為替というのは、不思議な世界で、金融という感じがしない。金融の発祥は為替取引だから、感じがしないのはこちらがおかしいのだが、金融、いや金融商品といったときにリターンが出るもの、そういう投資対象、という概念にこちらが縛られているから、おかしなことになっているのだ。
しかし、金融の発祥が為替だとすると、為替でもリターンが生まれていたはずである。それは、為替というメカニズムを通じて、決済の手数料を取っていたからである。それは決済サービスであり、投資対象としてではない。しかし、直ちに、資金の足りないところに資金を移動するメカニズムとしても機能し、投資リターンとしての為替取引利益が発生した。ただし、これは、資本をレンタルしたことによるリターンを為替という形で取っていただけのことで、為替自体がリターンを生むわけではない。
そうなのだ。為替はリターンを生まない。だから為替のリターンとはすべてトレーディングの収益なのであり、ゼロサムゲームの投機なのだ。金融の教科書にはリスクのないところにリターンなし、と書いてあるが、リスクがあれば必ずリターンがあるか、というと、底に対しては沈黙している。それはタブーなのだ。
実はケインズのアニマルスピリッツとは、ギャンブル性癖のことで、なんら賞賛すべき人間の特質ではない。あほである、ということなのだ。ケインズ自身が書いているように、資本が十分蓄積されれば、資本が平均してプラスのリターンを得ることは可能ではなくなり、そのときが望ましい利子生活者の安楽死をもたらすとし、しかし、それでも人間は一攫千金の投資にわくわくするというアニマルスピリッツがあるから、投資は世の中から無くならないだろう、と述べているのだ。だから、為替のディーラーとは、アニマルスピリッツにあふれた、ギャンブルをして遊んでいる、いやギャンブルを仕事としている人々とも言える。
しかし、それでなぜプロとして食っていけるか。それは、実需の取引があり、彼らをかもにしているからである。カモとは、第一に、輸出・輸入業者である。彼らの動きは予測できる。それをめがけて、そのレントを奪うために戦っているのが、為替ディーラー達なのだ。パイはそういう意味ではプラスのサイズとして、ただし固定サイズとして決まっている。
だから、為替はバブルにはなりにくい。ゼロサムだから、みんなが同じものを買って儲ける、という仕組みがない。ただし、為替の裏には国債があり、国債はバブルにもなるし、リターンもあるが、これは別の話である。
さて、為替トレーダー達の取引の特徴は、基本はゼロサムゲームであるにもかかわらず、モーメンタムトレードが主流であるということだ。ゼロサムゲームでモーメンタム取引をやったら損するのではないか?という疑問は的確だが、間違っている。ゼロサムだから、モーメンタムだろうが何をしようが平均リターンはゼロなのである。じゃあ、プロ達はなぜ取引を続けているのか。プロであるからには食っていかなくてはいけないはずだが、どうやっているのだろうか。しかも、モーメンタムトレードという誰にでも分かる手法、すなわち、ゲームの相手が予測可能な方法で取引すれば、相手にやられてしまうのではないか? この疑問は的確で、かつ半分あっている。
そう。だから、為替のトレーダーはモーメンタムで儲かるのである。つまり、ゼロサムゲームで、かつ確実に負けてくれるトレーダーはいるのだ。だから、その分、プロのトレーダーは儲かる。そのプラスサムの部分のパイを奪い合うゲームをやっているのである。
負けてくれるトレーダーとは? それは、通常状態では、実需の取引者である。輸出業者、輸入業者、彼らのニーズを狙い撃ちされる。これがベースとなって、為替トレーダーという職業が生まれた。これは中世末期の金融の萌芽の場合と同じであり、相対的には健全なことである。
しかし、もっと明確で大規模なカモが存在する。それは中央銀行である。ソロスとイングランド銀行の戦いを引用するまでもなく、中央銀行の為替介入という打ち出の小槌を目当てに、為替トレーダーは取引しているのだ。当時は、欧州はクローリングペッグと呼ばれる、最も狙いやすい為替制度を採っていた。一応の固定相場的な目標レートはあるが、それは少しずつ変動をすることも許す、ということである。これは格好の材料だ。アジアの金融危機でも、崩壊の引き金はソロスで、そのときも擬似固定相場が狙われた。
今の日本円は完全な自由変動相場だから、そのようなリスク、あるいはトレーダーからするとうまみはないのではないか?ということだが、確かに擬似固定相場のようにはいかないが、日本はなぜか政治家が通貨を暴落させる為替介入が大好きなので、時々、財務省の介入、あるいは日銀の金融政策が、これに屈して、ごちそうを与えてくれるから、それなりに狙われていると考えて好いだろう。
今回の円安へのトレンド転換も、まさに日銀のごちそうに皆がありついた結果だった。海外ヘッジファンドは円安への売り仕掛けをしたがっていたところだったし、いつも通り国内の政治家達は、円高を放置する日銀を責めるという構図が大好きだったし、予想外だったのは、簡単に日銀が圧力に屈したことだけだった。それがサプライズとなって、ますます円安が加速した。
そして、日本には中央銀行以外に、日本特有のプラスサムを提供してくれる主体がいる。ミセスワタナベと呼ばれる個人のFXトレーダー達である。彼女ら及び彼らは、基本的に円安にポジションを取るが、あまりに円高が続いたため、今回は投資をする余力がなくなっていた。その結果、円安の流れの恩恵に授かったミセスワタナベは少数だったと思われる。しかし、これまでは、円安にポジションを取り、円高に仕掛けられることで、プロのトレーダー達に収益機会を提供していたのである。典型は、311の震災直後の円高で、これをイベントとして、ヘッジファンドは仕掛けて、ミセスワタナベらに損失を強いて、儲けたのである。
したがって、為替は金融商品ではないが、あたかも金融商品のように、ボラティリティを提供してミセスワタナベ達に夢を与え、その夢の対価として、トレーダー達は儲けたのである。一方、日銀は制度的には円安にする理由は全くないが、政治的圧力および世論の圧力に屈する理由はあり、それは日本経済のために日銀は存在すると思っており、かつ、政国民の代表と国民の意見をリードするメディアが円安と言えば、それに応じるしかない、という義勇的なポジションにあるため、そこを為替トレーダーに狙い撃ちされているということだ。