電力や通信には、先ず国の「グランドデザイン」を

松本 徹三

東電のスマートメーター発注計画を批判した私の3月26日付の記事は、おかげさまで多くの方々からの支持を頂いた。その後、スマートグリッド問題に最も詳しいと目されている元グーグルの村上憲郎さんが日経新聞に記事を書かれ、週刊ダイヤモンドも世論の注目に応えて更なる特集記事を組んだ。そして、何よりも大きかったのは、政治家の中にもこの問題の重要性を看破される方々がいて、経産省に働きかけてくれた事だ。こういう様々な圧力によって、まだ楽観は許されないが、東電の性急な発注計画はぎりぎりの水際で「一時凍結」される可能性もある。


しかし、これからが問題だ。先の記事でも指摘させて頂いたように、今回の東電の行動には多くの深刻な問題が含まれていた。「国際的なAMI(*)への流れを無視した、時代遅れのスマートメーターの仕様」、「財務危機に直面している会社のものとはとても思えぬような、不必要で膨大な光回線への投資計画」、「実際にはファミリーメーカーへの発注にしかなり得ないのに、国際入札の外見を繕う姑息さ」等々もそうだが、最も重要なのは、「将来の電力自由化を骨抜きにする為の策謀と疑われても仕方がないような『株主総会前の仕様決定』というスケジュール」だった。

(*)“AMI”とはAdvanced Metering Infrastructureの略で、競争環境における電力供給の多様性を許容しつつ、安定供給を実現し、併せて、利用者が賢く節電できるような制御システムを提供する「高度な双方向情報システム」を意味するが、東電のスマートメーターの仕様は完全にこれを無視しており、旧態依然たる“AMR”(Automatic Meter Reading-自動検針装置)に留まっている。

これは、2月20日付の私の記事でも書いた事だが、東電は大量の公的資金の導入なくしては生き残れず、大量の公的資金が入るからには、その経営は政府の監督下に置かれ、場合によれば国有に近い形になっても致し方ないのは自明の理だ。その為には、発電、送電、配電(小売)の各部門を、先ずは机上でバラバラに切り離してみて、そのそれぞれについて最適の経営形態を考えるのが、誰の目にも明らかな「常道」だ。(最終的には分離されるかどうかは分からないとしても、その可能性があるからには、そうなった場合の事も考えて全てが計画されるべきだ。)

東電は6月の株主総会で新しい経営陣を決める。公的資金で支えられた会社の舵取りをするこの新しい経営陣は、当然「国益」を優先した経営をしなければならない。という事は、「会社の構造」以前の問題として、「国の電力供給体制そのもの」を如何にするかを決めるのが、この経営陣の最初の仕事であり、且つ最も重要な仕事になるわけだ。そして、完全自由化(競争原理の導入)の可能性を含んだ「電力の供給体制」を決める為には、そのスムーズな運営を担保する為に必要な「スマートグリッド」をどのように整備するかが、先ずは議論されなければならない。

東電は、スマートグリッドの基本要素であるスマートメーターの仕様を何故株主総会の前に決めたかったのだろうか? それは、新経営陣がスマートグリッド問題に立ち入ってきた時に、「あ、それはもう既に決まっている事です」と言いたいからではないだろうか?

「垂直統合された東電のシステムの中でのみ何とかモノの役に立つ」原始的なスマートメーターが、もし配送電網の中に既に組み込まれてしまっていれば、たとえ将来電力自由化が実現しても、新規参入者は「総括原価方式」によって計算された高額の「託送料」を東電に支払わなければならない上に、膨大な追加コストを支払って「情報伝達と制御の為の新しい仕組み」を自ら作らねばならない。

かくして新規事業者は、こういう負担のない「東電自身」とはとても競争出来ないような状況へと追い込まれてしまう可能性があるというわけだ。つまり法制的には「競争可能」となっても、実質的には「競争不可能」となってしまう可能性が濃厚になる。

残念ながら、およそあらゆる組織には「組織防衛本能」というものがある。これは、技術革新を含む「時代の流れ」や、「利用者の潜在的願望」を無視してでも、自分達にとって都合の良い方向へと全体の体制を押し込んでいくという本能だ。これは、勿論、絶対に許してはならない事であり、この組織に属さない外部の人達が、この様な動きを厳しく監視していく事が極めて重要だ。

通常の事業の場合は、特に何も考えなくても、市場(利用者)がこの監視機能を果たしてくれる。「技術革新の成果」や「利用者の潜在的な願望」を無視したら、その企業は市場での競争に敗れるのが目に見えているからだ。だから、どんな企業でも、どんなに苦痛があっても自己革新を行い、競争に勝ち抜けるように努力するのだ。

しかし、独占事業の場合は、そもそも競争がないのだから、こういう「市場の監視機能」は働かない。だから、政治が介入して、公権力でこれを行うしかない。電力については、現状が地域独占なのだから、国と各地域の電力供給体制を決めるのも、その根幹を支える「スマートグリッド」のあり方を決めるのも、電力会社ではなく、国、或いは国に代わって利用者の利益を守る何等かの第三者機関でなければならない。

繰り返しになるが、だからこそ、「東電の、東電による、東電の為の」スマートメーターの発注は決して許してはならないのだ。先ずは、公正な立場から「国の電力供給のグランドデザイン」を決め、それに基いて「スマートグリッドのシステム標準」を決める「委員会」の様なものが、可及的速やかに作られなければならない。経産省はその為の行動を直ちに起こすべきだ。

