700MHz帯携帯事業者の選定指針案が総務省から公表されている。僕はオークション派で比較審査による免許交付には反対だが、それはさておき、指針案を読んで移行費用について大きな疑問を持った。移行費用は異様に過大に見積もられている。これについては、免許を取得するはずのドコモ、AU、イーモバイルとも共同戦線を組めそうだ。
新免許人が負担するのは、特定ラジオマイクとFPUの移行費用である。電波部によると、特定ラジオマイク2万局強には394億円から1247億円、FPU102局には132億円から199億円かかるという。
特定ラジオマイクとは、高品質ワイヤレスマイクを示す電波法上の用語で、プロ仕様のワイヤレスマイクや演奏者が耳に付けるイヤーモニターを指す。今後は、地上デジタル放送の空きチャンネル(ホワイトスペース)か、新たに設定される1.2GHz帯を利用する。業界団体である特定ラジオマイク利用者連盟は「1.2GHz帯は使いにくく、開発期間が必要」という意見なので、多くはホワイトスペースに移ると思われる。
ホワイトスペースのワイヤレスマイクはアメリカで広く利用されている。Amazon.comで「professional wireless microphone system」と検索すると、GTD Audioの製品が見つかる。これは610から680MHzを使う。「in-ear monitors」では、614から647 MHzを使うオーディオテクニカの製品が検索される。問題は価格だ。GTD Audioは169ドル、オーディオテクニカは599ドル。これに対して電波部の見積りは、1局あたり180万円から540万円。
FPUは放送局が中継車で使用する。利用頻度は著しく低い。FPUを使う際には、混信しないように近辺でラジオマイクを止める「運用調整」が行われる。これを担当するのが前出の連盟である。連盟は毎月の調整回数を公表していたが、駅伝やマラソンが多い1月でも、2005年は52回、06年は64回、07年は60回、08年は65回、09年は79回であった。つまり、FPU一局当たり月0.5回程度しか利用されていない。
連盟が発行している『初心者にもすぐ分かる特定ラジオマイクQ&A』という冊子には「ニュース報道の取材現場から映像・音声を伝送する場合は、通信衛星を使ったSNG(Satellite News Gathering)やGHz帯の電波を使ったFPUが多く使われる。……通常、800MHz帯FPUが使われることは稀といえる」と写真付きで説明されている。
FPUだけで現場に行くとは考えられない。複数の中継ルートを用意しなければ穴が開く恐れがあるからだ。SNGなどが主に利用され800MHz帯FPUはバックアップに過ぎないのなら、移行させる価値はあるのだろうか。最近では携帯のテレビ電話機能を利用した中継もある。700MHz帯携帯は高速なので映像品質はさらに向上するだろう。ほかにもバックアップ手段は考えられる。
FPUは廃止と決めれば、ラジオマイク向けの約3万円×約2万局=約6億円だけが新免許人の負担となる。電波部の見積りは526から1446億円と、何と百倍以上だ。デジタルテレビへの買い替えで全世帯合計すれば5兆円前後の国民負担が生じたので、新免許人にも応分の負担を求めるというポーズなのだろうか。それとも、新規参入を阻止するために障壁を高く見せているのだろうか。いずれにしろ、移行費用は第三者を入れて再見積もりすべきだ。
山田肇 -東洋大学経済学部-