、多くの事業者がハンディキャップなしに戦える『公正競争環境』を整える」という世界各国の政策に倣う限りは、「その時点で既に既得権としてこれを持っている上位二社にこれを与える事はあり得ず、上位二社に一番近い位置にいる第三の事業者に、先ずはこれが優先的に与えられる事になるだろう」と読むのが当然である。勿論、私自身もそう読んでいた。
さて、オークション万能論者は、「オークションが一番公明正大な方式であり、これが一番国民の為になる」と無邪気に信じているようだが、これは、空想的な平和論者が、「日本人が平和に生活出来るようにするには、一切の軍備を放棄するのが一番良い」と考えているのに似ている。実際にはオークションには色々な罠がある。
総務省が700/900MHz帯はオークションにはそぐわないと判断したのは、「これが希少な周波数である」事と、「その大きな部分が既に一部の業者によって使われている」事による。
もしこの周波数帯をオークションにかけるなら、既にこれを所有している事業者も一旦これを返上し、全ての事業者が全く同じ条件で入札に参加する事にしなければならない理屈だが、そんな事をすれば、現行のサービスにも大混乱を生じてしまう事になりかねない。
しかし、もし、そういう事もせず、ただ単純に「新しく使えるようになる周波数」だけを切り離してオークションにかけるとすると、次のような問題が生じる。
1)既に過去に無償でこの周波数帯の免許を取得している事業者のコストを有利に固定する一方で、新規参入者のコストを増大させ、ハンディキャップ状態の解消を不十分にする。
2)既にこの周波数帯の免許を持っている事業者を入札不適格にするのならよいが、そうでなければ、この様な事業者は、「競争を排除する」目的で残り少ないこの周波数帯に対して高値入札し、新規参入者を「クラウドアウト」しようとするだろう。
つまり、「周波数免許を政策的な考えによって適宜供与してきた」過去の「しがらみ」が残っている分野では、一区切りがつくまでは同じ方法によって免許を与えていく(「政策の継続性」を確保する)のが正しい方法であり、オークション制度は、そのような「しがらみ」がない、従って「既に存在する不公平が更に助長される恐れのない分野」(例えば将来の3.5GHz帯)でこそ、導入されて然るべきであるという事だ。このような考えは、極めて真っ当な考えであり、官僚批判の根拠になるような問題は何処にも見当たらない。
(この事については、私は今から3年以上も前から同じ事を言っており、池田先生や山田先生、鬼木先生などの出ておられたセミナーでも発言している。この事については、2009年2月1日付の「電波埋蔵金とオークション」と題する私のアゴラの記事を参照して頂きたい)
さて、最後に、財務省が狙っている「財源確保」の問題についても一言触れたい。
もうずっと以前から、元財務省の高橋洋一氏などは、「電波は隠し財源である」と言ってきた。もしこの様な考えの背景に、「電波は国(国民)の資産だから、国(国民)はこの使用権を事業者に供与するに当たり、どのように値段をつける事も出来る」という考えがあるのなら、それはその通りかもしれない。
しかし、それなら、基本的には「電波を使う業種に対する特別課税」と同じ事になるのだから、電波料を一律に値上げ(放送業界も含め)すればよいだけの事だ。オークションの導入という複雑な形態をとり、前述したような「基本的な通信政策との矛盾」や、「不公平を助長するリスク」を引き起こす必要はない(しかし、この様な「特別課税」を負担させられた通信事業者などは、恐らくはこの分を顧客に転嫁するだろうから、これは結局は「通信消費税」になるだろう)。