同じ「スマートグリッド」についての議論も、電力会社とは直接関係のない「ルートB」の方は、「HEMSタスクフォース」のような組織によってオープンな議論が進められ、かなり詳細な「標準案」が固まってきている。日本独自のエコーネットを標準にしようとしているところには疑問はあるが、その点を除けば、押しなべて健全な議論が進んでいると評価されてよいだろう。

だから、「既存の(或いは将来の)電力会社」と利用者を結ぶ「ルートA」についても、「既存の各電力会社」に任せっきりになっていたこれまでの体制を抜本的に改め、異なった利害関係者を網羅した中立的なタスクフォースを早急に立ち上げて、「ルートB」で行われたような標準化を急がせるべきだ。

しかし、それつけても難しいのは、このようなタスクフォースのメンバーの選び方だ。私は長年通信関係でこういった委員会やタスクフォースのメンバーの人選を見てきたが、多くのメンバーが技術やビジネスに必ずしも明るくなく、従って核心を突いた議論がスキップされてしまう傾向があった。

最新の状況に精通しているのは、何といっても実際に事業をやっている人達なのだが、彼等は当然彼等の属する企業の為に動くから、何時までたっても角を突き合わすだけで終わってしまう可能性がある。また、機器メーカーなどは事業者以上に技術問題に精通しているケースがあるが、彼等は注文を出してくれる事業者に対しては当然遠慮があるから、心の底で思っている事があっても、将来のビジネスに差しさわりがあると思えば何も発言しない。

この問題を解決する為に、私には二つの提案がある。

第一には、具体的な機器類の仕様などを決める前に、もっと大きな絵を描く事から始める事だ。具体的には、「国の電力インフラのグランドデザインはどうあるべきか?」という問題に先ず答を出す事だ。

第二には、委員会などの構成は、学者、政府関係者、事業家、外国人などの混合とすべきであり、全ての議論は公開し、ネットを通じて一般人からの質問も受け入れ、これに逐一丁寧に答えていく事だ。

今はもう随分昔の事になってしまうが、かつて「光の道」の議論が盛んだった時にも、私はこういうやり方が実現する事を心秘かに望んでいた。しかし、タイムスケジュールが無理筋だった事もあり、実際の議論はどんどん粗雑なものになっていってしまった。私自身も当時はソフトバンクモバイルの副社長だったので、何を言っても「どうせ自社への利益誘導だろう」と思われ、段々議論する事自体が馬鹿々々しくなってしまった。

企業に属している人間はその企業に不利になる事は言えない。(私自身について言うなら、たとえ将来ソフトバンクグループを離れる事があっても、やはり昔の仲間にとって不利となるような事は言いづらいだろう。)しかし、それなら、国の為になる事は何も言えないかといえば、勿論そんな事はない。

利害が対立する事業者を偏りなくメンバーにした上で、各人に「あくまで国と利用者の観点から議論する」事を要請すれば、各社を代表するメンバーは、「自社にとって有利、或いは中立」である限りは、競って「国と利用者の為になる考え」を開陳するように努力するだろう。これで、全体としては十分バランスの取れた議論が出来るはずだ。

ところで、この文章を読まれた方の中には、私が「電力」に関連して今言っている事を、やがては「通信」にも拡大して議論したいのではないかと勘ぐっておられる方もいるだろうが、実はその「勘ぐり」は当たっている。実際、「電力」と「有線(光)通信」の間には驚く程の共通点があるので、私は、時を措かず、「通信」に関連しても同じ様な議論を進めたいと心秘かに思っている。

通信事業者が電力事業(特にスマートグリッド問題)に関しても深い関心を持たざるを得ないのは事実だ。しかし、対応方法については、三大事業者の立場は微妙に違うのではあるまいか? 自然エネルギーをビジネスとして展開する事に意欲を持っているソフトバンクグループは、当然電力の完全自由化を強く願っているから、その立場はかなり単純明快だが、NTTとKDDIはかなり複雑な立場かもしれない。

先ず、KDDIは、東電の光通信部門を買収して現在運営しているし、何と言ってもつい最近まで主要株主であった東電との人的関係は深い筈だ。これに対してNTTは、関西電力系のケイオプティコムが自社の光回線網とスマートグリッドをパッケージにして、「不公正な顧客の囲い込み」を計ってくる事に神経を尖らせている筈だ。しかし、「電力の地域独占体制」と「通信アクセス回線の卸売り部門の半独占状態」には類似点が多いから、この問題を深く議論して行けば行く程、自分達の本丸に累が及ぶ事を恐れる気持も強いだろう。

回線網全体に自社に有利な仕掛けをいち早く組み込んでしまい、他社から公正条件下での自由な接続を求められても、「技術的に困難だ」と言い立てて煙に巻き、無理に接続しようとすれば競争者には巨額の費用がかかるようにするというのが、これまでのNTTの常套手段だった。それ故に、NTTは、如何に電力会社主導のスマートグリッドの構築に大きな脅威を感じていても、電力会社の「地域独占体制」を正面切って批判するところまでは、なかなか踏み込めないのではないかと危惧している。

頼るべきは、やはり、「世論の監視」と、「国民経済的に見て最も効率的なグランドデザイン」を追求する「国の強いリーダーシップ」だ。