不正調査において経営者・指南役に調査協力を求める手法 --- 山口 利昭

アゴラ編集部

金融商品取引法の改正案が3月9日に閣議決定されたと報じられております(たとえばロイターニュースはこちら)。総合取引所制度の整備のほかに、課徴金制度の改革案も盛り込まれているようで、このたびのオリンパス事件をうけて、不正取引に協力した外部第三者への出頭命令や課徴金賦課も可能となるそうであります。とりわけ会計不正事件の発覚を困難にしているのは、必ずと言っていいほど「外部第三者」の不正関与に起因するものであり、外部の不正関与者に対する調査権限の強化やペナルティの新設は、今後の会計不正事件の取締りへの実効性が期待されるところであります。


普段、不正調査の業務を行うなかで、強制権限なく調査を遂行することはむずかしいのですが、経営トップが社員に対して「調査に協力するように」と真摯に広報していただきますと、スムーズに調査が進みます。しかし取締役や監査役など、経営陣が不正に関与しているケースでは、こういった広報が期待できないため、任意の調査に応じてもらえないケースが多いと思われます。経営陣が関与する不正について、経営者や外部協力者に対する不正調査が効果的に行われるためには、具体的な工夫が必要であります。

不正調査に携わる方々は、いろいろと工夫されているところも多いとは思いますが、たとえば会社法における推定規定の活用などもそのひとつではないかと。社内調査や外部第三者委員会の調査などは、時間との闘いであり、正確性と迅速性、独立性のバランスを確保しなければなりません。経営者不正によって社内の資産が流出している事例などをみますと、一部の支配株主(もしくはその株主の支配会社)との取引が問題となったり、顧問と名乗る者と経営者との不透明な関係に基づく非通例的取引が問題となるケースがあります。

こういったケースにおいて、取締役の利益相反取引に関する行為規制を定める会社法356条、365条、取締役の責任について規定する同423条、428条などを活用して、会社と取締役との間における利益相反取引を認定し、会社側に損害が発生している場合には、取締役側で任務懈怠(善管注意義務違反)がないことを積極的に立証しなければ厳しい責任が問われることを取締役側に伝えます。この場合、重要なのは資金の流れなどを把握して、「誰が儲かる仕組みなのか」を考え、会社と取締役との間に利益相反関係が存在することをまず認定することです。ここでは取引の安全保護の要請よりも、会社内部の権利義務関係の整理が問題となりますので、客観的な外形から捉えるよりも、実質的な利益相反状態を示すことができれば足りるのではないかと。もし取締役会で承認決議がとりつけられていたり、事後の報告がなされている場合には、取引を執行した代表者や、当該役員会で賛成をした取締役にも積極的に調査に応じてもわらなければなりません。

これは議決権行使に関する利益供与の禁止を定めた会社法120条の活用にも言えることだと思います。会社法120条は、もともと総会屋対策として会社法に導入された規定ですが、現在は総会屋対策、というよりも、広く「健全な会社運営を害する行為を防止する趣旨の規定」として理解されています。たとえば子会社役員の任免権に関する議決権に関し、親会社に有利な非通例的取引がなされれば、会社法120条に該当しうる(江頭「株式会社法」332頁)とされておりますので、「利益供与」の要件、「議決権行使に関し」の要件に関して客観的な判断が可能であれば、利益供与を行った取締役側で積極的に反論をしていただかないと、取締役側が不利な立場となります。

こういった会社法の規定を活用して、経営者に身の潔白を積極的に主張していただくことになりますが、経営者とともに不正に関与していると疑われる第三者に対しても、経営者の任務懈怠が推定されるのであれば、会社に対する取締役の忠実義務の履行を侵害する者として、不法行為に基づく損害賠償請求を行使しうる、と判断できる場合があります(ただしこの手法は実効性に乏しい、との反対意見あり)。したがいまして、我々の調査では出頭命令などは出せませんが、有利なことを主張してもらわないと、調査結果次第では極めて不利益な立場に立つ、ということを外部の協力者に理解していただき、間接的ではありますが、社内調査に協力を要請する、ということも行われています。

誤解のないように申し上げますが、こういった手法は取締役や外部第三者の責任追及よりも、不正事実の解明、原因究明が目的であります。ご自身の責任問題に関連することは容易に語られないケースが多いので、語っていただくための説得材料として、というのが正直なところです。そもそも「不正の兆候」がなければ合理的な疑いをもって非定例の調査に進むことは困難であります。利益相反取引や利益供与禁止規定などを活用することは、この「不正の兆候」理論の応用であり、社内における信頼関係を崩すことなく、できるだけ関係者の自発的な協力を要請するものとして、今後も工夫してみたいと思っております。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年3月19日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。