「北一輝だね。彼のような人材がいないことが、今の日本の弱点だ。佐渡島という場所にいながら、若くしてあそこまでの構想力を持つことができたのは、天才以外の何者でもない」
私は、4月から始める新しいシリーズのアゴラ読書塾「日本人論 Part2」(注1)で最も重要となる点は、どこかという点を池田信夫氏に聞いた。そこで上がった名前が、北一輝だった。私は名前こそ知っているがどんな業績を残した人であるのかは漠然としか知らない。しかし、その名前の鮮明な響きは頭に残った。
4月から7月まで行われる講座では、福沢諭吉、石原莞爾、東條英機、南方熊楠など名前は聞いたことがあるが、日本の近代史で重要な役割を担いつつ、実際にどんな人生を歩んだのか曖昧である人たちの伝記を通じて、日本人のとらえ方に迫ろうという構想を持っている。
私のような1970年代に生まれた世代は、日本の近代史のことはほとんど知らない。教科書のなかでも触れることが政治的にタブーになりやすいため、駆け足で終わってしまった。どうせ高校受験には出ない。そのため、昭和以降の歴史は曖昧で、何が起きたのかは、独学している点が多いが、自分の知識の中でも弱い部分だ。
「彼の大きな構想が、その後の二・二六事件へとつながっていく」と池田氏。
北一輝は、1983年に佐渡島に生まれ、20歳には「佐渡新聞」紙上に独自の議論を展開し始める。そのなかには皇室と国民との関係を論じている当時でもセンシティブな問題を含む問題を論じている。23歳で学問的な統合を目指した『国体論及び純正社会主義』を発表したが、天皇中心の「国体論」を正面から批判する当時は過激な内容だった。1923年に「日本改造法案大綱」を発表、それが結果的に青年将校たちに影響を与え、1936年の二・二六事件の理論的な背景とされ、翌年処刑される。
二・二六事件はクーデター未遂事件であり、昭和天皇に「昭和維新」を訴えたものだった。陸軍の予算を制限しようとした大蔵大臣の高橋是清を殺害し、一部の温情的な処罰は、結果的に、太平洋戦争に流れ込むファシズムの流れを生み出す一因になった。
池田信夫氏主催で1月~3月に行われた「アゴラ読書塾」に参加した。そのテーマは「日本人論」だった。全12回のシリーズの中では、日本人を戦後に論じた様々な人の著作を毎週一冊読むことによって、日本人の底流に流れている論理を探るゼミ形式の勉強会だ。そこでは、日本人が自覚していないにも関わらず、いかに普遍的なルールが流れているのかということだ。
日本は1000年以上にわたり大きな戦争を経験しなかったという恵まれた環境によって世界的に見てもまれな安定した社会を生み出している。「空気」(山本七平)、「タコツボ型」「古層」(丸山眞男)、「江戸時代型」など、様々な呼称で呼ばれているが、社会の底に流れるものは、日本人は変化が迫られる切迫した状況にあっても、その変化を押し戻し、改革をしようとする努力を無にする無言の力だ。
平清盛(中央集権型の政府体制を作ろうとして保守グループを代表する源氏に潰された)、足利義満(明朝との積極的な貿易を進めようとしたが、暗殺されたという説がある)、最近では、小泉純一郎(注2)。あえてあげるならば、NTTドコモのiモードを成功に導きながら、結局、成果が大企業の中で認められなかった夏野剛氏も上げられるだろう。
彼らに共通するのは、グローバル化に対応するように社会改革を進めたことだ。しかし日本型の「空気」の論理の前に、改革派は最終的には、挫折し、運動は短命に終わる。
日本的な活動は、これらの動きは平時にはうまく機能するが、危機に直面する場合には、逆に危機状態を加速させる。驚くべきことに「空気」は大鹿靖明『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』にさえ登場する。国が崩壊する危機に直面しながら、やはり「空気」を政府、東電、行政も読んでしまい混乱に油を注ぐ。日本人の変化のなさに呆れるほどだ。
池田氏が持つのは社会の「傍流」として生きた人々に対しての関心だ。それらの人々は、普段は活躍する場を持たず、日本の社会で活躍の場を持てない。しかし、本当の危機に直面すると、一時的スポットが当たる。その一つが、明治維新であり、実際はロマン的な時代ではない。
池田氏は、日本の社会がいかに危機に直面しつつあるかをくり返し論じている。今後、難しい本当の危機が来る前夜であることを意識しているように感じる。「日本人論 Part2」を通じて、昭和という時代の中で、北一輝を中心に巻き込まれていった人々や思想を切り出していくことで、日本という社会の転換点を把握しようとしている。それは今から来る変化のターニングポイントと、そこで何が起きるのかを理解するヒントを探ろうとしているように見える。
歴史にはパターンがある。過去を通じて、今後、現れる未来を見通さなければならない。
(注1)アゴラ読書塾「日本人論 Part2」は、4月6日より始まる。全12回。
(注2)歴史的なグローバル化と保守の対立は、與那覇潤『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』に負うところが多い。
新清士 ジャーナリスト(ゲーム・IT) @kiyoshi_shin