東電のスマートメーター発注を許してはならない

松本 徹三

3月21日付の池田先生の記事でも紹介されていた週刊ダイヤモンドの記事を読んで少し驚き、関係者の話を色々聞いてみたところ、どうもこの記事に書かれている事はそのまま事実らしい事が分かった。一昔前なら、こんな事は当たり前で、仮に全てが仲間内の随意契約だったとしても誰も気にも留めなかっただろう。東電は普通の株式会社で、株主からの間接的な信任を得て就任した経営幹部がやる事には、余程の事がない限り、外部から批判がましい事を言うのは常識外だったからだ。


しかし、現在の東電は、2月20日付の私の記事でも書いた様に、「俎板の上の鯉」の状態にあると考えてよい筈だ。「俎板の上の鯉」が自分の将来を勝手に決めて貰っては困る。(因みに、この様な事態になったのは原発事故という「不幸な出来事」があったからだから、こんな事を言うのは不謹慎かもしれないが、結果としては、彼等が「俎板の上の鯉」になってくれた事は長期的な国民経済の為には大変よかったと私は思っている。)

過去の東電は、巨大な政治力にも支えられて、殆ど全ての事を自分の思い通りに行ってきた。電気代は他国に比し相当の高値で微動せず、これにメスを入れる為にかつて経産省が仕掛けた「発送電分離」の動きも政治力で簡単に封じ込められた。自らが使う設備類についても、コストの高低はあまり考える事もなく、自分達で好きなように仕様を決め、ファミリー会社に造らせてきていた。

CO2問題がやかましくなってきてからは、東電をはじめとする電力会社は、なりふり構わず「原発依存」に目標を定め、「電力ムラ」の中により一層強固な「原子力ムラ」を作った。しかし、皮肉な事に、原発事故で「原子力ムラ」が厳しい批判に晒されると、その累は本家の「電力ムラ」にも及んでくるのは当然の流れだった。

但し、現実の問題としては、大鉈が振るわれるその日が来る迄は、毎日の仕事は旧来の「電力ムラ」体制の中で、何も変わらずに行われていくかのようだ。これが今回のスマートメーターの発注計画にも如実に見て取れる。実際に仕事をしている人達にとってはそれが長年慣れ親しんできたやり方なのだから、「え、何か不都合があるのですか?」と、キョトンとするのが実情ではないだろうか?

今回の事とて、実際に仕事をしている人達に何の罪科があるわけでもない。世の中では「東電の分割」「規制・監督の強化」「一部国有化」「発送電の分離」「発電事業への競争の本格導入」等々が今盛んに取り沙汰されているが、まだ何も決まったわけではない。実務に携わっている人達としては、これまでやってきた仕事を止めるわけには行かないから、旧態依然たるやり方で仕事をするしかないだろう。

しかし、今回のスマートメーターの発注だけは何としても止めなければならない。何故なら、これは、一見小さい事の様に見えるかもしれないが、実は「あらゆる改革案の全否定」に繋がっており、膨大な無駄の種をまく行為だからだ。

もし或るところに新しい道路を作る計画があるとすれば、丁度その場所に誰かが家を建てようとするなら、国や地方公共団体は当然これを差し止めるだろう。全く同じ様に、経産省が「発送電分離」や「発電事業での競争の促進」を本気で考えているなら、東電のスマートメーターの発注はすぐに差し止めるべきだ。

発電事業分野では、種々の新技術や新しいビジネスモデルが自由に競合して、必要な電力を確保し、電力代を引き下げていく事が望ましいとされているが、その為には、送配電網が中立的に運営され、全ての発電事業体に対して透明で公正なサービスを提供してくれる事が必須条件だ。また、それだけでは不十分で、この送配電網が最新技術の粋を凝らした先進的な仕組みを具備している事も必要だ。世界的に今やかましく議論されている「スマートグリッド」は、この様に、「節電」のみならず「公正競争」の為の鍵にもなるものなのだ。

スマートメーターは、この「スマートグリッド」の基礎となるコンポーネントだ。だから、東電がもし自分達の都合にだけ合わせて作ったスマートメーターを、現時点で自分達が完全にコントロールしている配電網に繋ぎこんでしまえば、それと互換性を持たない「スマートグリッド」の構築は不可能、或いは著しく不経済になってしまう。いや、それ以上に、現在の東電のスマートメーターの仕様を見る限りでは、機能があまりに簡単で、「スマート」という言葉を使うのすら躊躇われるぐらいのものだ。

政・官の一部には「まあ、国際入札に踏み切らせただけでも大きな第一歩じゃあないか」と言って満足している向きもあるようだが、これはとんでもない事だ。週刊ダイヤモンドが暴いているように、国際入札と言っても「一応その体裁を整えた」というだけの事で、種々のカラクリにより実質的には完全な骨抜きになっている。

まあ、それだけなら、機材の割高な分だけ電気代がほんの少し高くなるという程度の「微々たる被害」で留まるわけだが、問題は、日本の将来の「スマートグリッド」が世界の物笑いの種になりかねず、「節電」にも「競争」にもあまり役に立たないものになってしまうことだ。

東電が現在考えているスマートメーター用の「通信方式」もまた驚くべきものだ。先ず、最後の無線のところは所謂「無線メッシュ」という方式で、920MHz帯に居残っているRFID規格を使い、各戸毎にデータをリレー方式で送っていく事になっている。しかも、そのバックボーンは、東電が自ら敷設する光回線で賄うつもりらしく、この為に総額1000億円以上の投資をする計画だと言うのだから驚く。もしこんな事が本当にまかり通るのなら、「俎板の上の鯉」どころか、鯉の刺身も滝昇りをする事になるだろう。

先ず、この「無線メッシュ方式」なるものは、これまで米国で盛んに使われてきたものだが、実際に運用してみると穴だらけで、それを一つ一つ埋めていくのには膨大な費用がかかることが分かり、現在はモバイル通信会社の3G回線を使う方式の方が安上がりだという認識が固まりつつあるようだ。(敷設してしまったところでは、やむなく、3Gのモジュールを搭載した別のスマートメーターで穴埋めをしているとも聞く。)

バックボーンの光回線計画に至っては、もはや論評のし様もない。「何故、既存のNTTの光回線を使わないのか?」という問いに対して、東電の技術者は「セキュリティーが心配」と答えているらしいが、それならNTTの光回線を利用している多くの銀行や証券会社、各企業などは、大きなセキュリティーリスクを背負って毎日の仕事をしているというのだろうか?

「ユーザーに転嫁すればそれで済む」コスト問題は二の次三の次で、「とにかく自前の技術を使い、仲間内の閉じた世界の中で好きなようにやりたい」という巨大独占企業の体質が、ここにはしなくも透けて見える。(かつての電電公社も同様だった。この文化は現在のNTTの中にも多少は残っているようだ。)

そもそも、「スマートグリッド」等というと、時代の最先端を行くものだから、さぞかし多量のデータを伝送するのだろうと誤解する向きもあろうが、別に映像を送るわけでもなく、数値データだけを送るものだから、仮に全体のシステムが現在東電で考えられているものの100倍ぐらい複雑高度なものになったとしても、データ量は微々たるものだ。勿論、現在の各モバイル通信事業者の3G回線で何の問題もない。

(急増するデータトラフィックに戦々恐々の各モバイル通信事業者も、この程度のものなら何時でも大歓迎だろう。スピードメーターに3Gの通信モジュールが組み込まれていればそれで良く、各事業者とも、この為に新たにノード設備などを増設する必要は一切ないだろう。)

私自身が現在なおソフトバンクモバイルの役員をしているので、「何だ、結局は商売欲しさに言っているのじゃあないのか?」と陰口を言われそうだが、これは事実なのだから遠慮なく言わして貰うと、一言で言えば、屋内(HEMS対応等)はWiFiで、屋外は3Gで全てを処理するのが一番合理的だろう。

そうすれば、電力会社は通信会社と契約するだけですみ、光回線はおろか、およそ工事と名のつくようなものは殆ど行う必要がなくなる。従って、各地域での工事期間も不要で、サービスの開始も格段に早く出来る。3Gは国際標準になっており、世界規模での量産効果が期待できることもメリットだ。(現状の無線メッシュ方式では、東電と他の電力会社の間でさえ規格の統一は考えられていない様だ。)

「どうすれば一番安上がりになるか」という問題については、「それぞれの異なった方式」と「各通信会社の提案」の全てをテーブルの上に乗せ、衆人環視の下で比較審査すれば、簡単に答が出るだろう。そうしてはならない理由があるとも思えない。